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小説「年下の男の子」-5

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第6章-1「部活」

仮入部期間の1週間が終わり、1年生は改めて本入部届を出すことになっていた。

井田は勿論、「吹奏楽部」と書いて、担任に提出した。

1週間も経つと、部活説明会当日にやって来た1年生の内、1/3は消えていて、逆に他の部活と相性が合わないと思って吹奏楽部にやって来た1年生もいる。
特に、部長の原田朝子が男子を募集してます、と説明会で言ったため、その言葉だけに釣られて見学に来た男子は、楽器が出来ないと言って呆気なく逃げてしまった。

結局吹奏楽部に本入部した1年生は18人で、男子は井田を含めて3人だった。

「女子にモテたいだけで見学に来た男子は消えちゃいましたね」

井田は修理から返ってきたユーフォニアムを準備しながら、原田に話し掛けた。

「そうだね。多分格好付けて楽器やってモテようと思っても、こういう形じゃなくて、チェッカーズみたいなバンドをやりたいんじゃないかな?消えた男の子達は」

原田もユーフォニアムの準備をしながら、井田に答えた。

2人が電車を乗り越し、終点の駅で喫茶店に入り、衝動的にキスをしてから1週間が経つ。

その日の帰りはお互い無言だったが、翌日の部活でユーフォニアムの練習をするために2人きりになった時、原田が井田に正式な告白をし、2人はカップルになった。

「あのね、井田くん。アタシは2つも年上で、井田くんには迷惑かもしれない。だけどアタシ、井田くんが好き。大好き。アタシの彼氏、恋人になってください!」

この言葉が、井田の頭の中から離れない。
人生で初めて女性から告白されたのだ、嬉しくないわけがない。

しかも相手は中学時代はバレーボールのキャプテン、今は吹奏楽部の部長と、キャリアは凄い。

だから井田は逆に何度も、俺でいいんですか?と聞き返した。

その度に原田は、

「あたしは、井田くんじゃないとダメなの。喫茶店でのキス…忘れられないもん」

と、甘えるような目で井田を諭した。
結果的に、喧嘩はしない、仲良くする、お互いを励まし合おうと指切りげんまんして、付き合うことになったのだった。

「だけど、アタシの勝手なお願いだけど、部活では先輩、後輩でいてね。部活中にイチャイチャするのは、やっぱり…ね」

「それは当然。部活中は、ちゃんとした先輩、後輩の関係でいようよ」

「ありがと。練習は練習、甘えたい時は部活以外で…ね」

「うん…じゃなかった、はい!」

「OK!よく出来ました、ヨシヨシ」

原田は井田の頭を撫でた。

「またそうやって子供扱いする〜」

「えへっ、今だけね。さ、練習しよっ!まずはロングトーンからね」

原田がメトロノームをセッティングした。
修理したもう1本が戻ってきたので、同時に練習出来るようになった。

井田がちょっとだけ惜しかったのは、それまでは原田が使っている楽器を借りて練習していたので、マウスピース越しに間接キスしていたスタイルだったが、それが無くなったことだ。

「うん、ロングトーンも安定してきたし、腹式呼吸は一発マスターだし、本当にお世辞抜きで上達が早いね、井田くん」

「いえいえ、先輩の教え方のお陰ですよ」

「じゃあ次は、ロングトーンみたいに一音ずつ長く吹くんじゃなくて、一番下のドから一番上のドまでを、一気に上がってすぐ下がるように音階の練習してみようか」

「はい、分かりました」

「メトロノームのテンポをちょっと上げるから、合わせて、ドレミファ…って上がって下りる往復をやってみよっ。アタシも一緒にやるからね」

「はい、分かりました」

「じゃあ行くよ、せーのっ!」

2人の吹くユーフォニアムの音が、心地よいハーモニーとなって音楽室を流れていた。


第6章-2

井田も吹奏楽部に慣れ、原田とも順調に交際していた4月末のある日、まだ誰も来ていない音楽室で、原田が井田に申し訳なさそうに言った。

「ゴメン、井田くん、今日は部活の後に、全部活の部長が集まる部長会議ってのがあるの。生徒会に出す今年度の要望を話し合うらしいんだけど、結構時間が掛かりそうなんだ…。本音は待っててほしいけど、井田くんに迷惑掛けちゃうから、今日は先に帰っててもいいよ」

「全部長会議!そんなのがあるんだ!部長になると大変だね…いや、大変ですね」

「今はアタシと井田くんの2人だけだから、気を使わないでいいよ」

と原田は、井田の頬をツンツンと突いた。

「もう、照れちゃうよ、朝子先輩ってば。俺は別に待っててもいいけど、何時間くらい掛かるのかな?」

「そうだね…。去年の部長さんは、その全部長会議の次の日に、終わったら8時過ぎとった~なんて言ってたから、結構掛かるかも…」

「8時!2時間半待ちは…ちょっと辛い…かな…」

N高校の部活終了時間は、5月までは夕方5時半だった。

「でしょ?そんなに井田くんを待たせたら、アタシも気が気じゃないし、長過ぎるし…。本当は一緒に帰りたいんだけど、今日は先に帰ってもいいからね。その代り、明日は今日の分も甘えさせてね?」

「うん。朝子先輩の仕事も大切だもんね…。じゃあ今日は先に帰ってるよ。ただ夜遅いんなら、朝子先輩、変な男に襲われないように気を付けるんだよ。先輩、可愛いんだから…」

「ありがとっ。じゃ、まだ誰も来てないから…今日の帰りに出来ない分の…キス、して」

原田は甘えモードでキスをねだってきた。

「う、うん」

井田は原田の肩を持つと、唇を合わせた。

「んっ…。うん、OK!よしっ、じゃあここからは先輩後輩モードで練習に入るよ!井田くん、ユーフォの準備してね」

「はい!」

その後に他の部員が少しずつやって来たので、2人の交際がバレるかどうか結構瀬戸際だった。

井田は内心ドキドキしていたが、原田は後輩からの挨拶にいつもの笑顔で返していた。

(やっぱりすごい人だよ…。朝子先輩は)

井田はユーフォニアムの準備をし、原田と普通の先輩後輩として、その日の練習を開始した。

「じゃあ井田くん、今日はロングトーンやってから、簡単な練習曲を合わせてみようか」

「はい、分かりました」

2人の練習の様子を見て、この2人が実は付き合っているのを知る部員は、まだ1人もいなかった。

そしてこの日の練習後、ミーティングが終わり、解散となった時、原田は井田と目を合わせ、目と目で会話した。

(朝子先輩、先に帰るけど、部長会議、頑張ってね)

(ありがとう、井田くん。頑張るよ)

この微妙な目と目の会話でも、まだ他の部員には、2人の関係はバレなかった。

ただ打楽器に入った井田の同期の男子、山村聡は下駄箱へ向かう途中、羨ましそうに井田に声を掛けてきた。

「井田はいつも練習が、あの美人部長と2人切りだから、いいよなぁ」

井田はあえて反論せず、

「いいだろう~。ま、偶々俺が楽器は何でもいいって書いたから、ユーフォの後継者を探してた部長に誘われたんだけどね」

「俺も楽器は何でもいいって書きゃ良かったなぁ。ドラムを叩きたいなんて書いたから、打楽器になっちゃってさ。打楽器のリーダーは厳しくて」

山村は苦笑いを浮かべた。

「でも女子の先輩だから、厳しいって言っても、そんな体罰があるわけじゃないだろ?」

と井田が聞くと、

「確かにね。まあ練習は厳しいけど、練習以外は楽しいから、頑張れるよ。周りがこんなに女子だらけなんて環境、他にないしな」

「ちょっと方向が…まあ、いいか。俺もこんな環境、初めてだし」

「そうなんや?中学の時、井田は何部だったん?」

「男子バレー部だよ。ただ中3の夏に、左膝の靭帯やっちゃってね。普段の体育程度は大丈夫なまで回復したけど、高校のスポーツ系部活に入ってインターハイを狙うなんてことは、とてもじゃないけどもう無理なんだ。いつも左膝を気にしちゃうし。だから吹奏楽部に来たんだ。山村は中学の時は何部?」

「俺はサッカー。なんか似てるな。実は俺も去年、サッカーの県大会で相手チームの選手と激突して、右膝の皿が割れちゃってさ」

山村はあっさりとそう告白した。

「うわっ、怖ーっ。痛そう…。もう大丈夫なん?」

「もう治ったからここにいるんだよ。だけど井田と同じ理由で、常に右膝を庇わなきゃいけないし、高校でインターハイを狙ってたんだけど、スポーツ系の部活は無理だと思ってさ。それで文化部の中でも体育系要素があるっていう吹奏楽部に来てみたんだ」

「そっか、同じような思いをしたんだな、俺も山村も。怪我したけどN高校に来たのは、N高校でインターハイを狙ってたから、怪我したからって他の高校に変える気は起きなかった、そうじゃない?まあ、俺がそうなんだけど」

「うんうん、その通りだよ。井田に話し掛けてみてよかった~。いい友達になれそうやな。これからもよろしく!」

「こちらこそ!」

下駄箱で2人はガッチリと握手を交わした。この辺りは、体育会系気質がまだ残っている2人だからだろう。

山村は井田とは反対の方向ということで、下駄箱で別れ、井田は1人で帰路に着いた。そこでふと…

「井田くん!」


第6章-3

井田は突然女子に声を掛けられ、ビックリして声のした方を向いた。

「久しぶりだね、元気?」

そこにいたのは同じ中学出身の燈中由美だった。

「燈中さんじゃん!久しぶり~。どう?女子バレー部の方は」

井田は原田から聞いた2年前の出来事を念頭に置いて、聞いてみた。

「井田くんこそ、吹奏楽部はどう?原田先輩とはお話したり出来てる?」

井田は原田と話すどころか、付き合ってキスまでしているとは到底言えなかった。

「う、うん。まあまあ喋れてるよ」

2人は同じ中学出身だが、列車の中で会うことはなかった。部活の時間も関係しているのだろう。とりあえず駅へ向かって一緒に歩きながら、会話と始めた。

「わあ、いいなぁ…。アタシも原田先輩とお話ししたいな…」

「ん?何かあったの?」

井田は直感的に、女子バレー部内の雰囲気が、燈中にも合わないのだろう、その相談をしたいのだろうと感じた。

「うん…。ちょっとね」

「俺が代わりに聞いてあげられるようなことかな?」

「井田くんに?」

「うん。俺だって一緒の中学校の同期じゃん」

「そうだよね。…うーん、でもこれは井田くんには話しにくいな…」

「女子同士の方がいいのかな?」

「出来たらね。でも井田くんの意見も聞いてみたい気もする」

「どんな話?」

井田は恐らく女子バレー部の話だとは思っていた。燈中の口からは…

「アタシ、バレーボールを続けたくてこの高校に入ったのに、バレーボールに対する意欲が薄れてきてるんだ」

「え?」

井田は、やっぱりそうか、と思った。原田が退部に追いやられたような女子バレー部の環境は、今もまだ改善されていないのだ。

2人はゆっくり歩きながら、話を続けた。

「でも燈中さん、練習は毎日参加してるの?」

「うん…。で、今の時期だと5時半に部活終了でしょ?なのに誰も終わろうとか言わなくて、部長も何も言わないし、顧問の先生なんかは最初に1回顔を見ただけで全然練習に来ないし」

まさに原田が言っていた、2年前の状況と酷似している。

「アタシは1年生だから、最初に帰るわけにもいかなくて、上の人達がなんとなく練習をやめて帰り支度をし始めてから、コートの片付けとかするの。終わったら大体7時過ぎぐらいかなぁ…。で、最後にミーティング的なことをやるのかなと思ってたけど、ミーティングらしいことをやったのは本入部の日1日だけ。1年生は新人戦に向けて頑張るように、って。ただそれだけよ。後は放置されてるの」

井田は初めてそのことを知ったかのように振る舞った。

「マジで?それで毎年強豪校って言われてるの?」

「うん。他の中学から来た子達が上手いのもあるけど、なんて言うのかな、アタシが思い描いてた高校の女子バレーとはかけ離れてる気がしてならないの」

燈中は歩きながら下を向いていた。
原田は、真っ直ぐな性格の燈中だと、部活で苦しむんじゃないかと予言していたが、まさにその通りになっているのだ。

「練習を始める時も、なんとなく部員が集まってきて、1年生はコートを作るんだけど、その後も何の指示もないの。かと思ったら突然2年生と3年生で紅白試合始めて1年生は放置されたままだったり。ね、おかしくない?」

井田は原田が体験した理不尽な練習環境が全く改善されていないことに、胸を痛めた。
明るかった燈中由美が、下を向いて悔しさを堪えながら歩いている。

「ちなみに横では男子バレー部が練習してる?」

「うん。女子とは大違い。男子バレー部こそ、アタシが思い描いていた高校のバレー部だよ。最初は挨拶から始まって、今日はこんな練習をする、っていう指示があって、上級生は下級生にちゃんと指導してるし、5時半になったら全員ピシッと練習を終えて、コートに向かって一礼してから解散になるの。たまに連絡事項があったりしたら、その分ミーティングがあるの。ね、これが本来のスポーツの部活じゃない?井田くん、そう思わない?」

しばらく井田は黙ってしまった。
原田から聞いていたことが、一向に改善されていないことへの腹立たしさと、ただこの事実は今初めて燈中から聞かされたというように振る舞わないといけない、という思いが交錯していた。

暫く無言のまま歩いていた2人だが、井田から話題を振った。

「そういえば今日は、5時半過ぎには帰れてたね。いつも遅いんでしょ?」

「うん。今日は全部長会議があるとかで、5時過ぎには上の人達が練習を止めたから…」

「そうか、原田先輩も面倒とか言いながら出なきゃいけないって言ってたよ」

「原田先輩って、改めて凄いよね。中学の時は男子顔負けのリーダーシップで女子バレー部を引っ張って、高校では吹奏楽部の部長なんだもん」

「そ、そうだね」

どうしても井田は原田の話になると、冷や汗が出てしまう。

「でも原田先輩が高校では吹奏楽部に移ったのって、今なら理由が分かる気がする。きっと原田先輩が1年生の時も、アタシと同じような環境だったんじゃないかな。それに耐えられなくて、バレーボールへの思いを断ち切って、吹奏楽部へ移ったんじゃないかな」

「なるほどね。一理あるかもね」

井田は燈中の推理があながち間違っていないことに驚いた。

「ねえ、井田くん」

「えっ、何?」

「アタシ、原田先輩に明日の放課後、会いに行ってもいいかな?音楽室へ」

「えっ?音楽室に?」

「うん。部活始まりの時間に会いに行けば、きっと会えると思って。先輩はこの高校で女子バレーボール部にいたことがあるのかどうか、とか。アタシのこれからも相談したいし」

「あっ、ああ、いいんじゃない?原田先輩は部長だから、音楽室には誰よりも早い勢いで来られるし」

「そうなんだね。女子バレー部と大違い。うん、明日の放課後、音楽室に行くから、井田くん、助っ人お願いね」

「助っ人?!」

「うん。アタシの横にいてほしいの。アタシの味方になって、お願い!」

井田は厄介なことになったと思わざるを得なかった。だが燈中に対しては、

「分かったよ。俺もなるべく早く音楽室に行くから」

としか言えなかった。

(俺はどういう立ち位置で振る舞えばいいんだ?)

<次回へ続く ↓ >


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