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秋の旅①神戸の夜

連休にどこかへ行こうと思い立ち、格安チケットを見つけ、自転車抱えて神戸空港に到着したのが水曜の夕方。

はじめての神戸空港はこぢんまりとしていて便利だ。2階の荷物預かり所で輪行バッグを預ける。1日300円。ひとまず6日分を前払い。その場で組み立てた自転車を抱えて階段を降りて外へ出る。すぐに陽は沈んだ。

ポートアイランドは人工島らしく整然としていて走りやすい。海沿いには釣り人の姿が見え、大学まである。煌めく神戸の街を眺められるキャンパスなんて羨ましいなと思ったが、こんな離れ小島に毎日通うのは面倒かもしれない。

神戸の街は道は広く、走りやすい。洋館っぽい建物が多く、横浜の元町を思わせた。むしろこちらが本家だと怒られるだろうが。
神戸駅周辺はかなり栄えている。当たり前だとまた怒られそうだ。

空港から30km弱走って、瀬戸大橋を臨むマリン風味のゲストハウスに到着。サーフボードも見かけるが、瀬戸内に波なんてあるのだろうか。さておき、ドミトリーの2段ベッド上へ。シーズンオフか2000円台と格安だった。

夕飯を求めて、夜の街を徘徊。海沿いから線路を渡り、住宅街へと迷い込み、店名が気になったこちらへ。

裸に赤い腹掛けのとっちゃん坊やでもいるかと思ったが、笑顔で迎えてくださったのは、妙齢の美しいマダム(女将)。カウンターだけの店内には、酩酊寸前のオヤジさんが1人ワイングラスを傾けつつフラフラしていた。

女将さんに東京から自転車の旅でやってきたというと、オヤジさんがこちらに顔も向けずに「阿佐ヶ谷か」とぼそり。私以外に相手がいないわけで、「まーそんなところです」と適当に返しておいた。

自己紹介して、ビールにいろいろな煮付けをいただく。
女将さんとこれから鳥取や島根に行くつもりだと話していたら、「阿佐ヶ谷なんて田舎だ」とまたぼそり。今度は聞こえないふりをした。

ほどなくオヤジさんは、椅子や戸に激突しながら、店を出て行った。

「大丈夫なんですか? かなりフラフラでしたけど」
「大丈夫、大丈夫。いつもあーだから。で、お客さんは……」
2人きりになるや女将さんが話し相手になってくださった。

政治家を「爬虫類みたいな顔してな」と何度も揶揄する女将さんの話が殊の外おもしろくて、大瓶も2本目に突入。

ついにはお宝の写真が登場。
かのマリリンモンローがジョーディマジオとの新婚旅行で日本を訪れた際に歓待した日本側の方がご親族という。
これには驚いた。

さらに、ご親族にはアーティストが多いそうで、注意してみると、店内の書物や絵画はちょっと一癖あるものばかり。BGMもジャズが流れていて、店名とはかけ離れた味付けだった。その店名は、女将さんのお父様のお名前という。

「明治生まれでね。一度も抱っこしてもらったことないんですよ」と笑う女将さんに何ともあたたかいものを感じ、「熱燗を」と勢いがつきそうになったが、明日からの旅を前に自制した。

「いい旅になるわよ、きっと」という女将さんの優しい言葉に背中を押されつつ、秋の小さな旅ははじまった。


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