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民俗詩人・宗教詩人ディラン(2)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

(承前)

ボブ・ディラン(Bob Dylan, 1941-)はシンガーとして出発した当初はフォーク詩人(folk poet)と呼ばれた。

その後、ニューポート・フォークフェスティバル(1965)での電化(エレキ・ギターに持ち替えたこと)を経てロック詩人(rock poet)となった。

その後(1978)、ディランはある宗教的体験をして、それを機に宗教詩人へと変貌した。

その後、ディランは、すべての要素を包含する、何でもありの詩人となっている。そしてノーベル文学賞を受賞した(2016)。ホメーロス以来の口承詩人の伝統を受継ぐアメリカ詩人として、その全作品を対象とした受賞であった。

ディランの以上のフェーズを、ごく簡単にまとめ、「folk poet」期と「宗教詩人」期について書いておきたい。「ロック詩人」期は比較的よく知られているので今回は取上げない。前後編の2回に分ける。前回は「folk poet」期について扱った。Cisco Houston (1959), Town Hall Concert (12 April 1963), Studs Terkel (May 1963), Geoff Johnson (1964) の4項について folk poet の語が現れる資料を提示し、簡単な説明を加えた。

目次
宗教詩人
 一人目の師レーベン
 改宗期の出会い
 1978年11月の神秘体験
 1962年と1967年の歌
 Vineyard Fellowship
 born again

「英詩が読めるようになるマガジン」の副配信。コメント等がありましたら、「コメント用ノート(201808)」へどうぞ。

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宗教詩人

ヘイリン (Clinton Heylin) によれば、ディランに影響を与えた師に相当する人の二人目が、この改宗期に現れた。ただし、一人にしぼれるかというと、複数の人が関係したと思われる。


■ 一人目の師レーベン

ちなみに、最初の師は画家のノーマン・レーベンである。ニューヨークにあるレーベンの美術学校に3ヶ月ほど通ったのだ。1974年の春頃に彼のもとを訪れた(レーベンのクラスに5月から7月にかけて出席したといわれる)。レーベンについては「アメリカ音楽とユダヤ・コネクション|ノーマン・レーベンのディランへの影響(1)」「ノーマン・レーベンのディランへの影響(2)」「ノーマン・レーベンのディランへの影響(3)」「ノーマン・レーベンのディランへの影響(4)」「ノーマン・レーベンのディランへの影響(5)」「ノーマン・レーベンのディランへの影響(6)」「ノーマン・レーベンのディランへの影響(7 [最終回])」で書いた。

[Norman Raeben]

ヘイリンが引用するディランの発言(1978)に、その一人目の師レーベンによる影響の言及がある。「(レーベン師との時間は)ぼくを現在に閉じこめた、それまでにぼくが経験した他の何にもまして。」という。これほどの現在時間への集中がこの次に現れるのは、キリスト教への改宗期の師との出会いまで待たなければならない。ディランのこの発言によると、こうした現在への没入の結果、さまざまな「自己」が次々に消え、ついに自分が慣れ親しんでいる自己だけが残ったという。いわば「真の自己」にたどり着いたのだ。この体験じたい、スピリチュアルな、と呼んでもよいほどの体験と思われる。宗教家なら「悟り」の体験と表現するかもしれない。

[My time with Raeben] locked me into the present time more than anything else I ever did ... I was constantly being intermingled with myself, and all the different selves that were in there, until this one left, then that one left, and I finally got down to the one that I was familiar with. [1978]
(Clinton Heylin, 'Behind the Shades', 20th Anniversary ed., 1991/2011)

[Clinton Heylin, 'Behind the Shades']

■ 改宗期の出会い

ディランのキリスト教への改宗期の出会いについて、ヘイリンは次のように述べている。冒頭の 'At the time' とは1978年12月から1979年4月頃のことである。場所は米国カリフォルニア州にある小さな福音主義集団 Vineyard Fellowship (「ぶどう園共同体」の意、vineyard は新約聖書聖マタイによる福音書20章1節および21章28節, 40節に由来し宗教的な活動の場を指す)であった。上の引用中の 'locked me into the present time'「現在という時に閉じこめる、のめりこませる」に似た表現が現れることに注意。レーベンとの1974年の出会い以来の、現在への没入体験が1978-79年頃に再び訪れたのである。

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