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夏が嫌いだ


夏が嫌いだ。

張り付いた前髪が鬱陶しい。
あんなに丁寧に巻いたのに、たかが数分の夕立で私の可愛いは流れて消えた。


夏が嫌いだ。

お気に入りのリネンのワンピースについた最悪の血痕。
こんなことなら家から出なければよかった。
お腹痛かったのに、張り切ちゃってばかみたい。


夏が嫌いだ。

2人で来年も見ようと言った花火大会は、3年連続で中止になった。
あのとき可愛いと言われた浴衣は、もう派手で着れない。


夏が嫌いだ。

新しく買った水着を誰より早く見て欲しくて、買った足でそのまま家に行った時、一緒に浸かった湯船は狭くて、言わなかったけど本当は身体が痛かった。



夏が嫌いだ。

マンションの階段の踊り場。なんとなく夕陽が沈むのを見ながら飲んだ気の抜けた甘いだけのサイダーは、飲めば飲むほど喉が渇いた。



夏が嫌いだ。

汗をかくから嫌だって言ったのに離してくれない手も、

崩れた化粧だって見られたくなかった。

扇風機でかき混ぜたぬるい部屋の空気も、

あなたの家の近所でしか見たことない名前のコンビニで買った味の薄い棒アイスだってまずかった。


夏が嫌いだ。

セックスの後に抱きしめられたときのべたつく肌も、

麦茶のグラスがかいた汗が流れて太ももを濡らすのも、

蝉を見つけては嬉しそうに報告する子どもみたいな笑顔も、

シャワーの後に私をゴワゴワのタオルで荒っぽく拭くのだって痛かった。

痛かった。

痛かったよ。



ドーナツ柄の浮き輪を膨らませるのはいつも私だったし、

あなたが茹でる蕎麦は毎回ちょっと硬かった。

刻んだはずのネギは繋がってて、

駅まで迎えに来る時の青いビーチサンダルはダサかった。



夏が嫌いだ。

夏が

夏を

あの夏を


言えなかった嫌いの分だけ、きっと何度も思い出すんだろうな。

言いたかったことはなんでも言ってたつもりだったのにな。

風にふかれないように階段の陰で競った線香花火。

わたしの火種は落ちなかったのに、願いごとなんて、叶わなかったよ。


安い手持ち花火なんか、会いたい言い訳だったのにな。

手持ち花火なんか余らせないよ。

買ったやつ、わざわざばらしたんだよ。

花火に照らされるあなたの横顔を見るためだった。



ふざけて言った「嫌い」の数だけ、本当のことを言えば良かったのかな。


飽きるほど繰り返したのに何度も観るDVD。

お気に入りのシーンを繰り返し見るときみたいに

巻き戻せない、夏が嫌いだ。

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