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写真を撮るモチベーションについて考えてみた

まず最初に大事な断りを入れておかなければならない。
個人的な意見・感想です。
特定の個人や団体を指すものではありません。

「写真を撮るモチベーションが上がらない」とたまにX(Twitter)で見かける。
この写真を撮るモチベーションという概念が僕には理解できない。
今回はこの辺を少し深掘りしてみたい。

写真を撮るモチベーションって何だろう。

僕の場合、写真趣味を始めてもうすぐで20年。
仕事とか他の趣味の影響でカメラを触れない、触らない時期があったもののほとんどの時期をカメラと過ごしてきた。
少し前だとロードバイクにがっつりはまった時期があったけどその時もGRぶら下げて映える景色を探すためにロードバイクに乗っていた節すらある。


写真を撮るという目的が先にあって、他の趣味や行動が付随してくる感じ。

シャッターを切るという行為に、日々の"嫌な何か"を忘れさせてくれる浄化作用みたいなものを感じていて、写真を撮らないとなんか気持ち悪いという気さえする。そして、写真を撮ることでしか摂取できない栄養素がある。

僕はそういう感覚で写真に向き合っているけど、"写真を撮るモチベーションがない"という人の写真との向き合い方ってどんな感じなんだろう。

たとえば「撮るものがない」ということがありそう。
フォトグラファーのソールライターは、自宅アパートから数ブロックの範囲(1km未満)をひたすら撮り続けていたという。
それを思うと、被写体なんていくらでも見つかりそう。
スナップは日常の風景で心が動いた瞬間を切り取る行為。
そんなに気構えなくていいんじゃないかな。

「SNSにあげた写真にいいねがつかない」は、現代社会ではありそう。
たしかにいいねがたくさんつくと認められた感があってなんか嬉しい。
ただ(僕自身の経験として)「これはいい写真、いいねいっぱい付くのでは!?」と思ってアップした写真はあっさりした反応で、「MNG」とか「今日のカメラ」なんかの方がいいねがたくさん付いたりするので、世間の反応というものは自分自身ではコントロールできない。そういうコントロールできない部分に神経を使ってもメンタル的に良くないのでSNSでの反応なんてものは気にしないに越したことはない。(ま、負け惜しみなんかじゃないんだからね!)

SNSのなかった頃はどうしてたかな。撮った写真をPCにすら取り込んで無かった時期もあったんじゃないかな。それくらい「写真を撮る」だけで満たされる幸せな僕。

写真を撮るモチベーションが上がらないという人を否定するつもりは一切ない。
趣味にもプラトーというかスランプというかそういう時期はあると思うので、そういう時は別のものに没頭し、また帰ってきたらいいと思う。
比較的写真は他の趣味との相性がいい。

思わぬところから写真の魅力を再発見することがあるかもしれないよ。

それでは

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