見出し画像

狼信仰

 純粋な眼をしていると言われた。心外である。歪な形をした躰を持ち、汚れ汚されながら生きてきたというのに、今更もって純粋とは……。当てはまる節はある。これを純粋と呼ぶかは知らないが、昨日、あるひとの言動に傷付いて、悪夢にうなされ丑三つ時に飛び起きたことだ。就寝前はいつもの睡眠導入剤を服用したはずなのに、二度寝も出来ず、わたしは混沌とした闇夜へ案内された。ただ、わざわざ昨日の出来事、或いは夢の内容を明瞭に思い出しても仕方がない。一度汽車に乗ったら途中下車は赦されないからだ。しかし、いくら耳を塞いでも汽笛の音は耳殻に寄り添いケタケタと笑いかける。さて、時計を見ると深夜の三時を回ったところだ。ここでわたしはブラックコーヒーを飲んで目を覚ますか、もう一度睡眠導入剤を飲んで寝るかの二択に迫られる。夫は隣で熟睡しているから相談が出来ない。どちらもいい結果を生む保証はない上、目が冴えてきたので、わたしは自室に移動することにした。すると愛犬の海が駆け足でついてきた。海は信じられないくらい、わたしに懐く。元来、寂しがり屋な性格からか、ちょっとでも離れると、磁石のようにくっついてくる。海を膝上に抱きながら、わたしはSNSを開いた。こんな時間だというのに、タイムラインは渋谷のセンター街の如く賑わっている。どうでもいいような投稿で溢れているなか、異彩を放った絵画と出くわした。青白い夜空を背景に描かれた不気味な狼である。わたしは迷わずブックマークした。あまりにも衝撃的なその絵画に、わたしは数分間魅入ってしまった。そういえば十年以上も前、一時的に狼信仰をしていたことがある。確か、埼玉にある三峯神社といった場所に赴いたのだ。わたしも夫も動物占いで狼属性であり、性格も一匹狼というところから、妙に居心地が良かったのを憶えている。わたしが犬派というのは、狼信仰というルーツからきているのかもしれない。ところで、三峯神社には不思議な逸話がある。一年間、眷属の狼を拝借できる制度があるのだ。参拝時は、さすがに怖くて拝借などできなかったが、お社から不思議な気を感じたのは記憶に新しい。なにしろ、眷属拝借すると一年間、自宅で狼の幻を見たり、触れ合ったり、遠吠えを聞いたりするのだとか。帰りのバスのなかで夫とこんな会話をした。
「三峯やっぱりすごかったね」
「うちらどっちも狼属性だから引き寄せられたんだよ」わたしはしれっとした顔で言った。
「うん。でもやっぱり眷属拝借は怖くてできなかったね」
「拝借したら、海が嫉妬しちゃうよ。狼ばっかり可愛がらないでーって」
「あはは。そうかもね」
 ——こんなことを思い出していたらようやく眠気が訪れ、わたしは無事に二度寝できたのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?