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狭山市


 今回は最近のことを一杯飲みながらつらつらと書き記すことにした。いつまでも昔話を続けることもあるまい。どうせそのうちまた振り返ることもあるだろう。
 久しぶりに Ted Hawkins / The Next Hundred Years を聴きながら、キーパンチを進めるが、このホーキンスの1994年の遺作、当時は弾き語りトラックに大幅にダビングを施し、それを本人も気に入っていなかったらしく、私自身もホーキンスの渋みには欠けるが、切迫さは伝わる彼の歌なら、やはりファーストが気に入っていた。ところがだいぶ経ってそんな謂くはすっかり忘れており、気軽に耳を傾けたら、これがやはり独特でホーキンスの不思議な魅力はファーストより今はこちらの方がより多くの方に伝わることであろう。そしてここでのグレッグ・リーズは既に素晴らしい。すっかり忘れていた音盤を何気なく聴いた時に感じる新たな魅力の発見はやはり楽しい。

 妻が最近スマートフォンに機種変更した。まだいろいろ使い方を試行錯誤しているようで、試しにグーグルマップのカーナビゲーションを使ってみた。北関東のあまりよく知らない幹線道路。天気が良い日中、太陽の位置は明らかなので、方角を間違えることはないのだが、ガイドは逆の方向をアナウンスする。どう考えてもおかしいが、私がショートカットに違いないという畑の中の道を直感で選択したのがよくなかったようだ。どうしても元のルートに戻らせたいようだったが、ショートカットは成功し問題はなかった。その後今度はちょっとした渋滞があったので、また逸れてみた。方角は分かるが、一方通行もあり、そう思い通りにはならない。グーグルマップで現在位置を確認すると方角がよくわからない、どうやらこの地図は上が北ではないようだ。きっと自分にあった設定にすれば使いやすいのだろうが、そこまで頻繁に開くものでもないだろう。すこし迷ったが渋滞は回避でき、家電量販店の新しい大きな建物が先に見える。これが国道沿いに違いないと左折。間違いなく目的地に向かう国道だった。
 子供の頃から地図を見るのは結構好きだったせいなのか、北が上というのが染み付いている。進行方向にくるくる動いていくのは、なんとも気持ち悪い。学校では授業で使う地図帳の他にもっと詳しいものを、持っていたし、欧州を車で廻った時に購入した分厚い道路地図は今でも時々何の気なしに開いてみる。グーグルマップがあるのだから、学校では地図帳は要らないだろう、という意見をネット上で見たことがあった。地図とか時刻表というのはそこに行くことだけが目的ではないのだ。知らないところを想像し、ワクワクして、もしかしたらいつか訪れることもあるかもしれない、と思うためにもある、だから、これだけで十分酒のつまみになる。至極シンプルな想像の楽しみなのだ。本棚の古い道路地図と時刻表はすぐに取り出せる位置にある。廃線の報を知ると、時刻表のあのいびつな鉄道地図を見る。ここもここももう無いのか、はたまた、この線には乗ったことがあったな、とか、時の流れを噛みしめる。道路地図の場合は逆で、こちらはどんどん新しい道が出来る。高速道路はもちろんバイパスの類が道路計画に疎い所為のあるが、40年前には想像もできなかった方向に伸びているのだ。
 方向音痴という方もいらっしゃるだろうが、日中よほど荒天でない限り、アナログ時計があれば、南はすぐ分かる。それくらいは覚えておいても損はない。

 さて、そろそろ違う音源をかけよう。昨年後半一番良く聴いた音源だろう。アフロラック。自作モジュラーシンセのエレクトロニカだが、これが太く快適で力強い。そして聴けば聴くほどアフリカなのだ。交流電源にはプラス、マイナスとアースがある。そのアースは大地に繋がっている。その大地がこんな音にしているのではないか、とバカな想像をしてしまうくらいだ。

 私の苗字にはその文字が使われてはいるが、桜を愛でる習慣はない。花見と称して酒を飲んだことがほぼない。桜が咲いて暖かくなって春を実感することに対して、あまり感慨が無かったのだが、ここ数年は近くの浄水場の桜が満開になると、なんとなく嬉しくなる。それでも車で通過するだけだが、曇り空を控えた桜の花びらが美しく、このような春の日をあとどれくらい感じることができるのだろうか、と脳裏をよぎるのだ。まあ、自分が歳をとったということだな。桜の樹の下には屍体がうまっている、と書いたのは梶井基次郎だが、うん、死んだら埋めてもらいたいものだ。そうか樹木葬か。

 ドラマーのジム・ゴードン氏が亡くなった。数々の名演やその後のトラブルは知る方も多いだろう。私がその名前を認識するきっかけとなったレコードに Mark-Almond / To The Heart という1976年のアルバムがある。当時は図書館で片っ端からレコードを借りていて、その中の一枚マーク=アーモンドのジョン・マークのソロアルバム『Songs For A Friend』は密かな愛聴盤だった。サイモン&ガーファンクルから洋楽を聞き始めた自分にとってここでのプロデューサーのロイ・ハリーはお墨付きの印とも言えた。Songs For A Friend、To The Heartは共にロイ・ハリーのプロデュース。だからTo The Heartは発売とほぼ同時に買ったのだ。そしてその日本盤解説にジム・ゴードンのことが悪く言及されている。最後の曲のみゴードンのプレイだが、これがガサツだ、と書かれているのだ。他の曲のドラムスはビリー・コブハム。要するにその筆者はこのころのクロスオーバー的なものを高い音楽性と評し、マーク=アーモンドの素晴らしさを伝えるためにゴードンを貶めて書いたのだ。ただ聴けばわかる、最初はキックのみだが、この音は明らかに親密さを狙っている。ただこの解説のおかげでジム・ゴードンの名前は私に刻み込まれた。

 さて、最近の音楽をもう一つ。昨年Bandcampで知ったCinder Well。2020年のアルバム『No Summer』は蘇り方がとても大きいのにひっそり佇んでいる具合がなんとも素敵で、またリゾネーター・ギターやバンジョーの弾き語りもグッとくる。一瞬昔の音にも聴こえたが、明らかに近年の音像だ。そして新譜が間も無くリリースされるようで、先行で2曲聞くことが出来る。早くアルバムで聴きたいものだが、前作より少し開かれた印象で期待も膨らむ。

 この数年はコロナ禍ということもあり車での移動が増えた。となると移動中の読書が明らかに減る。とはいうものの年間多くても二十数冊くらいの量だが、ここ二年くらいは月一冊も読んではいない。読書に没頭したい欲求は常にあるが、ついつい時間が過ぎてしまう。数年前からやっと読み始めたフォークナーもまだ3冊にすぎない。
 車の中では主にAMラジオを聞いている。袴田事件再審の報は結構取り上げられていて、知らなかったことも少なくなかった。ところで袴田(はかまた)事件は通称なのだろうが、なぜ人名を使っているのだろうか。免田事件もそうだが、地名の場合も多い。真犯人がわかったとしても、無実の方の名前で報じられることになるというのも遣る瀬無い。
 ところで地名の事件だが、私が住む鉄道沿線を少し下ったところに狭山市という駅がある。狭山事件の狭山市だ。この事件に関しては、たまたま高校生の時に図書館で借りた本がきっかけでその後も幾冊かの本を読んでいるので、概要はそこそこ覚えている。現場付近もだいたいわかるが、わざわざ足を運んだことはなく東口駅前で飲んだことがあるくらいだ。
 その狭山市で私も録音に参加した菅原広巳さん主催のコンサートがあり、急遽出演することとなった。狭山市駅西口駅前の市民交流センターのホールでのMusicLoreと称したコンサートイベントは今回で2回目となる。イベントの第一回目にはLonesome Strings and Mari Nakamuraで出演。今回は急遽、浮(ぶい=米山ミサさん)のサポートでアコースティック・ギターを抱えて電車で狭山市駅に向かった。出演者は菅原さんの他、柳原陽一郎さん、佐野篤さん、洪栄龍さん。この大ベテランの中に浮さんがいるというのも面白い。我々はイベント幕開けの出演で、良い空気を送り込むことに成功したと自負する。彼女の声はそこにいる多くの方の奥に染み込んだに違いない。

 さて電車で来たのも訳がある。酒を飲むためだ。自分の役目が終わると、あとはちびちび飲みながら他の出演者を聴くのだが、これがなんとも心地よい。公共のホールだというのに、適度な飲酒は認められているのだ。菅原さんは以前にも増して力強いステージ、佐野さんは多才だが一貫した大きさと太さは更に磨きがかかった。柳原さんのライヴは初めてだったのだが、するするとこちらに入ってくる、が、そこかしこに引っかかってくるという稀有な聴後感に溢れて、飄々としながらもどっしりしている。洪さんも音源は聴いたことがあったが、ライヴは初めてだった。やはり降りてきた音だった。そしてまた行ってしまった。ただ楽屋では大変気さくなかたで、私はいろいろと教授を受けた。そして、終演後駅前の居酒屋に突入。30名ほどの打ち上げだっただろうか。とにかくこんなことは随分久しぶりのことで、旨い酒を飲んだ。そして、最後は菅原さんが落語一席で締め、お開き。これ幸いと酒を飲まないMさんに送ってもらい、楽しい一日は終わった。

 菅原さんの2ndアルバム『Fのゴスペル』はサブスクリプション・サービスには無いが、Youtubeで少し聞くことができる。私がワイゼンボーンで参加したのが、以下。

 そして狭山。浮さんのユニットでハイドパーク・ミュージック・フェスティバル2023に出演することになった。4月30日の昼13時過ぎのやまそらステージ。詳細はこちら

 そしてそして居酒屋。北浦和の名店、居酒屋ちどりが5月連休いっぱいで閉店することとなった。とても居心地が良い店で、その前身のクークーバードからここで演奏することをいつも楽しみにしていたのだ。未だ訪れたことがない方はぜひこの機会に足を運んでいただきたい。つまみも美味い。この4月の私のちどりは以下。

 4月7日(金) 牧野琢磨 桜井芳樹ギターデュオ
 4月15日(土) NRQ+桜井芳樹
 4月16日(日) 高岡大祐+潮田雄一+桜井芳樹
 4月29日(土・祝) 浮+桜井芳樹

 詳細、予約は居酒屋ちどりまで。

桜井芳樹(さくらい・よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki

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