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PKキムタク HEROの終わりとハードボイルドワンダーランド

キムタク、木村拓哉さんは僕のHEROだった

あんまりテレビを見ることがなかった私が毎日欠かさずアニメが忍たま乱太郎であり、勇気100%をいつも夕飯後のBGMで聴いていた。光GENJIというグループが歌ってるんだ、かっこいい男の人たちの集まりなのよ、へーみたいな会話が為されていた

同じ頃マザー2が出た。主人公の名前のうちプリセットでスマップのメンバーが選べたが、僕はいつも名前を縮めたりょすけにしていた。女の子の名前は初恋の女子の名前を入れ続けていた

古畑任三郎にもハマった。毎週水曜夜9時は古畑任三郎の時間だった。古畑任三郎対SMAPでSMAPを初めて認識した。世界に一つだけの花が大ヒットする3年前の話だ。

そして、木村拓哉、キムタクを認識したのがHEROだ。心の底からかっこいい男の人ってこういう人なんだと思ったし、検事になりてえと思っていた。高校生の進路票に将来の夢検事って書くくらいには影響されたのだ。まあ法学部落ちていろいろあって夢は潰えたというか立ち消えたんだけど


HEROってなんだろうか。私の定義は、ただカッコイイだけじゃなくて語り継ぎたくなる男性なんだろうと思う。心の底から自分はこうありたいと願える人に、そしてそれを受け継ぎたくなる人に。


今の自分は、当時描いていたHERO像とはまた異なっているけどそれはそれでありかな、と思えるくらいにはなった。ウソだ。毎日なかなか擦り切れているし理想と現実のギャップ以前に理想が蜃気楼のように消えつつもある


だけど、それでも何かあると思い出すのはダウンジャケットを着たあのキムタクだったのだ。彼を産み出したジャニーズ事務所もすごいと思っていた。


そして、今年に入りキムタクは俺のHEROでは無くなった。語り継ぎたいとは少なくとも思えなくなってしまった。それはジャニーズ事務所のスキャンダルが直接理由だったのだけど、キムタク自身に幻滅したわけではない。キムタクは久利生公平であり、あのときの憧憬は忘れられない。だが、ジャニーズ事務所に所属しているうちは彼を推せなくなった。偶像に勝手に理想を押し付けて箱自体に勝手に幻滅した。申し訳ない。だけどもう子どもにはジャニーズ事務所のメンバーが映ってる広告や会社含めて見せたくない。子どもの親だからこそ湧いている感情だと思う、今でも独身なら何も感じてないかもしれない。


同時に、やり直えるとも思う。企業ぐるみでどんだけ罪を重ねてきたとしても、すばらしい点もかならずある。そうなるまで、PKサヨナラだ



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