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給与格差と男女の差と名字にまつわるエトセトラ。

まあ、平均の話をしてしまえば、男性の方が同じ年代の女性より稼いでいる・収入額が高いことが多い。それは、もうどうしようもなく事実でしょうがない。平均をとれば、そういう事実がある。
だから、そんな背景から男性のほうが高い収入を稼ぐのが”当然”という意識がなんとなく世間にあるのも分かる。まあ、一般的=平均的という見方もできるわけだから。

40代だったかと思うけど、ヘアカラーをお願いしていた美容師さんが「俺はバツイチなんですよね」と切り出して「まあ、だから結婚うまくいった側ではないにしても同世代で結婚相手に年収800万以上は欲しいとか言っている人、大概結婚してないんすよ。」と。「(相手に求める年収も)自分と同じくらいかなであれば、良いものを。」と。(※ちなみに私は都内在住者ではないので、都内水準の年収よりは下がるレベルのエリアでの話。)
自分が年700万円もしくは1000万円稼ぐ女性が年800万稼ぐ男性を対象にするのは分かると。だが、ここで話題にされたのは自分が年収200万の女性なのだ。実家暮らしであれば家代が浮いているかもしれないが、実際問題200万円で生活できている人がなぜその4倍以上の金額を稼ぐことを相手に課してしまうのか。自分と同じ収入くらいの人と出会えれば、今と同じ生活水準、キープできるのに。

相手に背負わせようとしているよね、自分の人生。そりゃ、相手からしたら、逃げたくもなるよ。
むしろ、その自分が与えられる200万と相手がもってくる800万の差額の600万円分の価値を自分が提供できる自信があるのが凄いと私も思ってしまうのだ。その600万円ってなんだろう。家事労働なのかな。帰宅後の癒やしの時間や空間の提供なのかな。センスの良さでいつも対外的に恥ずかしくない、TPOに合った服装を選んでくれるのかな。

そのどれもが私にはできない。できないから、結婚する時点での相手の収入は知らないし(出会った頃は私の方が間違いなく高かったのでとりあえずは内緒にしていた)、結婚した今でも相手の収入は明確には知らない。向こうは開示することに抵抗がない人なので、普通に会話をしていれば年収は分かるけど。貯金額は本当に分からない。

そして今現在、年収額でいえば、私の方が少ない。それは確かなのだけど、家庭に入れている金額は同じにしている。でも、ワンコの世話も毎晩のご飯も洗濯も私の仕事だ。
まあ、仕事といってもしたくなければしない。どんなに疲れていようともワンコの世話は絶対に欠かせないが、旦那のご飯なんて作りたくなければ、自分で食べてきてって言うだけで済むから、世間の奥様たちより楽なんだけど。なんだけど、さあ。

自分で言ってて思うのだが、家計に入れるお金が同じなのに、家事の分担おかしくない?って思うのなら、向こうに多めの金額設定で家計に入れて貰えばいいのかもしれない。そうなんだけど、それを許したら、=家事は私がやりますと認めたようなもんなのが嫌なのだ。
俺のほうが多く払っているからその対価分は仕事しろよ、なんて言うパートナーではないのはわかっているが、恐らく何より自分が許せない。だって、家事嫌いだもん。嫌いだから最低限のレベルのことしかしない。それにお金を生じさせてしまうのは夫婦間でも駄目な気がする。

たぶん、無駄なプライドが働いている。こんな誰に対してのプライドかも
わからん意地は捨ててしまったほうが楽なのかもしれないけど、それもまた私のアイデンティティなのかもしれない。

アイデンティティといえば、名前。
私は自分の名前が嫌いではない。大好きだというほど愛はないかもしれないが、名刺交換をすると珍しいですよねと1会話が産まれるので、この名前をくれた親には感謝している。

ちなみに仕事ではずっと旧姓を使っている。入籍後に転職したので、今の職場で働きはじめる時点ですでに新姓にはなっていたのだけど、なんとなく。
新姓が日本トップなんとかに入るレベルで汎用性が高すぎる名字で営業職的にあまりメリットを感じないという理由もあるのはもちろんだが、そういう理由以前に、本名が必要な場面以外は変更する必要がないかなとも思ったから。

既婚の友人で、学生時代の友人たちとの会を予約するときは予約の際に旧姓で名乗る子が多いが、そっちのほうが周囲に対してわかりやすい場合は無理に新姓を使わなくていい派だ。
かと言って、旧姓にこだわっているわけではないので免許証・マイナンバーカード・銀行口座はすべて新姓に変えてある。この手続きの面倒さよ。世の男性の多くがこれを経験しないままというのは、本当にずるいの一言だが、結構、これ面倒だ。世の中、WEBで手続き可能なものが増えているなか、窓口にいかないとできないものも多々あり・・・。
正式な場になればなるほど、戸籍上のデータと異なる名前の証明書だと効力を発しないから、とにかくさっさと諸々の手続きは完了させた。

とはいえ、とにかく基本的には旧姓で名乗る機会が多いので、たまに旦那と二人の食事なのに旧姓で予約を取ってしまって、店内に通される際にちょっときまずかったりする。ただの癖なだけで、他意はないんだけどね。笑

夫婦別姓を強く推奨したいほどの想いはないけど、別に生まれた時の名字をそのまま使っててもいいじゃないって思う。同じ戸籍にいるとして対外的な名字が異なることの弊害ってなに?あまり思い浮かばないので、別に別姓でいいやんって思うけど。
で、何が嫌かっていうと、この旧姓・新姓問題に悩んでいるとか悩みまではしなくても話題にするとか考えるのがいつも女性なのが、なんだか不公平感。
離婚とかしてもまた前の戻すかどうかって問題がつきつけられるの女性が多いし。・・・とも考えるけど、単純に手間。面倒。自分は一人なのに、勝手に名前が2つになる感覚とか、誰かと家族になるだけなのに自分のアイデンティティの一部を変更する手続きをしないといけないという手間、面倒。
これ、やってみないと理解できないよね〜、そうなのよ。だから、やって!夫婦別姓禁止って言っている方は、ぜひ一度体験してほしい。自分の姓が変わるということと変わることに伴う全ての手続きを。


とまあ、とりとめもなく書いてみたけど、まとまらない。
給与格差と男女の差と名字にまつわるエトセトラ。
恐らく正式に語るべきことはたくさんあるけど、個人レベルでもたくさん感じるもやもやはあって、永遠に解決しない問題なんだろうなって思う。
そして、何より本気で解決したいとか解消したいっていうよりは、もうしょうがないよね、そんなもんだよねって諦めているのが何より問題で。
根深いけど、ま、いっかって流せしながら普段の生活を送れる程度の軽さもあったりして。


そんなこんなを抱えながらも今日も明日も生きていく。










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