見出し画像

70年代からの出発。

『イコール』編集長日記 231226

橘川幸夫
淵上周平

(1)70年代からはじまる。

淵上・いよいよ『イコール』創刊ですね。いろんな雑誌を作ってきた橘川さんにとって『イコール』はどういう位置づけなんですか?

橘川・私は1972年の大学生の時に渋谷陽一と出会い、岩谷宏、松村雄策と出会い、音楽雑誌「ロッキング・オン」を創刊した。資金も組織も経験もないまま、60年代後半にはじまった世界的なロック・ムーブメントに対応した、ロック雑誌がないという認識で、ロック・ムーブメントそのままの雑誌を作ろうと思ったわけだ。ロック・フェスのようにいろんな奴が続々とステージにあがり、思いの丈をシャウトするような場としての雑誌をイメージした。

淵上・初期のロッキング・オンは今の商業誌とはまるで違う荒削りなものでしたね。

橘川・なにしろ雑誌なんかミニコミ以外に経験したことのない連中が集まったわけだからね。もちろんみんなノーギャラで、交通費も自分で出して配本とかもやっていた。

淵上・それで橘川さんは写植を覚えるわけですね。

橘川・そうそう、雑誌って印刷費が一番でかいコストだからね。今では各自が打ち込んだテキストをDTOでデザインするが、当時は、ライターは原稿用紙に書いて、それを写植というタイプみたいな機械で打ち込んで版下を作る。写植代がけっこうかかるので、なんとかしようと、日暮里の写植屋さんに弟子入りして技術を覚えて写植屋を開業した。

淵上・伝説の東中野の写植屋兼ロッキング・オン編集部の時代ですね。

橘川・1973年から1975年くらいかな。そこから私は駒沢の一軒家に引っ越すのだが、まだロッキング・オンも赤字だったので、そのままついてきて、駒沢の家で写植屋とロッキング・オンの編集部が兼用する怪しい場所になった。

淵上・その途中で、全面投稿雑誌『ポンプ』を創刊するんですね?

橘川・そう、宝島の写植をうっていてつながり、ロッキング・オンから音楽の縛りをはずした投稿雑誌を提案した。この辺の詳しい経緯は、先日亡くなった、宝島社の蓮見清一さんの追悼文に書いてので、よかったら読んでくれ。

さよなら、蓮見清一さん。

(2)没原稿

淵上・昔話は、また聞くとして、今度の『イコール』は、どういうコンセプトなんですか?

橘川・思い出話の昔話ではなくて、自分自身の流れと時代の大きな流れの中で、今、雑誌を創刊することの意味を考えているんだ。

淵上・というと?

橘川・私は大学生時代にミニコミを発行していて、メディアの場づくりの面白さに目覚めた。特別にすごいライターを集めるのではなく、いろんな人が多様な視点で語れる場所が必要だと思ったのだ。そこから参加型メディアの発想になり、一貫してそれを追求してきた。『ポンプ』はある意味、紙メディアとしての究極の参加型メディアを作ったと思っている。

淵上・ポンプは創刊が1978年だから相当、昔ですよね。

橘川・それを出していて問題になったのが「没」の問題なんだ。紙メディアなので頁に限界がある。いくら頁を増やしても追いつかないほど投稿が集まる。そこで仲間たちと議論して、解決方法を2つみつけた。

淵上・ほぉ、没原稿をどうするんですか。

橘川・1つは、コンピュータだな。当時、コンピュータの時代が本格化する前で、パソコンもなかったが、やがてコンピュータが登場してネットワークが誕生し、そこに新しい情報空間が生まれることは、薄々と感じていた。コンピュータは原理的には無限の情報蓄積量があるか、そこに「没のないポンプ」が登場するだろう、と思ったわけだ。

淵上・今や、その予感は的中しましたね。

橘川・インターネットが登場した時に、古い友人たちが「橘川の言ってることが実現したな」と言ってきたり、CGM(Consumer Generated Media)という言葉が出てきた時も「これって橘川の言ってきた参加型メディアのことだよな」と言ってきた人もいた。しかし、私が70年代に追求したものは、まだ半分も実現出来てない。

淵上・その辺は詳しく聞きたいですが、没をなくすもうひとつの方法って何ですか?

橘川・オフ会だな。『ポンプ』の時は、ニュートーキングパーティ(NTP)と言って、読者が誌面で「何月何日に、どこそこの喫茶店に集まった食べ物についての話をしよう」と呼びかける。読者はそこに言っておしゃべりをするわけだが、その時間と空間が投稿雑誌だから、そこで話せなかったからといって没と言うな、と言ってた(笑)。日本各地でたくさんのNTPが行われた。

淵上・雑誌というバーチャルな情報空間と、リアルな場をつなげたのですね。

橘川・NTPは、『ポンプ』をやめたあと『ハート』という名前で事業化しようとしたが、こちらは失敗した。ともて勉強にはなったがね。

(3)コミュニティと他者

淵上・なかなか『イコール』のコンセプトに辿りつかないのですが(笑)

橘川・まぁ、焦るな。先は長い。

淵上・はい。

橘川・要するに、『ロッキング・オン』を創刊して、4人の仲間で動かして、そのうちに読者から投稿が集まり、中にはスタッフとして参加したりレギューラー頁を持つ者も出てきた。『ロッキング・オン』が会社として機能しはじめて、社員募集をしたのだが、応募して来たのは熱心な読者だけである。渋谷と私で面接をしたのだが、増井や広瀬はそうやって社員になった。80年代以後の発展した『ロッキング・オン』の事情は分からないが、渋谷に聞いた話では、高学歴の応募者がトップ企業から転職してでも応募してくると言った。それは単に出版社で働きたいという意欲だけではなく、『ロッキング・オン』というコミュニティに参加したいという意識なんだと思う。

淵上・そうですね。『ロッキング・オン』の入社試験を受けるのは、給与や待遇で選択するとのはちょっと違いますね。

橘川・そういうのが1人の応募に3000人ぐらい集まる。これがコミュニティ・パワーというものだと思う。

淵上・『イコール』はコミュニティで作る雑誌と言ってましたね。

橘川・私は渋谷のような上昇志向はないので(笑)拡大主義に走らない、コミュニティが作る雑誌を作りたい。

淵上・『ポンプ』も、参加型雑誌でしたが、『ポンプ』とはどう違うのですか。

橘川・『ポンプ』は、全面投稿雑誌で、それまで雑誌の中で「読者投稿欄」というのは読者サービスみたいなもので、適当に扱っていた、ひどいのになると編集者が勝手な読者像を作って書いてた。そうではなくて、これからは特別なインテリだけが主導する社会ではなくて、一人ひとりの生活者個人の思いや実感が直接、世の中全体に伝わるような社会になるのだが、まずは雑誌メディアをされを体現しようと思った。

淵上・インターネットの世界ですね。

橘川・そうインターネットが登場したことによって、誰もが、自由に、自分の思いを世界に表明できるようになった。

淵上・だったら、わざわざ紙の雑誌を作ることはないのでは?

橘川・インターネットは私が70年代にイメージしたことを半分は実現したが、半分は残念な結果になってると思う。

淵上・それはどういうところですか?

橘川・自由に発言することは出来たが、ただ発言するだけで、読み手との関係性が生まれない。勝手に発言してるだけだ。

淵上・その理由はなんだと思いますか?

橘川・『ポンプ』の時代は、誰もが投稿したというより、現実の身近なところで語り合える友人がいないとか、周辺が閉鎖的で世界全体とつながっていないという、孤立を感じてる人が多かったような気がする。だから、原稿にして気持ちを伝えるという動機があったのだ。

淵上・インターネットには、それがない。

橘川・もちろん書く必然性があって書いている人も多いと思うが、今はどうだろう。初期のパソコン通信やニフティサーブの頃までは、読めるテキストが多かったが、インターネット以後は、個人の気持ちを読むというより、情報として知るという面が増えているような気がする。

淵上・世界に発信できる装置が出来たから、書く動機がなくても書けてしまうということですね。

橘川・インターネットは「書く場所」としては素晴らしいと思う。しかし「読む場所」ではなくなっている。書くことは手段であって目的ではないのだな。自分の内面にあえて表現欲求がなくても書けてしまうのが今のシステム。

淵上・そこで読む場所としての紙の場所を作ろうというのですか。

橘川・インターネットの成果は充分に分かっている。だから、みんなどんどん書けばよいと思う。書く喜びを理解したら、次は読んでもらう喜びを知るべきだ。読んでもらう喜びとは、自分の想いや考えが他人に伝わる喜びだ。

淵上・コミュニケーションということですね。インターネットには情報は溢れているがコミュニケーションが足りない。

橘川・昔、深呼吸する言葉で「TVは人を愚か者にするが、インターネットは人を悪賢くする。どちらが幸福な社会か?」というのを書いたことがあるが、どちらも幸福ではない。最近、インターネットで育った若い連中が平気で詐欺を働くことが増えているような気がする。ネットだけで人格を育てると、世界の情報はすべて自分を利するためのものだと思ってしまうのではないか。他者や社会と関係意識が育たないのだと思う。

淵上・紙の雑誌で育つと思いますか?

橘川・紙だけでなんとかなるとは思わないよ。ただ、紙のメディアは「読んでもらうためのメディアだ」。インターネットで書いた文章を、他者に伝えるために編集したり校正したりする作業が発生する。この過程を経過することで、インターネットで浮遊していると見えなくなる、伝えるべき他者の存在を自覚していくはずだ。

『イコール』サイトへ

橘川幸夫の無料・毎日配信メルマガやってます。https://note.com/metakit/n/n2678a57161c4