見出し画像

「遊び」を起点にしたラボラトリー|佐沢静枝さんのCL表現勉強会

めとてラボ」は2022年4月より東京アートポイント計画のアートプロジェクトのひとつとしてスタートしました。視覚言語(日本手話)で話すろう者・難聴者・CODA(ろう者の親を持つ聴者)が主体となり、一人ひとりの感覚や言語を起点とした創発の場(ホーム)をつくることを目指したラボラトリーです。コンセプトは、「わたしを起点に、新たな関わりの回路と表現を生み出す」こと。素朴な疑問を持ち寄り、目と手で語らいながら、わたしの表現を探り、異なる身体感覚、思考を持つ人と人、人と表現が出会う機会やそうした場の在り方を模索しています。

そうした活動のひとつとして、めとてラボでは今年度から、「め」と「て」から自然にうまれる遊びを集めたり、遊びがうまれる仕組みや場をつくるための検討会や勉強会を始めました。この取り組みを、"「遊び」を起点にしたラボラトリー”と呼んでいます。この記事では、11月20日に実施した「佐沢静枝さんのCL勉強会」の様子を、めとてラボメンバーの南雲麻衣がお届けします。

南雲麻衣は、現在、東京在住。大学まで手話を知らずに音声言語のみで育ち、大学で日本手話に出会う。ダンサーとして数々の舞台に出演。その経験を活かして、主に美術館などで視覚身体言語ワークショップを実施する。「めとてラボ」でも、美術館などをはじめアートやアートプロジェクトに関する団体との連携プログラムなどを模索している。ダンスする身体をメディアにしながら他者との間で生まれる言語以前の表現に興味がある。

◼️コミュニケーションは、イメージを共有することから始まる

相手とイメージの共有ができていないと、コミュニケーションを深めることは難しいものです。そうわたしが思うのは、個人的な話になってしまいますが、わたしがインテグレーション※で口話で育ってきたという背景があるからです。
例えば、高校生の頃、正確な情報が得られないために、同級生と同じように話題のイメージができず、おしゃべりの輪に入っていけないことがありました。その後、大学生の時に手話を身につけてから、おしゃべりの入り口は、自分と相手のイメージの共有から始まるのだと思いました。

声を使わずに相手に何かを伝えようとする時、人はおのずと身振り手振りを駆使して伝えようとします。例えば、昨日見た不思議な夢を言葉にするのが難しい時、手や表情を使ってカタチをつくり、それを変化するように動かして、その夢の情景を伝えようとします。そうすることで、自分が見た不思議な夢が、きっと相手の頭の中に同じように現れ、コミュニケーションが弾んでいくことがあるのではないでしょうか。
イメージを共有するということは、コミュニケーションにおいてとても重要なことなのです。

※ ろう学校で教育を受けた幼児・児童・生徒がろう学校に入学する場合と、地域の学校に入学する場合があります。後者をインテグレーションといいます。難聴幼児通園施設や幼稚園・保育所のみで過ごしたこどもの場合は、ろう学校に行くか、地域の小学校に行くかの選択肢があります。

◼️CL表現を学ぶ勉強会

手話ではさまざまなカタチや模様を手や顔(眉・目・頬・口・あご)、肩などを使って表現し、相手にそのイメージ自体を伝えます。そういった方法は言語学において「CL表現」と言われています。ろう者は、生活の中で、こうしたCL表現を自然に使っていますが、しかし本当にこの表し方でいいのか?もしかしたら間違った表現をしていないか?イメージをつたえるためにはどんな方法があるのか、CL表現について専門的に学ぶ必要があるのではないかと考え、あらためて外部講師を招いて、まずは内部向けに勉強会を行うことにしました。

ラボラトリーでの検討を行う中で、今後こどもたちと一緒にワークショップをしたり、「遊び」をつくる取り組みをしていきたいという気持ちが大きくなってきています。こどもたちにも「遊び」の要素を入れた視覚言語について、楽しく伝え、一緒に「遊び」の生まれる空間や仕組みをつくっていきたい。その時に、まずはわたしたちが視覚言語について理解しておかなければならない。改めてCL表現の基礎を学び、わたしたち自身の視覚言語の表現の幅を広げておく必要があると考えたのです。

※CLとは?
CLはClassifier(類別詞)とも言われる手話独特の表現。代名詞の役割を果たしながら、ものそのもののイメージを伝えます。

<参考文献>
木村・市田(2014: 26)は、CLを「ものの動きや位置、形や大きさなどを、手の動きや位置に置き換え」るものと定義しています。
(松岡和美著『日本手話で学ぶ 手話言語学の基礎(2015)p.95 より)

今回講師としてお招きしたのは、手話翻訳として活躍されている佐沢静枝さんです。佐沢さんは、日本ろう劇団として舞台経験を積み、現在は舞台やテレビドラマ出演の他、大学の日本手話兼任講師、特定非営利活動法人しゅわえもんの絵本読み語りの講師として活躍しています。

講師の佐沢静枝さん

今回使用した《SHAPE IT!》は、異言語Lab.が開発したコミュニケーションゲームキットです。キットの中には四角・三角・円形などのシンプルなものから波型のような曲線を使ったものなど、さまざまな形や大きさのパーツがあり、さらに、赤・青・黄色などのシンプルなカラーやボーダー、水玉といったさまざまな模様があります。
ゲームのやり方としては、まずそれらのパーツを組み合わせて、自分の頭の中でイメージしたものを作ります。その後は、手や顔(眉・目・頬・口・あご)、肩などを使って、相手にそのイメージを伝えていきます。どのようにして伝え、伝え手と受け手のお互いのイメージをどのように擦り合わせていくのかが、このコミュニケーションゲームの醍醐味です。
ものそのもののイメージを伝えるCL表現を学ぶためにぴったりのツールだと思い、使用しました。

CLとジェスチャーの違いとは

「CLとジェスチャーの違いは、ここにいる参加者の認識は一人ひとり異なると思います。普段から何気なく使っているCLと、ジェスチャーの違いは何か?どこまでがCLでどこからがジェスチャーになるのか?まずはそこから考えてみましょう」と佐沢さん。

CLとジェスチャーの境目はどこにあるのか?わたしたちは日常の会話のなかでCLを使っていますが、異なる言語に出会ったときに多用するジェスチャーの違いとは何か...?
これまで、これほど真剣に考えたことはありませんでした。

参加メンバーからの考えをまとめて整理すると、下記のような違いがあることがわかりました。

特に、注視すべきところは、「ルールがある/ない」ということです。
例えば、ある桃が1個置かれているところを写した一枚の写真を「CL」と「ジェスチャー」でそれぞれ表してみたとします。
まず、ジェスチャーの場合は、主な事物を中心に、伝え手の発想で自由に表していくことになります。つまり、写真の中にある桃から連想されるであろう「桃の切り方」や「桃太郎」といった物語などを伝えながら「桃」そのものに迫ろうとするでしょう。このように、ジェスチャーは比較的、「連想」の要素が強いものであるのに対し、CLの場合は、桃のそのものの形や大きさ、質感(やわらかい、毛がある)を手、目、口などの動きで表すといった決まったルールで表されます。

そこでわたしたちは、CLのルールを踏まえて《SHAPE IT!》のカルタゲームを行ってみました。

勉強会に参加しためとてラボメンバーの勝野崇介

さまざまな色、形のパーツをCLで表していくうちに、「形の大きさや模様の表現をいかに正確に表すか」が重要だということがわかりました。似たような形や模様があると伝え手の難易度は上がります。
他には、受け手の左右対称に合わせて自分も身体の向きを変えて鏡になる(後ろ向きになる)のは、ジェスチャーのように身体の範囲が広がってしまうので必要はないということも教えていただきました。
また、伝え手が正確にそのパーツ表すことができていたとしても、受け手がどう見ているのか、受け取ってくれるのかは、人によって捉え方が多様なのでなかなか難しいところです。だからこそ伝わった時の嬉しさはひとしおなのです。

体験して面白かったのは、人差し指でぐるぐると円を描きながら、「ココだよ!」とパーツを置く場所を示した時に、それを受けて、相手が円形のパーツを置いてしまうということが起こったこと。置く場所を示そうとした伝え手の動きが、受け手の頭の中では円形のカタチを想像して見ていたわけです。
 このように伝え手の動作と受け手の想像の間で起こるズレを発見し、ではどのように表したら伝わるのかを考えてやってみます。難しいけれど、そのズレがわかるのも面白いのです。佐沢さんの一つひとつの丁寧な指導によって、参加メンバーの表現方法が広がっていくのを感じました。

◼️今後、目指していきたいこと

今回の勉強会でCL表現を実践しながら佐沢さんのお話を聞いていて、わたしたちは、これから実施していこうと考えている「遊び」を起点にしたワークショップの方針がまだまだ定まっていないことに気づかされました。
佐沢さんの場合は、手話の言語の中にCL表現があること、その魅力を知ってもらいたいという狙いから、日本手話講義や絵本読み語りワークショップの中で実践しているそうです。

今回の勉強会を通して、手や体を使ったイメージの伝え方の表現方法をこどもたちが知り、学び、実際にワークショップを体験しながら、「この方法なら伝わるかな?」「こうやって表現すれば良いのか!」「やった!伝わった!」とイメージの伝え合いにワクワクしたり、悔しくなったり、喜びを感じたりできるような機会をもっと増やしていきたいという思いが強くなりました。
もっとたくさんのこどもたちに視覚言語の世界を体験してもらえるような企画を、これからも考え、実践を重ねていきたいと思います。

それから、こうしたCL表現を学ぶ機会は、実は手話を勉強する聴者を対象にしたものは多くあるものの、ろう者・難聴者を対象としたCL表現の講座などはあまり多くありません。引き続き、CLについてもっと深めて学べるような、本格的な勉強会を開催したいという新たな目標もできました。
これからもこうした視覚言語や表現に関する勉強や研究を重ね、“「遊び」を起点にしたラボラトリー”らしさを探りながらワークショップを生み出していきたいと思います。

【「めとてラボ」noteについて】
このnoteでは、「めとてラボ」の活動について、実際に訪れたリサーチ先での経験やそこでの気づきなどを絵や動画、写真なども織り交ぜながらレポートしていきます。執筆は、「めとてラボ」のメンバーが行います。このnoteは、手話と日本語、異なる言語話者のメンバー同士が、ともに考え、「伝え方」の方法も実験しながら綴っていくレポートです。各回、レポートの書き方や表現もさまざまになるはず。次回もお楽しみに!

関連記事


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?