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迷ったら、失うといい。

みなさん、こんにちは!!ダルシム壇珠です。え?プロレスラーになったのかって?違うんです…理由は本日の本題に詳しく書きますが、あるものを失った結果、ダルシム壇珠となったのです。笑

えらく久しぶりの更新となってしまいました。どうにも自分には波があって、発信期と内観期がゆるやかに交互にやってくるように思います。こう書くと変なのですが、内観期の間は自分の発信期がちょっと待ち遠しく感じられます。発信をしてきたことで、自分にはこうした波があるのがわかって、観察のしがいを感じます。

ところでこれを読むあなたには、なにか迷っていることがありますか。あるいは、決めかねていることや、悩んでいることなど。しばらくブログをお休みしていた間にも時々ご相談のDMなどをいただいていましたが、それらを拝見していると、今はちょうど多くの方が『迷いと決別したいとき』なのだと感じます。

壇珠さんならどうしますか。壇珠さんならどう考えますか。と締めくくられるメッセージたちを拝見していて思ったのは、それを聞いてもあなたの役には立たないさ!ということ。極端にいうと、うさぎがライオンに「お腹が空いたんだけど、君ならどうする?」と聞いて、ライオンから「俺なら狩りをして食べるよ。ほら、あそこに鹿がいるだろう、あそこにそーっと近づいてさ、そんで一気に襲いかかってさ、そんでこう、グサーっとバリーっといくわけよ。やってみて?」といわれてもどうしようもないのと同じようなものなのです。私の納得は、あなたの納得ではない。

もちろん、そうか、ライオンくんの言いたいことというのは、自分の力で欲しいものを取りに行けってことじゃないか!と解釈したうさぎが、そのあと勇気を出して巣穴から出ていくということもあるかもしれません。だから参考になったりきっかけになったりすることはあるのですが、でも、それはうさぎが自分でそう解釈し、自分で決断したことですよね。

つまり、本当の満足に出会うには、結局はすべて自分で決めるしかないのです。でも、今日お伝えしたいと思ったのはこのことではありません。
迷いから抜けられないとき、私たちはなにかを決めるのに必須である大切なポイントを見失ってしまっている、ということについてです。

今日は、迷ったらこれを思い出して!!と私がお伝えしたいことを、書いてみようと思います。大丈夫。読んでも傷つかないよ!!(どういう注意書きだよ!笑)

迷ったときは、失うとき。

さて、その必須のポイントとは何かというと、迷ったときは、失うとき。ということです。言い換えれば、私たちが迷いの中にあるのならば、「失うのが正解であるとき」ということなのです。失うと開く。失うと動く、進む。失うと、めっちゃいい感じになっちゃうとき、なのです。

なぬ?失うのが嫌だ?失うのは間違っている気がする?ちゃうねんちゃうねん。失うと、決まります。出会います。ある意味で、生まれ変わります。

迷っているときに、できるだけ得られるように、できるだけ失わないように、と考えると、決まらない。それどころか、迷いはさらに深くなります。決断がますます遠ざかってしまうのです。

こんなときは、思い切って失う。どのカードを捨てるのかを決めてみて。一番でかいところを、諦めて、失くすと決める。これこそが、迷いを断ち切る決断時に、いちばん大切なことなのです。

例えば、私は今年、海に何度も足を運びました。

海に行くとなると、日焼けは必至のことですね。もしも自分が日に焼けたくなければ日焼け止めを塗るしかありません。

けれども、多くの海水浴客の使用している日焼け止めやサンオイルにより海の水が汚れて、水面に油のようなものが浮いているのを見るのはいつもつらい。それから、日に焼けることを気にしながら日の下で遊ぶのはなんとも窮屈で不快なことでもある。だったら自分が日焼けを気にしなければいい。
しかし…日焼けをすると自分の老化が早く進む。シワができる。シミができる。憧れのモニカ・ベルッチのような白い肌から遠ざかってしまう。それはつらいんじゃなかろうか。おや?だが、果たしてそうだろうか。考えてもみれば自分はブロンズ肌の代名詞松崎しげる氏がこんなにも好きなのだ。実は昔から、あんなふうになりたいと思っているところがあるのだ。そう、日に焼けた肌を晒して、もっと自由に、もっとワイルドに…!だったらそう生きればいいだろう!!
いやだが待て…早まるな。いいか、自分の体型を考慮してみろ。自分はこの体型で全身が茶褐色になってしまうと、女であるにも関わらずストリートファイターズのダルシムに非常に近似したルックスとなるのではないか。それはさすがに望まぬことではないのか。いやだがしかし!!我は自然を愛し、海をこよなく愛する心を持っているのだ…太陽にまみれ、波と戯れて吠えていたいのだ。いつだって自分の脳内には、海よ~の俺の海よ~と歌う加山雄三氏の声が聴こえているじゃないか!!あああああもうどうするよーー

と、私たちがなにかについて悩んでいる、迷っている、決めかねているというとき、このような状態になっているわけですね。あっちも捨てられない、しかしこっちも捨てられない。どっちも大事。優先順位を決められない。
でも、上記の迷いを抱えていると、私は海に行くことができません。海に行くことができない…!!なんと恐ろしいフレーズでしょうか。

こういうときは、その大事なものの中から、どれかを失えばいいのです。
失うことを決断できないから、いつまでも迷ってしまうのです。
迷ったときというのは、要らないものを捨てよう!もっと自分の本質に目覚めよう!というサイン、知らせなのですね。

ちなみに私は、美白を目指すことを、皮膚の老化を遅らせることを、捨てました。さよなら、韓国風ビューティー。さよなら、モニカ。さよなら、若々しいという賛辞よ。決め手となったのは、窮屈さでした。簡素化して「窮屈だけど白くてきれい」VS「開放的だけど自然に優しいダルシムしげる」と考え、窮屈なほうのカードを切ることにしました。もう、いい!!

いや、考えてもみればね、さよならっつったってね、それらはもともと持ってなどいなかったんでス…でも、素敵に見えるし、欲しかったし、捨てがたいものだったのです。選択肢に入れてさえおけば、持っているような錯覚があったのです。でも、それを捨てました。僕たち、別れよう。さよなら、さよなら、さよなら…

そして自分はこの決別により、しげるを、ダルシムを、海を選ぶことができました。ちょっと視点を外して高~いところから見たら、そちらへの許しのほうが、大きかったのです。ハイヤーセルフの自分は、こう言っていました。「生きている間、日焼けも、自然に対する罪悪感も気にせずに思いっきり海で遊べて、その経験ができて、よかったなあ!!」と。そのほうが、コアの自分にとっては喜ばしいことだったのです。白い肌ばかりが美しいというのは、自分から湧いて出てきたものではなくて、社会から知らぬ間に取り込んでいたもの。私の本質にはないものだったのです。

このように、”心の断捨離”ができていないとき、私たちは迷うのですよね。
言い換えれば、迷っているときというのは、何かを捨てたいときなのです。

本当は捨てたい。でも、その捨てたいものを「欲しいもの」と思い込んでいる。あるいは、決別したら失ってしまうと思い込んでいる。その思い込みによって、自分の自由が制限されているのですね。その自分自身の誤解に気が付きたい。自分自身のねじれをほどきたい。そして本当に大事なことや、自分の本当の愛にピントを合わせて、それを大切にしたい。そんなときです。

そのために、わざわざ、ちゃんと、自分を迷いの中に放り込んでいるのです。迷いとは、失おう、のサインです。心のブレーキランプが5回点滅したら、ウ・シ・ナ・オ・ウのサインなのです。(すみません…

だから、迷いを破るのに必要なのは、今捨てられずにいるものと決別するときだと知ることなのですね。その別れは、ほんの一瞬の間だけかもしれないし、または長い間かも、もしかしたら永遠かもしれないけれど、それでもそのなにかとお別れするときなのです。そしてそれは、今のあなたにとって、要らないものなのです。必要なら、必ず戻ってくるから大丈夫。ほんまやで。そんなふうに宇宙を信頼しても、大丈夫ですよ!

今の私はめちゃんこ日焼けをして、予測どおりのダルシムルックです。
でも海で、自分とはこんなに笑うだろうか、こんなにのびのびとするだろうか、こんなに馬鹿になれるだろうか、というたくさんの瞬間を味わって、こんなにも自分はこの惑星と我が人生を愛しているのだな、いつもなにもかもが奇跡だな(涙!!)、という気持ちをさらに更新することができました。

それどころか、周囲から焼けてきれいになったねー!と言われるのです。
ビューティーを捨てたつもりだったのに、別の方向からそれがやってくるのですね。いやはや、「ダルシムしげる=女の美」の方程式は持っていなかったなあ…

もちろん、日焼けはあとからダメージが来ると言われたらそれまでなのですが、問題ねぇぜ、俺は海とともに生きるぜ、そこに迷いはないぜ!!
今になってみれば何を悩んでいたのか不思議だとすら思えるほど、決別したものを惜しいとは思いません。もはや、そんなことで迷った自分って、誰…?というくらいの感覚です。

別れって、大事。
なにかと別れて歩きだすと、その先には出会ってみたかった自分がいます。

だから、決めて、別れて、捨てて、去りましょう。
その大事なもの、本当に必要?と自分に問いかけてみましょう。

なによりの失敗は、決めずにいることなのだもの!

というわけで今回は、迷ったら失おう!というアイデアのお誘いでございました。それではまたね。

毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)