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【コラム】『強火で肉汁を閉じ込める』はオカシイ?

こんにちは。

男の料理研究家の佐藤道尚です。

相変わらずコロナでリモートワーク(引き篭り)をしているため、プクプク太った木々の芽みたいな身体になりつつありますが皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

久しぶりに友達と公園でバトミントンをしたりしましたが、消費カロリー的には焼け石に水なのでもう少し本格的に運動しようと決意してお布団の中でゴロゴロしております。


閑話休題


肉や魚を使う料理で時折「表面を強火でサッと焼いて肉汁を閉じ込める」という表現を聞いたことがある人は多いと思います。

しかし肉の構造について知っていくと、どう考えても「強火で焼いたくらいで肉汁は封じ込められない」という結論に至りました。

■『肉汁』とはなにか?

そもそも肉汁とは何か?ちょっと他サイトから引用します。

●肉汁の浸出
 生肉は保水性が高く、かなり強く押しても水分は浸出しませんが、肉を加熱すると肉汁がしみ出てきます。その理由は、熱により筋原線維たんぱく質が変性し、たんぱく質分子間で結合し、保持していた水分を分離することによります。更に、肉基質たんぱく質が変性し、結合組織が収縮するので、そのとき水分と共存するうまみ成分、エキス分、脂肪も溶出します。それらを肉汁と称しています。
 その結果として、生肉に比べ、重量や容積が増減し、栄養成分も増減が見られます。肉汁の浸出が多い調理法では、肉が硬く、ぱさつき、形態も収縮します。これをなるべく防ぐため、実際の調理では酸味料、アルカリ類(重曹など)、食塩の添加などが提案されています。

参照:食肉の知識 『食肉の栄養知識/調理法による栄養価の変化』より
http://kumamoto.lin.gr.jp/shokuniku/eiyochisiki/henka/kanetu_henka.html

つまり

 ・熱によって肉のたんぱく質が変性して水分を保持できなくなったもの
 ・熱で筋繊維が縮み旨みやエキスや脂肪分が搾り出されたもの

これらが肉汁の正体ということのようです。感覚的にも肉に火を通せば縮んで肉汁が出るというのは頷けます。

ということは、少なくとも『肉汁を閉じ込める』ためには、強火で肉を焼いて肉の表面を縮めたり、たんぱく質の変性を加速させることは逆効果であると言えそうです。

では、肉汁を保つためにはどうすればいいのか?
肉を構成する3つのたんぱく質の性質を知る必要があります。

肉を構成する3つのたんぱく質

肉を構成するたんぱく質は主に3つあります。
これも上記のサイトからの引用になりますがちょうどいい表があったので引用させていただきます。

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参照:食肉の知識 『食肉の栄養知識/調理法による栄養価の変化』より
http://kumamoto.lin.gr.jp/shokuniku/eiyochisiki/tokusei_hataraki/seibun_tanpaku.html

上記の表にように、肉は主に3つのたんぱく質で構成されており、それぞれ変性する温度が異なります。

 ①筋原線維たんばく質 :45~52℃で変性する
 ②筋形質たんぱく質  :56~62℃で変性する
 ③肉基質たんぱく質  :65℃以上で収縮して、75~85℃で軟化する


この中で肉の保水をしているのは①の筋原線維たんばく質で、45℃から変性を始めて水分が抜け始め、それが他の旨み成分と混ざって肉汁になるわけですね。
ということは肉汁を閉じ込めたいのであれば、筋原線維たんばく質が変性しない45~52℃で加熱を止めるのが理論的には最上になります。

しかし、厚生労働省が出している食肉を安全に食べられるように殺菌ができる加熱条件として「75℃、1 分」「70℃、3 分」「69℃、4 分」「68℃、5 分」「67℃、8 分」「66℃、11 分」「65℃、15 分」を出しています。
(参考:https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000365043.pdf

つまり、最低でも肉の中心温度が65℃になるように15分以上加熱しなければならないということです。
食中毒は怖いのでこの基準はぜひとも守る必要がありますが、そうなると現実的には「肉の中心温度を65℃で15分」というのが肉汁を保持するという意味では一番適した調理法ということになります。

弱火でじっくり焼き始め、最後に強火でさっと焦がす

「肉汁を保持させる」ための適切な調理温度は分かりました。
ここでは特にステーキやソテーの最適解を考えていきます。

焼く前に下味を付けたり、室温に戻しておくなどの準備は特に変えなくていいと思います。問題は焼き方です。

従来のやり方であれば

1.フライパンを熱して十分に熱くなったら油を入れて十分に馴染ませる
2.肉を入れ、両面を焼きつける
3.弱めの中火にして中まで熱を通す
4.いい感じに焼けたら取り出して盛り付ける

という感じの手順が一般的だと思います。
しかし、前述した肉のたんぱく質の変性温度を考慮すると、2の両面を焼く時点で肉の表面だけが80℃以上になってしまうので肉の表面の水分は抜けて縮んでしまい、それに絞られる形で中の水分も抜け易くなってしまいます。その証拠にこの焼き方をすると裏面がまだ火が通っていないのにフライパンに肉汁が出てきている、なんて状態を目にしたことがある人も多いと思います。

そこで

1.出来ればテフロン加工のフライパンに火をかける前に肉を乗せる(鉄のフライパンに油を敷く場合は一度熱してから十分に馴染ませ冷めるまで置いておく)
2.ギリギリ消えるかどうかのとろ火にする(IHなら保温モードも可)
3.蓋をして全体的に熱が通るように蒸し焼きにする
4.時々ひっくり返しつつ中心温度が65℃を超えたら火を止めたり付けたりを繰り返して温度をなるべく65℃で留まるように維持する
5.15分経過したら蓋をとり、溜まった水滴をキッチンペーパーでふき取ってから強火でさっと表面を焦がして完成

(できるかどうかは別にして)これが理論的には最適解かなと思います。

実際には『65℃ぴったりをどうやって計測して15分維持するんだ』という問題が立ちふさがります。火を止めたり付けたりの繰り返しで表面温度を65℃前後をキープしつづけるのはかなりの繊細な職人芸になると思いますし、日常生活でそれをするのは非常に困難だと思います。

なので

・冷たいフライパンに肉を乗せ
・最小限のとろ火で可能な限りゆっくりと肉を温めていき
・表面温度と中心温度の乖離を最小限に留めるように焼く

のが、一般的な家庭で、あまりスキルを必要とせずにできる現実な調理法になるのではないかと思います。
ただ、この焼き方は非常にジューシーに仕上がる反面、従来の焼き方に比べると温く感じて「本当に中まで火が通っているのか?」と不安に思われる可能性もあります。

従来の焼き方は熱したフライパンに油を敷いて肉を載せ、肉の厚みによって火加減を弱くしたりしつつも結局のところ100度以上で表面を熱することになり、肉汁が流出しやすくなることは変わりません。

ところが今回提唱している方法であれば、肉を乗せてからとろ火にかけるので肉の温度もゆっくりと上がり、表面温度と内部温度の乖離も少ないため肉汁の流出も大分抑えられるはずです。

最後にさっと強火で焼くことでメイラード反応(焦げて茶色くなる現象。香ばしさが出る)を引き起こして香ばしさも追加できます。このとき肉を一度取り出してしっかり熱してから再度入れるとモアベターだと思われます。

ただ、実際にこの焼き方をした時に、どの程度焼けば中まで火が通ったと決められるのか?の見極めが難しいという問題があります。
肉の厚さなどによって焼き時間も変わってくるので一概に「これが正解」とは言えないですが、次回は実際にとろ火焼きをしてみて、どのくらいで中まで十分な熱が入るかを検証してみたいと思います。

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