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まゆみちゃんのはなし(2)

まゆみちゃんは私ができないことは何でもできた。かけっこも、鉄棒も、木登りも、ドッチボールも。男の子に負けないくらいなんでもできた。学校が終わると人気者のまゆみちゃんはみんなに誘われてよく公園に集まって遊んだ。かくれんぼ、木登り、探検ごっこ。いつもまゆみちゃんはみんなの中心で、びっくりするくらいなんでもできた。

特に木登りはあっという間に木登りの木(みんな登りやすい公園の大きな木をこう呼んでいた)の一番上まであっという間に登ってしまう。私はそんなまゆみちゃんがかっこよくて、いつも少し離れたところからばかみたいに立ち尽くしてまゆみちゃんをずっと見ていた。まゆみちゃんは私が木登りをしないのをできないからだと思ったみたいで何度か優しく教えてくれた。最初はここに手をかけて、そしたら足でここを登るんだよ、とか。でも私は木登りはしたくなかった。かくれんぼも、探検ごっこも全然好きではなかったのだ。木登りは木のごつごつした感触も木の皮が手や服につくのも嫌いだった。かくれんぼも探検ごっこも服に枝が引っかかったり、汚れたりするのがいやだった。何より外で遊ぶのが好きな乱暴な男の子たちが私はきらいだった。

私は外で遊ぶのが全く好きではない子供だったけど、外で遊んでいるまゆみちゃんは好きだった。  
みんなから公園に誘われると、まゆみちゃんはいつも私にどうする?と聞いてくれた。行かなくてもいいよ、と。このまま2人で遊ぶ?と。私は一緒に公園に行く!といつも返事をした。私は少し離れたところからずっと動かず、まゆみちゃんを見ているだけだったけど、その時間が好きだった。

まゆみちゃんはいつも私とは違う世界をみていた。木登りの木の一番上から手を振ってくれるまゆみちゃんの世界を想像するだけで、私はいつも高揚し、まゆみちゃんのかっこよさを再確認した。

休み時間校庭で遊ぶとき、まゆみちゃんはいつも私を「おみそ」にしてくれた。「おみそ」は年下とか、運動が苦手な子にハンディをあげる特別ルール。私はまゆみちゃんほど運動神経がよくはなかったけど、何にもできないわけではなかった。体育も跳び箱とマット運動は苦手だったけど、縄跳びもかけっこも普通にはできた。でも、まゆみちゃんは「みあちゃんはおみそでいいよ」といつも言ってくれた。大縄跳びもゴム飛びも、私は「おみそ」になってまゆみちゃんをずっと見ていられた。私は外遊びが嫌いだ、とかやりたくない、なんて1回も言ったことがなかったけど、まゆみちゃんは全部お見通しでみんなからいじられないでゆっくりまゆみちゃんを見ていられる「おみそ」にしてくれていた。

まゆみちゃんの用意してくれた特等席でゆっくりまゆみちゃんを見ていられる「おみそ」を私はとても気に入っていた。

4年生になると、まゆみちゃんはみんなで公園で遊ばなくなっていた。周りの子たちから「上野さんのお父さんってやくざなんだって」「お姉さんはレディースのトップなんだってよ」っていうことを何度か聞かされた。私は何度もまゆみちゃんのうちに遊びにいったり泊りにいったりしているので、お父さんも、お母さんも、お姉ちゃんも知っていた。私は学校で「おじょう」とあだ名されるくらい世間知らずで甘やかされていたけど、まゆみちゃんの家族が変わっているな、というのは子供ながらにわかっていた。幼稚園の頃遊びに行ったどのおうちとも全然違っていた。
まゆみちゃんのおうちはびっくりするくらい古い木造のアパートで、ものすごく急でギシギシ音がする金属の階段を上った2階だった。階段は宙に浮いているみたいな造りで落っこちたらどうしよう…と不安になりながらいつも上がった。玄関を入るとすぐに台所に小さいちゃぶ台がおいてあって、お部屋は1つしかない。その一つしかないお部屋の壁にはすごい量のお母さんのド派手なお洋服がかけてあって、窓からの光が遮られて昼でもすごく暗かった。

私はおうちに泊まらせてもらったとき、台所でまゆみちゃんとひとつのお布団で眠った。台所でごはんをたべるのも、床に座ってみんなで食事をするのも、大きいお皿に盛られたご飯を自分で取り分けるのにも慣れていなくて、びっくりすることだらけだったけど、お父さんもお母さんもお姉ちゃんもみんな優しくて、私はまゆみちゃんのおうちもまゆみちゃんの家族も大好きになった。やくざとか、レディースとか、なんとなくわかるけど、でもみんな何にも知らないのにどうしてそんな事でまゆみちゃんを怖がるのか全く分からなかった。
その頃からまゆみちゃんは公園で木登りをする代わりに男の子とキスをするようになったんだと思う。一緒にお風呂に入った時、まゆみちゃんの体の形が、大人の女の人みたいでびっくりした。私は無知で、世間知らずで、甘ったれのただの4年生の女の子だったけど、まゆみちゃんはもう大人の女の人なんだ…とすごくドキッとした。そしてまた、まゆみちゃんをみつめていた。
しばらくしてまゆみちゃんは男の子の話はしなくなった。私が年頃の女の子のように恋愛に興味がなかったからかもしれないし、私にはこれ以上言っちゃいけない、と思って気を使われてしまったのかもしれないけれど。でも私は私の目の前にいるまゆみちゃんにしか興味がなかったから、まゆみちゃんとキスをしている男の子の話はどうでもよかったんだと思う。だって私は一度も私から男の子たちとどうなったか質問したことはなかったから。
でも本当は思ってたんだ。まゆみちゃんは私に何て言ってほしかったのかな、どんな顔してほしかったのかなって。
本当は、私にやきもちやいてほしかったのかなって。

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