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新所沢


 コロナ禍初期にこの連載は再開したのだが、既に我が隣町の所沢は登場している。最近は旅もそう多くはないので、当然同じ街で飲むことも少なくない。阿佐ヶ谷しかり吉祥寺しかりであるが、中でも所沢は拙宅からは歩いて数分で県境になり、最寄りの一番大きなスーパーマーケットは所沢市に属する。だから隣町とは言え地理的には地元みたいなものだが、現在の場所に移り住み早二十数年、これといって地域に根ざしているわけではないので、自分の居る町ですら地元感は希薄。それが隣町ならば尚更で、たとえば酒場のカウンターで「ここのマスターとはね、小中高と同級生なんですよ」なんていう会話を聞くと、私なんぞはもうよそ者でしかないのだが、むしろそういう場所で飲んで居る方が落ち着いていたりもするし、節度を持ってその場を味わえる。
 街は当然ながら様変わりしていく。所沢駅から西所沢駅方面に伸びる商店街のアーケードの屋根は取り外され開放的になり、タワーマンションも多く建つ。右手に入った有楽町の深井醤油のあたりは十年くらい前まで古い家並みも少しは残っていたが、今は面影もほぼ無い。だが表通りには乱立タワーの間に秋田家住宅がひっそりと残っている。国登録有形文化財とのことだが、いつか取り壊されるのでは無いかという佇まいがあり保管状態が心配にもなる。更に所沢駅方面に行き左に入ると、中華屋の栄華、ここはもう私にとっては、いや多くの人にとっても最高の憩いの酒場とも言える。そして更に駅方面にプロペ通りを行くと、復活した百味。ここは軽く一杯の三十分くらいの一服でも充実はある。
 そして、この街との結びつきが強くなったきっかけの店がMOJO。ここでの演奏後の一杯はとにかく至福のひと時なのだ。このMOJOには周辺の音楽ファンが多く集まり、とても良い場をつくっていて、横のつながりが強固で出会いが多い。今回の店、新所沢 cafe WOODSTOCKの店主のAさんともこのMOJOやジラソーレで紹介されたと記憶する。

 さて、新所沢 cafe WOODSTOCK、足を運んだのはまだ今回で二回目なのだが、既に馴染んだかのようにカウンターで落ち着く。店主やスタッフの方とは他でお会いしているということもあるが、かかっている音楽の所為もある。この二回目の来店は私のソロライヴだったのだが、サウンドチェックを終えカウンターで一杯所望すると、レコードがかかった。Anthology OF AMERICAN FOLK MUSIC にも所収されている Floyd Ming’s Pep Steppers / INDIAN WAR WHOOP。John Hartford や The Holy Modal Rounders もカバーしている曲だが、この1928年の録音ですら、懐かしい未来のような不穏なわくわくする響きがあり、ついつい久しぶりにここの調度のよいカウンターで聴き惚れる。この曲はロンサム・ストリングスの1st.アルバム new high lonesome sound でもカバーしているが(2000~2012 Anthology of This String Band にも収録)その際に参考にしたのが、Dick Connette / LAST FOREVER でのヴァージョンだった。残念ながらこのヴァージョンをサブスクリプションやYoutubeで見つけることは出来なかったので、興味ある方はCDを探してもらいたい。展開部に入る前にミやシの音を随分長く伸ばすのがこの曲の特徴の一つだが、これが一体何拍伸ばしているのかよくわからなくなるトリップ感があるのだ。私も最初は Floyd Ming’s Pep Steppers で採譜を行ったのだが、この LAST FOREVER の解釈は楽器配置が私好みでサックスセクションの使い方も気が利いていてウキウキさせられたくさんのヒントをいただいた。そして、しかも驚いたのが、先述の音を伸ばすフィドルの場面で本当に微かだが、カウントをしている声が聞こえるのだ。おそらく録音時のヘッドフォン音漏れだろうが、アメリカ人でもこんな方法を取ったのか、と微笑ましく、勇気付けられた。そして後日こちらのアルバム完成次第にConnette氏にアルバムを送ると、程なくして丁寧な返信があり、いろいろご教授いただいた。嬉しかったことは言うまでもなく、その後ロンサム・ストリングスのこの1st.アルバムは Sonya Cohen が愛聴しているとのことだった。

cafe WOODSTOCK はホームページはない。SNSもやっていない。

 そんなことを思い出し、ビール一本のひと時を過ごし、ライヴを始めた。一部はアコースティックギターのみ、二部はエレキギターというここ最近の構成だが、アットホームな雰囲気もあり、自分としてはそれなりにMCもしていた。アルバート・アイラー Ghosts をエレキ・スライドギターで弾き納めた。

 後ろにかかっているマンドリンは店主所有のもの。ギブソンA型は極上の鳴り。

 ここcafe WOODSTOCKは音が落ち着いた響きでいつまでも腰をかけていられる。店主がオーディオやその配置に気を配っていることは言うまでも無いが、会話と良い音楽が本当に程よくそこにある。ただ問題は杯が重なってしまうことだ。
 レコードも興味深いものが多く、買えるわけでは無いのに、ついつい棚を漁ってしまう。ロバート・クラムの大ファンでもある店主のコレクションにはチープスーツセレネーダーズはもちろん YAZOOレーベルは揃い踏みで、このコラムの数回前の「国立(前編)」で紹介したクレツモリムまであるのはなんとも嬉しい。

 ふとした会話の隙に、音楽に耳を傾ける。この適度な音量なのにレコードの音がとても良いことに気づく。ここでのレコードの音というのはレコードの状態ということで、気になるようなチリパチノイズがほとんど無いのだ。おそらく盤面状態と針先に気を使っておられるのだろう。今レコード再生はかなり人気が上がってきた行為なのだが、再生にはそれなりのセッティングが必要となる。最近はじめた方用に簡単なことを記しておく。

 1 レコードプレーヤーは水平器を使い、水平に設置する。
 2 トーンアームはレコードと水平に、針圧は適正に。
 3 PHONO端子が無いアンプはプレーヤーとアンプの間にフォノイコライザーをつなぐこと。

 あとは、針先の状態をきれいに保つこととレコードを現状で一番良い状態にする洗浄、それからスピーカーの位置(ただしこれは住宅事情に関係するので、一概には言えない)くらいで、オーディオのグレードアップなんてその後で良いし、だったら安いうちにいろいろ買って聴いた方が良いとも思う。しかし最近本当に中古レコードの値段もかなり上がってきたので、ハードオフ等でも安価な掘り出し物は大分少なくなってきた。
 ここでちょいと面倒なのが、レコード洗浄。レコード用の超音波洗浄機も販売されてはいるが、なかなかに高価だ。そして最近では携帯用の超音波洗浄機も安価で手にはいり、レコードがそのまま入る水桶を用意し、レーベルカバーを装着すれば簡単に出来そうでもある。ただ私は長年やっている方法がある。今手持ちのレコードの8割以上はこの洗浄方法で済ませたので、残りも同じやり方で続けるつもりだ。

 用意するもの 1
 洗浄後のレコードを拭き取る類(レコードを置くマット、左上、普通のマイクロファイバークロス、左中、不敷布ワイパークロス ベンコット 左下、ガラス用マイクロファイバークロス)

 用意するもの 2
 洗浄に使うもの(左 レコード乾燥台、中 洗浄ブラシ(プラスチック片に歯ブラシのデンターシステマ極細のブラシ部を3つ接着)、右 レーベルカバー自作)

 写真には無いが他に、洗剤、アルカリ電解水、精製水、洗浄中のレコードを置いておく棒。

 1. レコードにレーベルカバーを付け、洗面台に棒を橋渡しし、洗剤をスプレーする。レコードの汚れが酷い場合は指で洗剤をなじませる。数分おく。

 2. ブラシを使って満遍なく溝を洗う。

  3. 水道水でブラシを使って、洗剤を洗い流す。これを反対面にも繰り返す。洗剤は念入りに洗い流すこと。

 4. マイクロファイバークロスで水滴を拭き取る。

 5. 拭き取りマットに乗せ、ほどほど満遍なくアルカリ電解水をスプレー。この時も汚れが酷そうな場合は指で液をなじませる。

 6. ベンコットで拭き取る。反時計回り。この時レコードの側面も拭き取る。ベンコット一枚につきレコード2〜3枚まで。

 7. 精製水を吹きかけ、ガラス用マイクロファイバークロスで拭き取る。これも反時計回り。(この時新たなベンコットを使っても構わないが、私は少し節約をしている)

 8. 20~30分乾かし、レコードをかける。一曲くらいかけて針先を確認。目に見える汚れが付着していたら、アルカリ電解水からやり直し。(だがそんなことは数回しかなかった)

 針先は水の劇落ちくんというスポンジで少しこすると汚れが取れる。酷い場合はスポンジに精製水をほんの少し垂らして使う。
 洗浄後のちょっとした埃は靴磨き用の100%山羊毛ブラシが静電気防止には有利だった。

 洗浄用洗剤は台所用中性洗剤の20~30倍の水道水希釈で構わないが、「えがおの力」という松由来のオーガニックなものが静電気対策にも有効だと感じたし、なにより泡切れがよく、洗剤がほとんど溝に残らない。

 このような工程なので、当然時間がかかる。かれこれ始めてから十年近くは経ったかとは思うのだが、まだ終わっていないのだ。

 但し、聴く前に洗浄して後悔したレコードもある。例えば、南米ペルーはリマで購入した Raul Garcia / Ayacucho 。帰宅次第洗浄したのだが、あまりの素晴らしさに、この土地の埃と共に一度は再生すべきだったと思ったのだ。そんなところにもレコードの面白さがある。

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 さて、cafe WOODSTOCK でのライヴを終えると、テント芝居集団 野戦之月の2023年新作「ケレンシアバラッカ」の音楽制作に入る。このコラムが公開される頃には、もう公演は始まっている頃だろう。

桜井芳樹(さくらい・よしき)
音楽家/ギタリスト、アレンジやプロデュース。ロンサム・ストリングス、ホープ&マッカラーズ主宰。他にいろいろ。
official website: http://skri.blog01.linkclub.jp/
twitter: https://twitter.com/sakuraiyoshiki

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