見出し画像

2019年ベストアルバム

画像1


1. IGOR/Tyler, the Creator

 前作の『Flower Boy』(2017)に引き続き、今回も遊び心満載の一枚をリリースしてきました。一曲目の「IGOR’S THEME」(M-1)、一発目に鳴るシンセの音から壮大な叙事詩の幕開け感がすごいです。この音色、「EARFQUAKE」(M-2)ほかアルバム内のいろんな楽曲で多用されているので、タイラーの今作お気に入りサウンドなのでしょうか。食べたことなかったけど美味しいわ!って食材とか料理、しばらく飽きるまで食べたくなることってありますよね。それから彼がよく使う、ゴムボールをバウンドさせるようなちょっと曖昧なベース音が今回も心地よいです。子供の頃たまに遊んでいた、鈍くラメっぽい光沢を放つ原色の謎ボールを思い出します。「PUPPET」(M-8)の前半、たまに三連が挟まれるビートが眠りを誘います。後半で急に不穏な展開になるのもいいですね。 

 何と言っても「GONE,GONE/THANK YOU」(M-10)、タイラーの真骨頂が今回も発揮されています。前作でもいくつかの曲で感じましたが、彼はゴリゴリのラップを詰める部分とメロディアスなフレーズを流す部分を、一つの楽曲のなかにコントラストを作って織り込むのがものすごくうまいです。曲の中盤、ラップパートに向けてだんだんフレーズが下降していく展開のさせ方も思い切りがすごいです。前作の「Glitter」という曲でも、後半で再生スピードを低下させてラップに変化をつけるのですが、そういう操作を大胆にやってしまう。ヒップホップのトラックは、サンプリングした同じビートをリピートさせることも多いので単調になりがちですが、彼のトラックには遊び心とセンスに満ちたポップさがあります。 

 ところでこの「GONE,GONE/THANK YOU」という曲は、山下達郎の「Fragile」(1998)という曲へのオマージュが含まれていることで話題になりました。サビのメロディーはほとんど同じですが、歌い直されているのに加えて歌詞も少し変えられているので、サンプリングではありません。曲名がスラッシュで区切られていることや、クレジットに山下達郎の名前が記載されていることからも彼のリスペクトが読み取れます。このオマージュパートに入る直前、いったん次のような語りが挟まれてトラックに切れ目ができます。


I hate wasted potential, that shit crushes your spirit really does, it crushes your soul.


 ここでは、アメリカでコメディアン、俳優、作家として活動しているJerrod Carmichaelの言葉が引用されています。才能を無駄にしてしまえば、心や魂を壊すことになる。自分の能力やセンスを強力に信じている人にしか、なかなか言えることではないと思います。前作について、タイラーが彼と1時間ほど対談してるインタビューもあったので、少なからずインスピレーションを受けているのは確かでしょう。画面分割の仕方までスタイリッシュです。

【FLOWER BOY: a conversation】

画像2


2. Body - EP/んoon


 んoonは、ボーカル、鍵盤、ベース、ハープという変則的な日本の四人組バンドです。以前から名前は見たことがあったのですが、「んーん」なのか「ふーん」なのか「んおーん」なのか読み方がわからず、近づけずにいました。新しい職場とかに凛とした青いショートヘアの人がいて、気になるけどどうやってコミュニケーションをとったらいいか分からず躊躇するみたいな感じです。そういう人が身近にいたことないので分かりませんが。正解は「ふーん」でした。 

 toeというバンドのライブ映像を漁っているときに、「レイテストナンバー」という楽曲のゲストでボーカルのJCが参加しているのを見て、バンドの存在を初めて知った記憶があります。すごい貫禄のゴスペル系ゲストボーカルだと思っていたら、んoonを聴いてみると繊細な声と歌詞にやられました。


 今作で一番好きなのは「Suisei」(M-6)です。前半のビートは昨今流行している三連に裏拍を足したハイハットのリズムで、ゆるいヒップホップ+ソウル調のチルビートです。かと思いきや、後半でテンポアップして16分の疾走ビートに変化するのが憎い展開です。一方でハープがほとんど同じリズムを鳴らし続けているのが、きもちよくて安心します。音楽を聴くときにあまり歌詞を気にしないことが多いのですが、よく聞くと言葉選びの感覚が鋭利です。作詞はんoon名義ですが、とにかくこの歌詞が好きな人とは生涯気が合いそうです。


雨粒一つ、目地に落ちて

私は一人のPOPな修羅


 このライン間の跳躍、只者ではないです。吉増剛造と並ぶ詩的感覚を持ち合わせています。「POP」と「修羅」という語が隣り合う日が訪れると、誰が予測できたでしょうか。それから、同アルバムの「Gum」(M-3)にも「目地」という語が出てきます。ときどき歩いているときに、ふと下を見て目地を目でなぞり、苔が生えてたり、ブロックが欠けていたり、蟻が這っていたり…いろんな発見をしつつ身体スケールの飛躍が起こります。路地とか目地とか、その中に入っていくと自分の身体も小さくなる感じがしていいですね。

【Freeway / んoon (Live at 渋谷HOME 2019.2.17 『tossed Coin ~Supported by Eggs~』)】

画像3


3. Dream Girl/Anna of the North


 ボーカルの程よい気の抜け方と、声の処理、コーラスの重ね方がとにかく心地よいです。目覚ましにもいいし、寝る前にも聴きたくなる一枚。歌詞はわりとピュアな恋愛ソングって感じの曲が多いですが、そこは目を瞑ります。声とテンポ感と四つ打ちのスペーシーな空気感で十分です。何も考えずに聴けるような爽やかさが、アルバム全体に漂っています。 

 「Lonely Life」(M-5)は、イントロのギターフレーズの掴みが完璧です。それからサビの語りっぽくなるフレーズ(It’s a lonely life, it’s your only life, it’s a lonely life The way that we live it)は、これでもかと声が重ねられていて、恨み節なんじゃないかと震えます(賛辞です)。 

 朝にも夜にもぴったりくると言いつつ、「Thank Me Later」(M-7)は1日が終わりそうな夕方に聴きたくなる一曲です。いつ何時でも飛ばさずに聴ける音楽って、なんだかんだ貴重だと思います。テーマがネガティヴでも、曲調をポジティヴに保てるのはすごい才能です。 

 アルバムを通してスロー〜ミドルテンポの曲が多いのですが、「Playing Games」(M-11)は唯一アップテンポなナンバーです。直感的に玉置浩二の「田園」(1996)を思い出しました。今年『かぐや様は告らせたい』という映画が製作されましたが、そんな恋愛心理戦を感じずにはいられない歌詞です。橋本環奈と平野紫耀のファンには申し訳ないですが、雑な引用でごめんなさい。

 Anna of the Northは歌い手のAnna LotterudとプロデューサーのBrady Daniell-Smithのユニットなのですが、歌詞に対してどこか客観的で宙に浮いたエレクトロポップ感が出ているのは、作曲にブレイディが介入しているからなのかもしれません。これからどう展開していくのか楽しみなアーティストです。

【P3 Live: Anna of the North “Leaning on myself”】

画像4


4. Flamagra/Flying Lotus


 今年9月に来日し、新木場STUDIO COASTでもライブを行ったフライローの新作です。前作の『You’re Dead!』(2014)からおよそ5年ぶりのリリースですが、一聴してすぐにわかるくらい、かなり聴きやすくなった印象です。楽器のチャンネルの偏った振り分けとか、強調する帯域のドンシャリ具合が彼の大きな特徴の一つだと思っていたのですが、今回はそうした音響面のバランスが整っただけでなく、進行や音色選びもポップになってます。いかつさが薄まって宇宙感が強くなりました。 

 「Post Requisite」(M-2)は、彼が2017年に初監督となり製作した映画、『KUSO』のプロモーションとしても公開されていたPVで先行公開されていました。色んなグロコラで埋め尽くされたビジュアルを見て、すでに嫌な予感がしていました。YouTubeに240Pの低画質版があげられていたので観てみましたが、これは映画館スケールで観られないかもしれないと思いました。試写会で途中退場者が続出したのも頷けます。ですがこの曲名にもあるように、必要性の後の世界には無駄なものや習慣的な理解の及ばないものが溢れるのかもしれないです。それはそれで、現代の効率主義的な生きづらさから解放されていいかもしれません。

【Flying Lotus - Post Requisite】


 曲名を見たときはApple Musicのバグかと思いましたが、「Takashi」(M-8)という曲があります(ミュージックマガジンのインタビューで知りましたが、どうやらチームラボの工藤岳氏から取られているようです)。ふざけてんなぁとオラつきそうになりましたが、バスドラだけが早く聞こえるインテンポの四つ打ちが変なノリを生む、スルメキラーソングでした。パキパキした、サステインの無いクラヴィネットみたいな音色の鍵盤がたくさん鳴ってるのも気持ちいいです。このアルバムでは、前作よりシンセの鍵盤ぽいフレーズや音色が多用されているのですが、まさかの出来事が彼に起きていました。 

 小玉ユキ原作の『坂道のアポロン』という漫画が2018年3月に映画化されましたが、なんとアポロンを読んだフライローが「ピアノもっとうまく弾けるようになりたい!」と張り切って練習した結果が今作に結実してるそうです。彼の楽曲によく参加してるThundercatともども、日本発のカルチャーにインスパイアされている作り手に出会うと、完全に自分ごとではないけれどなんか嬉しいです。Thundercatはこれからも独自ファッションを貫き通してほしいところです。

【Thundercat - 'Tokyo' (Official Video)】

画像5


5. Fyah/Theon Cross


 チューバでジャズをやる新生クレイジーチュービストの登場です。イギリスの現代ジャズプレイヤーをディグっていたとき、関連で出てきたのが彼でした。Nubya Garciaというサックスプレイヤーの曲を探していたら、なんかでかい楽器を持ち歩いている男のジャケを見つけました。自分自身チューバをやっていたことがあるので、すぐにチュービストだということはわかりましたが、まさかジャズプレイヤーだとは夢にも思いませんでした。金管楽器奏者の間では有名な「熊蜂の飛行」というチューバ主役の金管アンサンブル曲がありますが、基本的に早いパッセージに適した楽器ではないからです(ベース楽器ですし)。 

 先ほど挙げたサックス奏者のNubya Garciaと、ドラマーのMoses Boydが参加しています。おそらくみんな同世代の、30歳手前くらいのプレイヤーです。こうやってどんどん新たな地平を若手たちで切り開いていく感じ、かっこいいです。

【Theon Cross - Candace of Meroe | Sofar London】

 チューバってかなり丸っこい音というか、輪郭がぼやっとした音色が特徴なのですが、そんな楽器がメロディーを吹いたりもするので、総合的に耳に優しいアルバムになってます。ずっとチューバが主役というよりは、サックスがメインパートになるときはベースラインを弾きつつ、ソロもとるみたいな役回りです。ただ音響のバランスとしては通常のベースパートよりも常に大きめに鳴っているので、脇役に回るという感じは無いです。音響面での立ち位置の作り方が巧妙だと思います。 

 「Panda Village」(M-6)という曲があります。パンダ、単体か指で数えられるくらいの頭数ならまだ可愛いですが、パンダ村となると怖いです。それくらいの共同体になると噂もすぐ広まるし、権力闘争も激しさを増すでしょう。知っている人はわかると思いますが、横浜中華街の一角にあるパンダゾーンを思い出しました。この曲以外にもいくつかの曲で聴けますが、チューバの音にオクターバーをかけてる(実音とオクターブ下の音が同時に鳴っている)ような音色が使われていて、ドスの効いたサウンドが特徴的です。パンダの群れ感が表現されているのでしょうか。Moses Boydもどこか気持ち悪いノリのアフロビート感があって、変なダンスを発明できそうな一枚です。

画像6


6. Kuro (OST)/Tujiko Noriko


 フランス在住のアーティストで映像作家としても活動している彼女ですが、2年前にベルリン在住の映像作家であるジョージコヤマとともに監督・製作した『Kuro』(2017)という映画のサウンドトラックです。すでにグローバルな匂いがすごいですね。この映画、めちゃめちゃ面白そうなので観てみたいのですが、どうやら2017年以降アップリンク渋谷や京都のMETROなどで何度か上映されてはいるものの、DVD化はされていません。今のところは再上映をただ待ちしのぶしかないようです。

【Kuro - A film by Joji Koyama and Tujiko Noriko】

 一昨年、山中瑶子監督の『あみこ』(2017)という映画を観に東中野ポレポレに行ったとき、上映前に流れていた曲の一つが彼女の曲でした。そこで流れていた「saigo no chikyu」(『solo』(2007)、五曲目に収録)で彼女の存在を知ったのですが、かなり衝撃を受けました。サンプリングされている音がどこか無機質で、金属っぽい冷たさと硬さでできている感じでした。曲名を知る前から、人間がいなくなった後の殺風景な地平がイメージとして浮かんでいました。なので、シャザムで曲名を知ったとき妙に腑に落ちた記憶があります。 

 ポップな音源を作る際にも機械音やノイズをたくさん取り入れる彼女の感覚は、そもそも映画音楽のようなものと相性がいいのかもしれません。アンビエント的な志向をすでに備えているというか。サントラとしてリリースされた今作も、そんな無機質かつ宇宙的な広がりを持つ音像がいい方向に出ています。ジャケットになっている、枯れ草の生えた草原の中で女性(おそらくツジコノリコ自身)が踊っているシーンは、音楽の持つ世界と響き合うように見えます。「Romi Sings」(M-12)では、風呂場なのか、台所なのか、ぴちゃぴちゃと水の音がしたあとで、ツジコ演じるロミが「ゴンドラの唄」の一節を口ずさんでいる様子が収録されています。「いのち短し恋せよ少女」のフレーズで有名なあの曲です。ハミングも含めて綺麗な流れを持った曲です。夜になって、周りが目視で確認しにくくなった浜辺を歩きながら聴いていたいような、静かで怪しい雰囲気のする一枚です。冬眠している熊みたいな気分になれます。

画像7


7. Brol La Suite/Angèle


 偶然フランス続きになりましたが、フレンチポップの新生による新作です。一昨年リリースされた『Brol』(2018)というアルバムのコンプリート版のような一枚です。la suiteは「続編」という意味になるようなので、前作の続きみたいな位置付けになるのでしょうか。同じ楽曲が収録されている一方で、その別バージョンや新曲が新たに収録されています。 

 YouTubeにCOLORSという、原色の独房のような空間で色んなアーティストが歌うチャンネルがあるのですが、そこで「Ta Reine」(M-17)を歌う彼女を観て聴き始めました。まず、グレーとピンクの格子柄セットアップスウェットの見事な着こなしにグッときました。こんなの着たら、人類の8割は救いようのないダサさに陥ってしまいそうです。ナイキのソックスにレザーシューズスタイルも決まってます。

【Angèle - Ta Reine | A COLORS SHOW】

 フランス語は聞き取りもできないし読めもしませんが、響きが綺麗です。声自体はアンニュイな雰囲なんですが、どこか力強いです。ビートが所々ヒップホップっぽいからかもしれません。ちなみに彼女の兄もRoméo Elvisというヒップホップのアーティストなので、血のつながりなんでしょうか。今作でも「Tout Oublier」(M-11)で共演しています。兄の方は打って変わって、低みのあるバリトンボイスで納豆みたいな声質をしています。稲刈りをしているコンバインとセキレイが、同じ畑で戯れてる感じです。 

 曲調もマイナー調の曲が多いので、ただのおしゃクソポップになっていないところがすごくいいです。直感的にですが、フランス語は韻を作りやすそうな言語です。語尾の子音を発音しない分、発音のバリエーションが制限されるからでしょうか。ほんとに聞き取るのが大変そうな言語だと思います。 

 先日「Oui ou Non」(M-2)のPVが公開されました。出来たてのパスタをばあちゃんの頭に乗せてみたり、クリスマスプレゼントの人形のパッケージを子どもが開けたそばから暖炉に投げ入れてみたり、生理用品を鼻に詰めてみたり、美肌クリームを食べてみたり、攻めた仕上がりになっていました。信頼や安心安全を本当らしく歌い上げる広告を、徹底的にこき下ろすような皮肉に満ちたコンセプトがかっこいいです。小○製薬みたいな胡散臭いCM、あれはあれで僕は好きです。

【Angèle - Oui ou Non [CLIP OFFICIEL]】

画像8


8. These days/Daniel Casimir & Tess Hirst


 またもUKジャズシーンのアーティストによる一枚です。ベーシストのDaniel CasimirとボーカリストのTess Hirstによるコラボ作です。イギリスの現代ジャズって、アメリカのRobert Glasperとかの傾向とはちょっと違うかんじがします。グラスパーはとくにヒップホップのテイストをだいぶ強めに入れますが、UKジャズはわりかし伝統的なジャズの要素が強い気がします。スマートでスタイリッシュ。細身の英国紳士が背後に構えてるのが見えます。Mark GuilianaやJojo Mayerのビートミュージックをもっと有機的にした感じと言えばいいでしょうか。国内外の現代ジャズシーンのライターで、ムックとしてシリーズ化されているJazz The New Chapterの監修も行なっている柳樂光隆によれば、現代のイギリスにおけるジャズプレイヤーたちは、90年代以降のイギリスクラブカルチャーにおけるビート(ジャングル、ダブステップ、グライムなど)の影響を強く受けているといいます。

 先ほどのTheon Crossのアルバムにも参加してました、Moses Boydのドラミングにも似た、アフロ感のある速度とフレーズを今作にも聴き取ることができます。中でも先行配信されていた「Security」(M-2)という曲、ドラマーはOlly Sarkarという人なのですが、めちゃめちゃ音数が多くて危なっかしいフレーズを叩きます。いつロストするんだろうとスリル満点です。 

 Tess Hirstの声はクールで透明感があり、全体的に品もあるので楽曲の雰囲気とかなりマッチしています。Daniel Casimirの方は、たまにソロとったり、「Magic Money Tree」(M-5)では狂ったリフも弾いたりしますが、わりとベーシックなプレイに徹しているようにも聴こえます。ギターや鍵盤のリフやソロもかなりかっこいいし目立つので、すごくバンド全体のバランスを考える人なのでしょう。人付き合いがうまそうです。 

 正直、イギリスのロックがあまり好きじゃなかったので、全般的にイギリス出身の音楽を少し敬遠してたのですが、昨今はJorja SmithやPuma Blue、Ezra Collectiveといった面白いミュージシャンやグループがどんどん出てきている印象です。これからも引き続きチェックしていきたいとおもいます。

【Live at Moods: Daniel Casimir & Tess Hirst】

画像9


9. Outer Peace/Toro y moi


 まずジャケがかっこいいです。一面夕焼けみたいな背景の、セレブ仕様宇宙ステーションみたいな場所で、バランスボールに乗って作業しているのがかのToro y moiです。 

 どうすればこんなダンスナンバーがぽんぽん作れるのか、教えてほしいです。ダンスエレクトロなので、シンセとかベース、バスドラの重低音がきつめに出るような音響が心地いいです。しつこいくらい同じフレーズが繰り返されるような曲が多いはずなんですが、不思議と聴いてて疲れがないです。韻を綺麗に踏むのもあると思いますが、使ってる音色の配分の仕方や、間の作り方がうまいんだと思います。彼のエフェクトがかかった声も含め、どの音色もキャラが強いので、帯域が干渉しないようにするのが大変なはずです。その処理がめちゃくちゃ巧みに施されてる印象です。振動で脳にストレスを感じるギリギリのところで、四つ打ちのキックをなくしたり、音圧を減らしたりしているように思います。絶妙な禅的センスを感じます。カリスマの成せる技てんこもりです。 

 先ほどのAnna of the Northのアルバムではないですが、本作も飛ばさずに通しで聴き倒せる仕上がりです。強いて言うなら「Laws of the Universe」(M-3)と「Who I Am」(M-8)がお気に入りです。「Laws of the Universe」の歌詞に【James Murphy is spinning at my house, I met him at Coachella】という一節があります。James MurphyはLCDサウンドシステムの名でも知られる多彩な活動家ですが、「マーフィーが家でかかってる、彼とはコーチェラで出会ったんだ」っていい具合の軽さがある歌詞です。"spinning"はレコードが回転しているイメージなんだと思いますが、人が踊り狂っている感じも同時にするので、豊かな動詞です。ただアルバムを通して、マーフィーが踊りまくっている情景が充満しているのはすごく分かります。

【Toro y Moi: NPR Music Tiny Desk Concert】

 「Who I Am」は、特に一曲の中でビートのコントラストがよく出ているナンバーです。ところどころ入るブレイクが気持ちいいです。一度も信号に引っかかることなく、めちゃめちゃスムーズに電車の乗り継ぎに成功したときとかに、お祝いソングとして聴きたくなる感じです。【Kawasaki, Slow it down】のKawasakiって何でしょうか、気になります。川崎モータースのことかと思いましたが、少し調べてみると「Kawasaki Synthesizer」なるものを見つけました。現在72歳、ジャズギタリストとして活動している川崎燎が、80年代に米国で発表された家庭用コンピュータ「コモドール64」用に作った音楽ソフトの一つです。他にも「Kawasaki Midi Workstation」などがあるようです。鍵盤の音色の雰囲気からしても、こちらのKawasaki説が濃厚そうです。川崎氏はバリバリの現役で仙人みたいです。John Scofieldに似たタイプの貫禄があります。

【Ryo Kawasaki & Level 8 at Cotton Club Japan - 2nd Show July 2, 2017 Full Length】

 「New House」(M-5)のように、スローテンポのスーパーチル曲も手がけられるToro y moi、とにかくバランス感覚に優れています。ここからどんな路線を進んでいくのか期待感満載です。 

画像10


10. Fuck Yo Feelings/Robert Glasper


 毎度おなじみグラスパーによる新作です。彼を一躍有名にした『Black Radio』(2012)以来、ドラムのChris DaveとベースのDerrick Hodgeが一挙集結しました。気持ち悪いビートコンビの安定感は健在です。アルバムのタイトルからも分かりますが、今回はジャズっぽい要素が薄めで、徹底してヒップホップにフォーカスした一枚です。

 今年からだったか昨年からだったか、Chris Daveが自身のソロプロジェクトのライヴで見慣れないシンバルを使い始めました。Istanbulというシンバルメーカーがあるのですが、そこから出たClapStackというシンバルです。その名の通りクラップ(手拍子)の音がします。もともとリズムをとるために叩いてたであろう手の音が、安定して出せるような一つの音色としてデジタルサウンドになり、ついにシンバルの金属音として再現されてしまいました。それはもはやクラップではないと思うのですが、確かにプログラム化されたクラップの音って、すでに誰の手でも出せるような音ではなかったように思います。

 もとはクラップを名指していたはずの音が、手では出せないような音へと変わっていき、受容の仕方のほうも変化していく。ナポリタンとか家庭のカレーライスみたいな感じですね。今作では一曲目からClapStackの音が炸裂しているので要チェックです。一方のDerrick Hodgeはねっとりしたラインを弾いたりもできるし、複数の弦を同時に鳴らしてコードを置いていくような、安定したフレーズを弾くこともできる万能ベーシストってイメージがあります。たまに彼が鳴らすぽろんぽろんした、木琴みたいな音色も独特ですよね。 

 このアルバム、全曲順番に聴いていくと全部繋がっていて、ミックステープみたいな仕上がりになっています。「All I Do (feat. SiR, Bridget Kelly & Song Bird)」(M-10)は、ちょうどアルバムの真ん中に位置する楽曲ということもあって、一旦流れを止めるスローでメロウな一曲になっています。秋の夜長に聴きたい一曲です。もう冬も年末ですが。続く「Aah Whoa (feat. Muhsinah & Queen Sheba)」(M-11)はまたもいかつめのビートに一転する、ベースリフのクールなナンバーです。  

 全体で一つの長大な楽曲という感じなので、基本的にどの曲が一番好きかとか決められないです。そんなことより、相変わらず楽しそうに演奏する人たちだなと嬉しくなります。ただChris Dave自身めちゃめちゃ癖のあるビートを叩くので、基調がヒップホップの今作だと必然的に目立ちすぎる印象です。もう少しグラスパーの持つジャジーな部分が出た作品の方が個人的には好きです。それでいうと「Sunshine (feat. YBN Cordae)」(M-15)、「Liquid Swords」(M-16)はかなりバランスのとれた二曲だと思います。ジャズのインプロっぽい空気も強いので、このアルバムにおいては箸休め的な役割を果たしています。 

 異なるジャンルを横断的に取り入れたり、色んなアーティストたちとコラボしてみたりと好奇心が止まらないグラスパーですが、これからも目が離せません。

【Robert Glasper: J Dilla Tribute | Boiler Room NYC】





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?