見出し画像

エネルギーを何に使って暮らしているか

パートナーとの関わり

少し書くことが気が重たくなるような、とても見たくないことなのだけど、とても大事なことのような気がするから言葉にしてみる。

ここ最近の記事に書いていたセラピストの方との会話の中で「いい人をやっている」というキーワードがあって、それ自体もまったくその通り過ぎて痛かったのだけれど、

一番痛かったのは「いい関係だ」と思っていたパートナーとの関わりについても「いい人」をやっていた、という話。思い込みって本当に恐ろしい。

思えば、今のパートナーとは8年前に出逢って、数ヶ月後には結婚した。お互いに2度目の結婚ながら、結婚に踏み切ろうと思う何かがあった。

16歳年上で、会ってすぐに惹かれたという訳ではないのだけど、話していくうちに、結婚や恋愛とかにほとほと疲れて「もうパートナーなんていらないや」って思っていた私も次第に「この人を信じてみようかな」と思えるようになっていった。

楽しい人生が送れそう!という期待から一転、そこからの同居、結婚、これまでの流れは壮絶だった。


最初の衝撃

一緒に住むようになった頃に、驚いたことは「通い合わないコミュニケーション」だった。(別に常に一緒に居たいとか、そういう訳じゃなく、大事な時になにかが行き交う、それを求めていたから。)

直接会ったり、メッセージのやり取りや電話等では感じたことがなかったけれど、一緒に住むようになるとコミュニケーションの通わなさがすごく目立って感じられた。ちゃんと大切なものが行き交っていない感覚。

何か大事なことを話しかけても、パソコンを見ながら背中を向けたまま、気もそぞろで会話する。ずっとSNSを見て、誰かのことを何か言っていたり。

あとは女性関係の問題とか。その頃はとにかくイベントをやったり人付き合いがすごい人で、何人もの女性に「お兄ちゃん」と呼ばれていたり、ものすごいライバル視するような態度で私につっかかってくる女性も目立った。

とにかくめんどくさかったけど、知らないコミュニティの中に入っていかないといけない葛藤の中にあった。

そして、血液型でというのも浅はかではあるけれど、O型しかいない大雑把な家庭で生まれて、前の旦那さんもO型だった私にとっては、あまりに神経質な旦那さんに驚いてしまった。

物を出したらしまってね。部屋は片付けてね。起きたら布団はちゃんとこうしてね。電気は消してね。ご飯の味がもっとこうだったらいいよね。節約しないと。普通、一般的にはこうだよ。もっとこうしたらいいんじゃない。などなど。

とにかく、自尊心があまりに低かった私にとっては、心地よいコミュニケーションもできない、つながりも感じられない、指摘されすぎて自信を失っていき、人間関係もめんどくさい、生活の中では細かい姑さんと暮らしているような窮屈な気持ちになっていった。


爆発

買い物をするにも、旦那さんが出しているという後ろめたさとか、倹約家な面とかを察知しすぎて、買いたいものを買いたいと言えない、欲しいものを欲しいと言えないということが続いた。

大きな音で音楽を聴くのも、私は音にとても敏感なので、つらかった。でもそれを言うのも怖かった。

そんなこんなで、自分を抑えていられるのも長くない。たぶん同居から数週間もかからないうちに爆発的に怒るってことが連続するようになった。

とある人のヒーリングを受けたあとは、何かの蓋が開いてしまったのか「ぐわああああああああ」っと突き上げるような怒りというかエネルギーがどうしようもなく、布団に潜り込んで叫びに叫んだりした。

自分の寂しさとか、自分を見る力もまったく無い頃だったから、湧き上がる怒りや悲しみにどうにも翻弄されて、ただただそれを相手にぶつけるしかなかった。


パートナーのこと

パートナーはパートナーで驚いたと思う。16歳も年下の、なんとなく明るくて元気そうな子(自分で言うのもなんだけど。笑)が、豹変して爆発的に怒ってくるんだから。

パートナーは長年、色んな役割をやって、人からのエネルギーを集めようとし過ぎて、どんどん生命感が失われていて、空虚だと。自分がどうしたいかさえもわからないとか、喜びがなんなのかわからないとか言っていた頃。

だからこそ、私が理不尽に怒りながらも伝える「ちゃんと繋がりたい」とか「まずは人気集める前に家庭だろ!」とか、「変な関係はぶったぎれ!」とか、「やりたくないことはやめたらいい!」とかに、合わせてくれるようになったんだと思う。

「怒り方は理不尽なんだけど、一抹の本質的なことがそこにあるような気がして、そこに合わせてしまうようになった」と言っていたし。


我慢と噴出の繰り返し

結局のところ私自身も、爆発的に怒るということは、言いたいことが常に言えないからで、常に言えてさえいれば、爆発することもないのだけど、とにかく素直に伝えるということが本当にできなかった。

爆発しているから、私は言いたいことを言えてる側で、俺は言えていない、と言われるのもすごく悔しかった。どれだけのことを我慢していると思っているのって。

何より、色んな人からは「優しそう」と見られるパートナーだけど、けっこうヤバい人と付き合ったこともある私からしても、そういう人よりもなんかゾッとする怖さがパートナーにはあった。

びくびくして、我慢して、爆発。喧嘩して嫌な空気にならないようにまた我慢。できないことを無理に頑張る。そしてまた爆発。自分が加害者のように言われて、全然落ち着かない生活が続いた。


パニックの発症

そんなことを数年繰り返して、色んなメソッドもそれぞれに試したけれど、やっぱり一時的にうまくいっているようでうまくいかなかった。我慢していたらダメだと、今度はパートナーが噴出を繰り返す時もあった。

結婚して2年が経つ頃に「もうこれ以上お前が変わらなかったら離婚だ」と言われた。大きな紙に、「これをするな」「あれをするな」とたくさんの条件が書かれていた。それを1回でも破るなら離婚だと。

そこから、絶対に自分が変わらなければ。変わるんだ。2度と爆発なんてしないんだ。と強く強く強く心に固く決めた時があった。

そこから、繰り返していた爆発を一切やめた。一時的に平和が訪れたようにも見えた。けれど、ちょうど半年が経った頃に、パニックは発症した。


次の記事に続く

自己認識にと思いつつ、パートナーのことは根が深く、なにかこう時系列で書き連ねたくなった。文字で見ていると、痛々しい。

けれどやっぱり続きを書いて、自分の今の気持ち、どうしたのかに触れていきたいと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?