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運の悪い男(小説初挑戦)

第一楽章

俺は元々くじ運が悪い。

くじ運だけじゃない、ジャンケン運も女運も悪い。

極端なことを言えば結婚運だって悪かった。

女運が悪い俺に、やっと彼女が出来た時は喜んだが、この子を逃したら結婚出来ないと考えた俺は、結婚へと焦り過ぎた。

その結果が、毎月のお小遣いは必要がある時に恐る恐る申請するシステムの導入だったり、俺が入った保険の満期が来たのに、満期金を勝手に代理人と称して奪い取り、何に使ってるのかさっぱり分からなかったり。
俺がコンビニでペットボトルのお茶を買ってきたら、こんな高いもの良く買ってきたわね!と怒鳴り付けられる始末だ。

セックスだってそうだ。

最初の子が授かるまでは、俺をその気にさせる努力は健気なほどだったが、やっと1人目を授かったら、以後は放置だ。
だから俺の性欲は、行き場を無くして16年経った。


話を戻そう。

俺の元来のくじ運の悪さで、俺の子供が小学2年生になる時、あろうことかPTAのある部会、「父親の会」の委員に選ばれてしまった。
父親の会委員に選ばれました・・・という電話を拒否出来るほど、俺は強くない。
仕方なく父親の会委員になることを承諾した。

そして委員の初の集まりの時、アミダくじで、委員長、副委員長、会計を決めることとなった。
委員に選抜されたのは全学年各クラスからで、計21名いた。
なのに俺は元来のくじ運の悪さで、1/21の確立を引き当ててしまった。
それから1年間は、父親の会委員長としてPTA役員名簿の末席に置かれ、同時に俺もやるからには頑張るしかないと思い、与えられた仕事以上のことをこなしたつもりだ。

そして1年経ち、やっと解放されると思った矢先、
「これだけ頑張れるんなら、執行部に入ってもらえないかな?」
という、悪魔の囁きが聞こえてきた。

勿論、拒否するほど強い心臓は持ち合わせていない。

やむを得ずPTAの執行部に入ることとなった。
俺の子が小学3年生の時のことだ。

任期は2年だが、娘が3年生と言うことは、恐らく半ば自動的に娘の卒業までの4年間を、PTA執行部として過ごさねばならないだろう。

そういう予感だけはよく当たり、俺は子供が卒業するまで、PTA執行部を務めた。

ただ外れた予想もある。

意外とPTA執行部の役員を務めていると、ママさんたちに名前を憶えてもらえるのだ。
俺はPTAの集まり等では司会をやらされることが多く、ここでもどうせ司会するのならと、通り一遍の堅苦しい司会ではなく、軽妙洒脱に時事ネタを織り込んだりしてその場を和ませ、時には笑いを起こさせたりして、会場の空気を温めることに徹していた。

お陰で子供が小学校を卒業し、俺も必然的にPTA執行部を辞める際には、見知らぬママさん達から、残念です、お子さんがいなくてもPTAやって下さい、等々の温かい言葉をもらえた。

第二楽章

子供が中学生になり、俺もPTA役員ではなくなってから、かなり日が経った、屋外で生ビールが美味しい頃。
懐かしい名前からメールが届いた。

『お元気ですか?今度、PTA執行部のOB会をやります。日時は・・・』

PTA執行部の後半2年間を共に過ごしたママさん、上田美樹からだった。
美樹は一緒に活動したママさん役員の中でも、抜群の可愛さを誇るママさんで、性格も優しく、俺も妻が美樹なら・・・と思ったことがあるほどだった。

そんな上田美樹からのお誘いメールだ。

多分、誰かが発信源で、回ってきたのだろう。

でも他の旧PTAの誰でもない、上田美樹からメールをもらえたことが俺は嬉しくて、即答した。

『勿論参加します。集合場所を教えてくださいね』

すると、上田美樹からすぐに返信が来た。

『集合場所は・・・』

え、あの居酒屋か?
大人数で宴会をやるなんて、無理じゃないか?
カウンターに小上がり2テーブルだけの小さな居酒屋だぜ?

でもまあ、もしかしたらその日にはその店しか開いてなかったのかもしれない。
店全体を借り切るのかもしれない。

『了解です!じゃあその日を楽しみにしてます!』

と、俺は美樹に返信した。
美樹からはまたも即返信があった。

『アタシも楽しみにしてます♪』

俺は早くOB会当日にならないかなと、ワクワクしていた。

第三楽章

OB会当日になり、俺は指定された居酒屋へ、指定された時間に出掛けた。
勿論、お金は鬼に頼み込んで渋々出してもらったお金だ。
家を出発する前にも何か嫌味なことを言ってたな、鬼嫁は・・・。

いざ居酒屋に到着すると、懐かしい上田美樹が、夏らしいワンピースの服装で立っていた。

「あ、お久しぶり~。元気してた?」
「うん、元気だよ。お誘いありがとう。他のメンバーは?まだ?それとももう店内?」
「・・・」
「ど、どうしたの?ドタキャンでもされた?」
「違うの。本当は、OB会っていうのは嘘で、アタシ、貴方と飲みたかったの」
「えっ?」

俺は戸惑った。可愛くて優しい、ヘタしたら結婚なんてしてないんじゃないかと思えるほどの外見の上田美樹が、俺と飲みたかったって?

「アタシ、くじ運が悪くて仕方なくPTAの執行部に入ったんだけど、その時に貴方がとっても素敵な笑顔で、頑張ろうね、って声を掛けてくれたの。覚えてる?」
「う、うん。覚えてる」

覚えてるも何も、なんて可愛いママさんが執行部に入ってきたんだと思って、何とか一言でもかわしたいと思って、一緒に頑張ろうと、俺から声を掛けたんだ。忘れるわけないよ。

「その時、ああ、アタシは貴方みたいな人が夫なら良かったのにと、直感でそう思ったし、感じたの。アタシの感は間違ってなかったわ。だって貴方はどんな会合でもその場を和ませる天才で、小さな子にも優しいし、執行部だけの集まりで険悪な雰囲気になったら、ワザと変な着信音をケータイから流してたでしょ?」

上田美樹が言う変な着信音とは、ドリフの舞台転換のテーマ、盆回りだろう。
執行部だけの会議は、会長がリーダーシップがあり過ぎるため、逆にママさんたちは意見を言いたくても言えないような雰囲気になり、重く苦しくなることが多々あった。
そんな時俺は、家から電話が掛かってきたフリをして、ドリフの盆回りを流して、ワザとモシモシ・・・と外へ出たりして、一息入れたりしていたのだ。

「確かに、ね。でも逆に上田さんがそこまで俺のことを気にしてくれてたなんて・・・」
「だってみんながいる前で、アタシが貴方にベタベタするわけにいかないでしょ?だからこの気持ちは、貴方とアタシがPTAの執行部を降りてから伝えようと思って・・・」

上田美樹は、ちょっと潤んだ瞳でジッと俺のことを見つめていた。
こんな展開になると思ってもいなかった俺は狼狽したが、とりあえず居酒屋に入ろうと、美樹を促した。

「らっしゃい!・・・2人?珍しい組み合わせだね、でもたまにはいいよな、旦那さん。美樹ちゃんみたいな可愛いママさんと2人で飲むのも」
「マスター、今日のことは誰にも言わないでね」


俺が言おうと思ったセリフを、先に美樹が言った。慣れてるのかな。

とりあえずカウンターに座って色々と注文し、最初は生中で乾杯した。

「あーっ、美味い!上田さんと2人で飲めるなんて、夢じゃないかと思うよ」
「本当に?大袈裟じゃない?」

そこからはお互いの趣味や仕事、配偶者のグチ、これからについてマシンガントークを交わした。

あっという間に2時間が経ち、店的にはそろそろ退店のタイミングだ。
「マスター、お勘定して」
ここはやっぱり男の度量で俺が払うべきだろう。
だが美樹は、半分出すと言って聞かない。
支払いで揉めても変なので、半分よりちょっと下でキリのいい金額を、美樹にもらった。

「どうする?ここでサヨナラする?それとも2次会に・・・」

俺が店の外で美樹に尋ねると、突然美樹に抱き付かれ、唇を塞がれた。

第四楽章

俺は美樹を抱きとめると、改めてギュッと抱き締めた。
唇は塞がれたままだ。

「ねえ、アタシをどこかに連れてって・・・」

離れた美樹の唇から、意外な言葉が漏れた。

俺は飲みながら、趣味の旅行について熱く語っていた。
その時美樹は、いいな、アタシもどこか行きたいと、何度も言っていた。

「今すぐじゃなくていいの。いつか、でいいから、アタシをどこかに連れてって・・・」
「俺だって、美樹ちゃんと旅行行けたら、こんな幸せなことないけど、大丈夫なの?旦那さんとかお子さんとか」
「旦那はもうアタシを女として見てないし、子供は上の子がいるから大丈夫だよ」
「美樹ちゃん、飲み過ぎたんじゃない?今日は帰ろうか?」
「アタシ、貴方と一緒にいたい。ねぇ、早く一緒にどこかへ旅に出掛けたいの。お願い」

そういうと、再び美樹は俺の唇に唇を重ねてきた。
今度はさっきのように唇を触れ合わせるだけでは済まなかった。
美樹から積極的に舌を絡めてくる。
俺も応えて、舌を美樹の舌に絡めた。

5分ほどは続いただろうか、俺は美樹が半ば意識的に押し付けてくる乳房にも反応し、美樹を手放したくなくなった。

とりあえずこの日は、これまでメールアドレスだけしか交換していなかったので、更にLINEも交換し、居酒屋の前で別れた。

今まで痛い目に遭ってきた俺に、神様が同情してくれたのか?

つい今しがた起きた、夢のような出来事を思い返しては、つい顔が緩んでしまう。

自宅に帰っても、ニコニコしていたようで、妻からは
「浮気でもしてきたんじゃないでしょうね?」
と問い詰められたが、浮気なんかしちゃいない。
あえて言うなら『本気』をしてきたんだ!

「別に。楽しい飲み会だったよ」

とだけ答えて、そのまま寝室へ上がった。
布団に入っても、浮ついた気持ちと、長く重ね合った美樹の唇の感触が忘れられない。
『美樹ちゃん、どこへ行きたい?温泉に一泊二日とか、いいよなぁ』
色々と妄想しては、寝付けなくなっていた。


そして翌朝、ちょっと飲み過ぎたか、若干頭が痛い。
そこへLINEの着信電話が鳴り響いた。
名前は「上田美樹」と出ている。
早速電話してくれたんだ!
俺は2日酔いも吹っ飛ばす勢いで、電話に出た。

「もしもし、美樹ちゃん?おっはよー」
「・・・アンタか、俺の嫁に手を出してるのは」
「えっ・・・アナタは誰ですか?」
「俺は、上田美樹の夫。お前、ウチの嫁をそそのかして、何しようとしてるんだ?」
「い、いゃ、何も・・・」
「二度とウチの嫁に手を出すんじゃない!分かったか!」

上田美樹の夫と名乗る男性はそう怒鳴り付けると、LINE電話を切った。

俺はしばらく茫然としていた。

なんで?たった一夜で天国から地獄に落とされるの?
昨夜の熱い抱擁とキスは、幻だったのか?

信じられなくなった俺は、ちょっと時間を空けてから、恐る恐る上田美樹へLINEでメッセージを送ってみた。
しかしブロックされているのか、届かない。
次に元々のメルアドへメールしてみたが、数秒後に宛先不明でリターンされてしまった。

どうしてだ、なんでアッサリと2人の秘密がバレたりするんだ?

そこへ、妻が現れた。
「おはよう。目は覚めた?」
「目は覚めてるけど」
「そうじゃなくて・・・。浮気して出掛けるっていう夢から覚めた?って聞いてんの」
「なんで、そんなことを・・・」
「だって昨日は上田美樹ちゃんと2人だけの飲み会だったんでしょ?で、2人でどっか行こうって計画したんでしょ?」
「・・・お前・・・」
「全部美樹ちゃんが飲み会の様子をリアルタイムでアタシのスマホにリモート送信してくれてたのよ。アタシと美樹ちゃん、同じパート先だったの、忘れた?」
「あっ!」

妻と上田美樹は、同じ本屋でパートしていたことがあるのを思い出した。

「だからアタシが美樹ちゃんに頼んでおいたの。貴方が怪しいから。昨日アナタが出掛けようとしてる時に軽く注意したのに、聞いてなかったみたいね。少し位なら目を瞑ろうと思ったけど、熱いチューまでして、旅行の約束までされたらねぇ。流石にすぐ上田家へ電話したよ。旦那さんがすぐ出てくれてよかったわ」

信じられなかった。
美樹がキスしてくれたのも、計算づくなのか?
キスしながら舌を絡めてくれたのも、アカンべーという意味だったのか?

俺は昔からくじ運が悪かった。くじだけじゃない、ジャンケン運、女運、結婚運も悪かった。
何が神様の同情だ、閻魔様の仕打ちじゃないか。
今回も俺の持つ運の悪さが発揮されただけじゃないか。

「バツとして、今度のボーナス、全額没収」

悪い運勢に、金運も加わったようだ。次はどんな悪い運勢が加わるんだか・・・。

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初めて小説形式の投稿に挑戦してみました。どこまでノンフィクションなのかは、ご想像にお任せしますm(_ _)m

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