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vol.4 救世主

お客様と過ごす時間は、私にとってかけがえのないものであったし、そうすることでお買物までしていただけるのだから歓び以外の何物でもないはずだった。
しかし、その頃から他のお客様が来店されると会場内は販売スタッフがバタつくだけで、気づいた時には一本も販売が出来ていないと言う、悲惨な現象が巻き起こるようになっていた。
顧客数が増え、遊びに来るお得意様が相次いだからだ。
お得意様は、ひっきりなしに顔が分かる私を目掛けて来店する。派遣の販売スタッフが応対しようとするのだが目も合わさず直進しては話し掛けてくる。
上顧客になればなるほどそれは顕著だった。考えてみれば、買う側は言わずと知れたもてなしで、心地よさを求めるのは当然ことだった。
なにせ、宝石を買うのだから…
お得意様が販売員に求める第一関門は、〝自分のことを知っているかどうか〟
なんだと言うことを、私はその時に思い知らされたのだった。

そんな中、私がフクロウのペンダントのお客様を接客していると、

「忙しそうだから今日は帰るわね」

などと言い、これ幸いとばかりに手を振って帰る方まで現れ出した。
そのうち、お得意様が重なるなど、一言、二言、会話を交わすだけが精一杯となり、商品を出すことさえままならなくなった。
派遣の販売スタッフに引き継ごうとするのだが、その猶予さえもらえない。
富裕層の方々の〝待てない〟と言う姿勢をまざまざと突き付けられ、絶望感さえ襲って来た。
結局、最終的に居残る形になるのはお客様だけだった。何故なら、周りの状況がわからないからだ。だからと言って、お客様に躍起になって商品を薦めるのも気が進まない。
最早、これでは商売として成り立たないのが現状であった。

まずいなぁ…

この状態に頭を抱えた私は、会社に助け船を出した。
昔の私であれば、数字を上げることが出来ない言い訳に聞こえるようで、他人にどう思われるかの方に気を取られ、声を上げることをしなかったかもしれない。
それでは後々、お客様方に不満を与えることとなり、その果てに売上が影響を受けたのでは本末転倒だ。

私は、副社長に時間を取ってもらい、

「接客しようとしたら、次から次へお得意様が来るから全く接客出来ないんです。お客様同士で譲り合っちゃったりして…物理的な問題として、私以外でもお客様の顔が分かるスタッフを作らないと改善出来ない状態です。会社として対応お願いします」

そうはっきりと意思を伝えた。
その時、頭の中にはお客様の顔が浮かんでいた。前に進む選択を素直に出来たのは、お客様と過ごした日々があったからだと思う。そして、様々なお客様に教わって来た経験から、その頃の私は、一人では事を成し遂げられないことを見に染みて感じていた。私にはもう、自分だけを照らすスポットライトは不要だったのだ。


その後、顔の見えるスタッフがもう一名は必要だと判断した会社は、この店に私のサブとして販売専門のスタッフを雇用することにした。
これまで、派遣の販売スタッフで賄っていたが、いつも同じスタッフが派遣される訳ではない為、専属の販売スタッフを起用して店に定着させようと試みたのだった。
しかも、副社長が自らアプローチして、有望な人材をスカウトして来た。
事前に手腕話しを聞いていた私は、期待に胸を膨らませ、そのスタッフと会えるのを楽しみにしていた。

当日
その日も一社での展示会を行なっており、大掛かりな仕掛けを施し集客をしていた。その為、スタッフの初勤務はそれに合わせていた。

「宜しくお願い致します」

弱々しく小さな声を放ったスタッフ。
緊張のせいか顔が強張っている…
が、棘のない柔らかな雰囲気が印象的な、小柄で綺麗な顔立ちをした女性だった。
私は、彼女に常連のお得意様を紹介し、売上を構築してもらうつもりでお得意様の来場を待っていた。
その中でも特に引き合わせたかったのが、フクロウのペンダントのお客様だった。

すると…
タイミングの良いことにお客様が来場された。私は跳ねるように迎えに行くと椅子に誘導し、彼女を呼ぼうと振り返った。
が、彼女は私の視線を通り抜け、一瞬の差で違うお客様を応対し始めた。

あれ⁈ 

私は眉間に皺を寄せ、彼女の接客が終わるのを待った。
だが、中々、終わらない。
会場内には、違うお客様が溢れ出している。司令塔である私が身動きが取れず、派遣の販売スタッフはあたふたしている。
いつもの現象だ…
時の流れとともに刻々と居なくなっていく人影。私はもう一度、彼女の方を見た。
まだ、接客している…

もう無理だ…

この日は、お客様用に準備したお薦め商品があった。これまで逃してしまうと後がない…私は自分が接客しようと覚悟を決め、これまでのように話しを進め始めた。
お客様はその商品を気に入ってくれ購入してくれた。
会場内がざわめくほどの高額品だった。
結局のところ、その日はお客様のおかげでなんとか虎口を逃れたのだった。

お客様が帰った後、もう一度彼女の方を見た。長い接客ではあったが、しっかりと販売していた。販売記録を見ると、20万円くらいの低価格商品だった。

マジか…

自分の思い通りに事が運べなかった苛立ちから、そんな意地悪な言葉さえ頭に浮かんだ。
私は手の空いた彼女に駆け寄り、常連顧客の応対をして欲しいことを延々と話した。彼女からしてみると、販売の仕事をしに来て結果を出したにも関わらず、目の前のお客様よりも顧客が来るのを待って接客して欲しいと言われているのだから極めて理不尽な話しだったと思う。
それにも関わらず、私の目を真っ直ぐに見つめ、理解しようと聴いている彼女。
その澄んだ目を見ていると、思い浮かんだ先ほどの言葉が恥ずかしくなり、私は少し視線を逸らした。

それからと言うもの、彼女は積極的にお得意様と会話を交わし、必死に覚える努力をしてくれているのが一目瞭然だった。
手元にはいつもメモ帳を持っている。
ある時、その中身がチラリと見えた。
子供が書いたような女性の顔の横に、〝聖子ちゃんカット〟と書いてある。
見えなかった振りをしようと思ったが、あまりにも絵が上手いとは言い難く、思わず笑いが溢れてしまった。
彼女はそれに気づき、はにかんでノートを閉じようとした。

「何?その聖子ちゃんカットって?」

込み上げる笑いを堪えながら尋ねると、

「見えました?いゃん、恥ずかしいです~」

と顔を覆った彼女。

「私、覚えが悪いので特徴を書いて復習してるんです。お客様の顔をこんな風に書いてしまってすみません…」

と、言った。
絵には失笑してしまったが、その顔の横にお客様の特徴が細やかに書き留めてあったのが見えていた私は、彼女の観察力に心から感服していた。
確かに、彼女は一度会ったお得意様をしっかり覚えていた。それ故に、回数を重ねる毎に、お願いした役割へと着実に近づいているのだった。
それどころか、自分の手の空いている時には、

「新規のお客様いってきます!」

と、仕事に対して時間を無駄にしない姿勢までも見せていた。
そんな彼女の行動を目の当たりにし、
副社長が何故、わざわざスカウトして来たのかを改めて痛感した。


それから数回の開催を経たある日、お客様と彼女を引き合わせる機会が漸く訪れた。これまでの経験で少し学んでいた私は、

「◯◯様、今度新しく入りましたスタッフを紹介させてください」

と、先手を打った。
スタンバイをしていた彼女は、笑顔でお客様へ歩み寄り、

「初めまして。◯◯と申します。お会い出来て嬉しいです」

と、元気に挨拶をした。
すると、お客様。

「はい…」

と、一言。

彼女の顔を見ると、お客様の表情が読み取れず困惑している様子だった。
それもそのはず。
目の不自由なお客様への対応をどうすれば良いかなど、経験がない限り分かるはずもない。
私は彼女に目配せすると、

「◯◯様、今日は作家の手作りの商品が新作で入っているので見ていただきたいんです。◯◯様のお好きな紫色のお石なんですよ!」

お薦め商品を手に持ち、いつものように着けて遊んでもらった。
彼女は横で相槌を打ちながら見ている。
そして、買い上げが決まった。
お客様をお見送りした後、

「販売担当は◯◯さんにしときますね」

私が言うと、

「そんないただけません!私、なんにもやってないです」

彼女は、顔を真っ赤にしてそう言った。

「◯◯様は他のお客様と違って表情が読み取れないでしょう?だから、慣れるまでは一緒に接客しながらどうやってコミニュケーションを取っているのか、見て覚えて欲しいんです。他のお客様を◯◯さんが接客すれば販売出来る時間を費やしてもらっている訳ですから、販売担当は◯◯さんにするのは当然でしょう?」

納得しない彼女に、誰が販売したかよりもお客様に声を覚えてもらう事の方が重要なのだと言うことを、私は懸命に訴えかけた。そうして、やっとのことで首を縦に振ってくれた彼女。

「分かりました。ありがとうございます。何もしていない申し訳なさで、グズグズ言って時間を取らせてしまいすみません。この数字に応えられるように頑張ります」

そう言った彼女の声は心なしか震えていた。顔を見ると瞳に涙が浮かんでいた。

関わることが出来なかったと思う悔しさ…

その浮かんだものの意味が理解できる私は、張り裂けそうなくらい胸が痛んだ。
なんだか自分自身を見ているようで、こちらまで目頭が熱くなった。
この時、心の中では彼女にこう叫んでいた。

本当は既に関わっていて、貴方も一緒に歩んでるんだよ!!

と…
しかし、こればかりは言葉で取り繕ったところで伝わらない。

答えは自分自身が感じることだから…

私は、今にも出て来そうな言葉を飲み込み込んだ。そして、吸い込まれそうなくらい綺麗で澄んだ瞳から、静かに目を背けたのだった…


〜次回最終章へ続く〜


百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!