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しいたけ日記 ダーゲル街の人々 11月24日

昨夜はドキュメンタリー『ダーゲル街の人々』観た。アニエス・ヴァルダ監督。1975年フランス14区のダーゲル商店街の人々を映している。人々のたたずまいに職業が滲み出している。体中粉で真っ白になりながらパンを捏ねているパン屋の主人のシャツにはかぎ裂きの穴。夫の作ったパンを売る女将さんの口には金歯が光っている。注文された肉を手際よくさばいて紙に包む肉屋さんの得意げな手つき。カチャカチャ音を立てて肉切り包丁がぶつかり合う。手品師の指の間からにじりだされるしわくちゃのお札。古い香水店『青アザミ』は物がごちゃごちゃしていて、何がどこにあるかわからなそうなのに、主人は言われた品を即座に取り出す。積み上げられた箱や引き出しの中から。香水瓶。ポマード。ボタン。色見本。小さな財布から払われる2フラン50サンチーム。口紅の色はアザレ・ローズ。ぼんやりして狂人めいた目つきをした髪の長い香水店の妻は、夕方6時前になると外に出たがる。「妻の中の何かが訴えかける。外に出たいってね…」ショーウィンドウに飾られた古びた品物。忘れられた在庫の匂い。


 雨。風も強くて嵐の気配。仔猫のマリンはソファーの上で眠っている。私はその脇でル・クレジオの小説をちびちび読んでいる。読み疲れると、マリンの横に寝そべる。すると、マリンは柔らかい足を私の顔に乗せてくる。肉球の奥に硬くて鋭い爪があって、私はそれに少し不安を感じるけれど、そのままにする。マリンの足から砂の匂いがする。鉄を焦がしたような匂い。砂漠にいたという猫の祖先の匂い。雨がパラパラ降って窓に当たる。どこかで消防車のサイレンが鳴っている。火事の出た家の瓦屋根は、雨に濡れて黒く光っているだろう。今日は静かだ。宅配便も、メールも、まだ来ない。


 午後、陰謀論めいた怪しい説を唱えるYouTuberの動画を見る。優しく滑らかな詐欺師の口調。ときどき何を言っているかわからなくなるけれど、それがいい。うっとりして優しい声に感染していく。騙されるという幸せ。真面目ぶっているつまらない◯◯評論家や政治家の言葉よりよほどよい。聴いているうちに眠くなり、昼寝する。眠りは中心に向かう運動だと思う。極度に集中して中心に向かって進んでいくと、いつの間にか硬いクルミのように眠っていた。

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