見出し画像

『天空の犬』ノート

樋口明雄著
徳間文庫刊

 樋口明雄は初めて読む作家だ。
 ある日、私の職場に訪ねてきた初対面の新聞記者と話をしているうち、趣味の山の話になり、この本を紹介してくれた。

 富士山に次ぐ標高の南アルプスの北岳(3,193メートル)の白根御池小屋警備派出所を舞台に繰り広げられる山岳小説であり、警察小説である。またこの警備派出所は南アルプス山岳救助隊派出所を兼ねており、そこに赴任した星野夏美巡査と山岳救助犬のメイ(ボーダーコリー)をはじめ、先任の二人の山岳救助犬の2人のハンドラー(神崎静奈巡査と進藤諒大巡査部長)と山岳救助犬2頭(ジャーマン・シェパードと川上犬)の日常の訓練の様子、救助犬への命令の仕方や救助犬が捜索にあたる時の犬種に応じた特徴ある行動などが専門用語とともに活き活きと描かれている。さらに、人間の数万倍以上あるといわれる犬の優れた嗅覚の秘密なども書かれており、興味深く読んだ。出色の動物小説(こんな分野があるかどうかわからないが)とも言える作品である。私は人間と犬との無私の友情の物語として読んだ。

 物語は2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災は地震の名前ではなく、地震による災害総体の名である)のため起きた南アルプスでの雪崩遭難救助の場面から始まる。

 私もつい最近、北アルプスの立山に行った。そのトレッキングの途中で地獄谷を見下ろしながら、ガイドが説明してくれた話だが、やはり3・11の大地震で、標高2,500メートル近くにある地獄谷の温泉源がロッジ近くまで数百メートルも移動し、噴出する硫化水素のためそのロッジが使えなくなったと聞いた。元々の温泉源はコバルトブルーの池のようになっていて、移動した噴気口はロッジのすぐ傍で、盛んに噴気を上げていた。
 その話を聞いて、あの時の地震は、東北四県だけでなくまさに日本列島を大きく揺るがしたのだとあらためて実感した。

 星野夏美巡査は、人間の思念を〝色〟で感じることができる、また実際に事象を目視する以前に〝色〟で察知できる特殊な〝共感覚〟の持ち主である。それが、新参者として訓練で鍛えられる中で、徐々にその能力を発揮する場面が増え、遭難者の救助に大いに役立つことになる。

 ヒトは情報伝達手段としての言葉を創り出す以前は、そのような能力を備えていたのではないかと私は思う。いまでも私たちは〝他人の顔色〟を伺い、表情を読み取ることを自然とやっている。そして場の〝空気〟を読むこともする。
 星野夏美巡査の特殊能力は決して彼女だけが持っているものではなくて、もともとヒトが皆等しく持っており、彼女はそれをより敏感に感じ、色として感じることができるのだと思う。そういう意味で、私はこの物語を読んで、決して荒唐無稽だとは思わなかった。

 この本の最後に樋口明雄の作品リストが掲載されているが、多くの作品の題名はどれも知らない作品であった。山岳救助隊シリーズも他に3冊あるようで、しばらくこの作家の作品にはまりそうである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?