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カンテレ奏者ハンナ・リューナネンとさまざまなカンテレ楽器

すっかり更新が止まってしまっている間に、LAPUAN KANKURITさんのnoteでカンテレ奏者ハンナ・リューナネン(Hanna Ryynänen)のインタビュー記事が掲載されていたので、こちらをご紹介。

今年6~7月にかけて訪れたフィンランドの民俗音楽祭では、ハンナからスティックを用いて演奏するサーリヤルヴィ・スタイルの奏法を教えて頂いたばかり。新たなカンテレの楽しみ方が広がりました。
ちなみに本記事のトップ画像に写っているのは、まさにハンナのサーリヤルヴィ・カンテレです。コンサート会場で撮らせてもらいました。

さて、インタビュー内ではさまざまなカンテレの種類や類似楽器の名があがっています。

「楽器は人生のパートナーです。現在はサーリヤルヴィ・カンテレや西シベリアのナルス・ユフ、竪琴の形をしたゲシュレ5弦の真鍮弦カンテレ39弦のコンサートカンテレなどを所有しています…

LAPUAN KANKURIT: Lifestyle|フィンランドのクリエーター図鑑 〈15.ハンナ・リューナネン〉

これらを少し補足紹介いたしましょう。


サーリヤルヴィ・カンテレ

サーリヤルヴィ・カンテレとは、フィンランド中部の町サーリヤルヴィで発展したカンテレ奏法およびこの町で製作されてきた独特の形をしたカンテレ本体を指します。
カンテレは通常、直に指ではじいて演奏しますがサーリヤルヴィではスティック状の棒や固めの革などを用います。左手で弦の一部を押さえ、右手のスティックでコードをかき鳴らすコード奏法を主体に生き生きと旋律を奏でるのが特徴で、その奏法からスティック・カンテレとも呼ばれることもあります。
楽器は箱型に組み上げられ、弦数は20弦前後が主流です。二等辺三角形の底辺を円状にしたようなフォルムの中央に位置するサウンドホールには、竪琴のマークが刻まれています。チューニングはGを主音としたト長調が中心で、奏者は高音弦、つまり短い弦を手前にして演奏します。

スティックを用いた演奏伝統は一時流行をみせたものの、1980年代には大きく衰退しました。奏法を維持し受け継いできた少数の奏者、楽器製作者、研究者たちの努力により、この十数年で復興がすすんでいます。

演奏方法は動画でぜひご確認を。
まずはパウリーナ・スルヤラ(Pauliina Syrjälä)を中心としたグループ演奏:

こちらはハンナ・リューナネンの即興演奏:

ナルス・ユフ

西シベリアのナルス・ユフ(Нарс-юх)とは、ウラル語系の民族ハンティ人によって演奏されてきたボックス・ライヤ―型の弦楽器です。同じような楽器がマンシ人にも伝わっており、こちらはサンクヴイルタプ(Санквылтап)などの名で呼ばれています。先端(下側)は尖っているか丸みを帯び、もう一方(上側)は二股に分かれ、そこに手を置いて固定します。
伝統的には、トウヒやポプラ系の木をくり抜いた胴体と表面板を魚から抽出してつくられた接着液で固定し、トナカイなどの腸を用いたガット弦が木片や骨で作られたピンに張られました。現在では材質も変わってきています。弦数は3~9弦、奇数で張られるようです。
ギターのように膝の上にやや傾けて構え、左手で弦と弦の間に指を軽く差し込むようにして一部の弦を押さえ、右手でコードを奏でるように演奏する例が多いようですが、これはロシアのグースリの影響が強いと考えられます。
ナルス・ユフは男性の楽器として知られ、英雄物語を歌い語る際に用いられる他、シャーマニズム的な要素ももっていました。

こちらの動画では楽器の紹介をしています(ロシア語):

ゲシュレ

竪琴の形をしたゲシュレ(Gęśle)とは、中世ポーランドの遺跡から発掘されている撥弦楽器です。オポーレやグダニスクからは11~12世紀の3~5弦のライヤ―型楽器が出土しており、同時代のノヴゴロドの遺跡から見つかった楽器と同じ製法で作られていることから、関連性が指摘されています。
また、プサリタリウムやキタラといった撥弦楽器の訳語として教会スラヴ語の「ゴンスリ(gosli)」が使われていたことから、同じ語が派生したと考えられているゲシュレも撥弦楽器であったと推定されています。
現在ポーランドには、博物館にあるゲシュレを参考に楽器として復刻させ、演奏に起用する奏者もいます。

グダニスクで発掘されたゲシュレのレプリカを紹介する動画:

ハンナ・リューナネンはカンテレ奏者ティモ・ヴァーナネン(Timo Väänänen)と共に、Kaveというデュオでも活動しています。
Kaveではここまでに紹介したナルス・ユフやゲシュレといった古いカンテレ類似楽器の復刻品を積極的に用いています。

Kave(ティモ・ヴァーナネン:ナルス・ユフ、ハンナ・リューナネン:ゲシュレ):

5弦の真鍮弦カンテレ

現在はスチール弦が一般的なカンテレですが、もともとは馬の毛やガット弦が用いられ、やがて金属弦が使われ始めます。
1800年代に採取されたカンテレには、真鍮弦が張られたものがいくつかありました。博物館に所蔵されたこれらのカンテレをカンテレ奏者アルヤ・カスティネン(Arja Kastinen)、楽器製作者ラウノ・ニエミネン(Rauno Nieminen)が共同研究によって復刻したことをきっかけに今では多くの奏者・愛好家が用いるようになりました。
真鍮弦は材質としてもスチール弦より柔らかいため、音色にもそれが現れます。いっぽうで沈み込むように響く低音が印象的で、個人的にもとても気に入っています。

アルヤ・カスティネンによる2台の真鍮弦カンテレを用いた演奏:

こちらは、あらひろこさんによる伝統曲:

39弦コンサートカンテレ

もともとは木片に弦を張ったシンプルな楽器だったカンテレも、5弦からはじまり段々と弦数が増えていき、現在では最大で40弦あります。
全音階の楽器のため、シャープやフラットという臨時記号には対応していなかったカンテレですが、1920年代にグランドハープのペダル構造を参考としたレバーシステムがパウリ・サルミネン(Pauli Salminen)によって考案され、今ではコンサートカンテレの名で定着しています。日本にもコンサートカンテレで演奏する奏者がいますし、見知っている方も多いかと思います。最大弦数は40弦ですが、39弦で製造されることが多いです。

フィンランドカンテレ協会によるコンサートカンテレのチューニング方法を紹介している動画:

こちらはハンナ・リューナネンとサンニ・ヴィルタ(Sanni Virta)による Duo Selinaの演奏:

ハンナ・リューナネンに関しては、FMQ(Finnish Music Quarterly)のインタビュー記事もぜひ(英文)。

こうしてそれぞれの楽器を見てみると、FMQのインタビュー記事内でハンナ自身が言及しているとおり、カンテレ奏者(の多く)はマルチ・プレイヤーだということがよく分かりますね。

“I think kantele players are multi-instrumentalists because the instruments are so different and the playing techniques are so different,” she says.

FMQ: Kantele player Hanna Ryynänen – A Journey to Get to Know Myself, 
by Simon Broughton 

一様に「カンテレ」と呼ばれていても弦数、形、奏法によってまったく弾き方は異なりますし、私も実際に複数のカンテレを弾くと、改めてそれぞれが全く違う楽器だと強く感じます。

夏にフィンランドで会ったパウリーナ・スルヤラは「カンテレは最高の楽器だ」と言っていました。誰もが自分に適したカンテレを見つけられるからだ、と。

まさに、しかり。
だから私はカンテレの世界から抜け出せないのでしょう。

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