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vol.5 〜最終章〜 思いよ届け

お客様とそんな会話を交わした直後の出来事だった。
その日来店したお客様と男性は、いつもと様子が違っている。物々しい空気を漂わせながらの登場だった。

「私がお金をおろしている間、しっかり見ててって言ったでしょう?」

お客様が叱責するように男性に言った。
男性は肩を落とし、うなだれて下を向いた。あまりの剣幕に、

「どうなさったんですか?」

私が眉毛を八の字にして尋ねると、

「ハンドバッグがないのよ。この人に見ててって言ったのに、見てないんだから!
そこの銀行でお金をおろしている間に無くなったの」

と、お客様は男性を横目で睨み付けながらそう言った。
無いものを探しながらのやり取りではなく、全く関係ない場所までやって来て、男性を叱りつけるお客様。

「えっ⁉︎だったらこんな所に寄っている場合じゃないんじゃないですか?警察に届けるとか探すとか…貴重品が入っているバッグなんですか?」

私は、疑問に思ったことを口にした。

「貴重品の入っているバックは私が持っていたからあるのよ。無いのは、この間外商から買った20万のバッグよ」

えー⁇

「それなら貴重品と同じじゃないですかー。探しに行った方が良くないですか?
もし、バッグよりも中身の現金とかカード欲しさにそのバッグに手をかけた悪人がいたとしたら、用のないバッグは近くに置いてあるなんてこともあるかもしれませんよ?」

刑事ドラマ好きの私の推理だった。
するとお客様は一筋の光を見たような顔付きを見せ、

「行くわよ!」

と言うと、シルバーカーを元来た方向へと進め始めた。
私は〝言わなかったら探す気なかったのかな?〟そんなことを思いながら、少しずつ遠ざかって行く背中を眺めていた。

1時間程してお客様と男性が戻って来た。手には、爬虫類の皮を使った高級バッグが握られている。

「あったんですか⁉︎」

目を丸くして尋ねた私に、

「銀行員に聞いたら預かってくれてたのよ。誰かが届けてくれたんだって…もう無いと思って諦めてたのにねー」

バッグが見つかり多少喜んでいるようにも思えるが、やはり元々は探す気がなかった様子のお客様。

………。

私はその感覚に絶句し、目をぱちくりさせながら口をすぼめた。
自分ならそんな高級バッグが見当たらないとなれば、血眼になって探すに違いない…

「良かったですねー。見つかって本当に良かったです!素敵なバッグですもんね」

と、内心驚きながらもバッグの出現を喜びそう言った私。
お客様は毎度お馴染みのへの字口を見せ、照れ臭さそうに目を逸らした。

そんな中、二人は先程の険悪な雰囲気とは打って変わり、何事も無かったかのように普通の調子に戻っていた。特に男性は、あれだけ叱責されていたにも関わらず、雲行き一つ変わりなく、いつものように存在感を消してお客様の隣に佇んでいる。
私はその光景を目にしながら二人の関係性を再び考え、一人首を傾げていた。

恋愛感情がそこに存在するとすれば、あんなに人前で叱責されれば、男性はプライドが傷付き逆切れしてもおかしくない。
それとも大人な男性は、そんなことなど気にしないのだろうか…
自分の経験値で測ってみたが全く想像がつかない。どのような関係であればこのような状態になるのか、はたまた、皆目見当がつかなくなった。

それから数ヶ月後のこと…

お客様は、これまで購入してくれた商品は必ずと言っていいほど次の開催で着けて来てくれていた。
しかし、その日は商品を着けて来なかった。それどころか、指輪の一本も着けていない。日常的にジュエリーを身に付けているお客様からは〝忘れた〟と言うことは想像しにくい。

「◯◯様、いらっしゃいませ。あら?本日はどうなさったんですか?珍しくジュエリーをお着けじゃありませんね?」

第一声から態とらしくジュエリーの話題に触れられるようになるとは、私の肝も少しは据わって来たのだろう…
その声が聞こえたはずのお客様は、一旦、遠くを見るような仕草をした後、

「無くなったのよ…」

と、こちらが聞き取れないくらいの小さな声で答えた。

「え?何がですか⁇」

その答えの意味が理解出来ず、私は今一度聞き直した。

「だから、無いのよ。指輪もネックレスも…家に置いてたのぜーんぶ!!」

はぁ⁈

お客様には何度も驚かされたが、今回ばかりは心臓の鼓動がバクバクと激しく高鳴り鳴り止まない。

「先日購入していただいたペンダントもですか?まさか、うちのジュエリー全部じゃないですよね⁉︎」

あまりの衝撃に興奮し、お客様を気遣うどころか尋問のように捲し立てて聞いてしまった私。
ところがお客様は、そんなことは御構い無しと言う感じで落ち着き払い、

「最近買ったのとか、使っていたものよ。貸金庫に入れてあるものはあるんじゃない?」

と、言った。
先日購入してもらったペンダントの金額を知っている私はその態度に拍子抜けした後、〝全部じゃなくて良かったですね〟と言うのもどうかと躊躇い、お客様の表情をもう一度確認した上で、

「空き巣ですか?」

と、恐る恐る聞いてみた。

「それがジュエリーだけなのよ。不思議でしょう?」

それだけの金額の物が無くなったにも関わらず、平然としているお客様の方が私にとっては不思議であったが、

「お家の中の違う場所にあるなんてことはないんですよね?」

最後の頼みの綱のようなつもりで尋ねてみた。

「置いてある場所は決まっているからそこに無ければもう無いわ。だから、宝石はもう買わないからね!買ったって無くなるし、どうせ火葬の時に入れてもらうだけなんだから!!死んだ後、誰かお墓に飾ってでもくれるかね⁉︎」

えーー⁉︎

矛先が突然こちらに向いた為、私は目を剥きそうになったが、最後の〝お墓に飾る〟と言う言葉をキャッチし、男性の方をちらりと見てみた。
親近者ならば、生前の戯言に対して何かしらの反応が見られるのではないかと思ったからだ。たが、男性は何処を見ているのかその視線は、お客様と私の方には向いていなかった…


それから間もなくして、お客様とは健康食品仲間である顧客様が遊びに来た。

「ねぇ?聞いた⁇◯◯さんジュエリー全部無くなったの…あれさ、あの男の人怪しいと思わない?」

唐突にそんな会話を振られ、返答に困った私。

「あの男性は◯◯様とはどのようなご関係なのですか?」

随分と気になっていたことだか、本人以外には意外とあっさりと聞けてしまった。

「不整脈で病院にかかっているでしょう?あれって突然死することもあるって言うじゃない。そんな話を聞いてからかな…〝元々、足が悪くて思うように行動出来なくて人に迷惑かけてるのに、死ぬ時まで迷惑かけたくないわー〟とか言い出して…
気がついたら暇なオジさん見つけて雇ってるんだもん。見守り役じゃないのよ。死ぬ時の見張り役!本当、変わった人よねー」

顧客様の話とこれまで二人が見せてきた態度を重ね合わせると、その関係性が大いに納得出来た。私は〝ボディガード〟と言う言葉に反応した時のお客様の表情を思い出した。心の中で〝惜しい!〟とでも思ったのだろうか…
それにしても、自分を守る為の見守り役ではなく、死に行く時の為の見張り役とは…
勇ましいのか淡白なのか…
それとも、歳を重ねればそんな感覚にもなってくるのか?
何とも言い難い気持ちに襲われた私は、疼いた胸をギュと押さえた。


その後、二人の関係性を知った私は、来店時にお客様に気付かれないよう男性に向かって、

「健康食品に通ってらっしゃる顧客様に、お二人のご関係性を聞いてしまいました。
お客様が居てくださることで◯◯様がどれだけ安心なさっていらっしゃることか…
中々お受け出来ることではありませんよね。凄いことだと思います!本当、頭が下がります。最近、ジュエリーが無くなるなど、バッグの件もそうですがご心配事が多いように感じますので、私なんかが言うのも何ですが、◯◯様のこと宜しくお願い致します」

差し出がましいのは十二分に承知の上で、そう言った。正確には、遠回しに伝えたかったことを伝えたのだ。
人を無闇に疑うことは間違っていると思う。しかし、お客様の身の回りでこれだけ立て続けに起こる不可解な出来事に対し、その存在を疑いたくなるのは何も顧客様だけに限らなかった。
もし仮にその想像が当たっていたとしたら、〝不可解な出来事が続いていると思っている〟そんな他者の存在を知らせるだけでも抑制出来る可能性があるのではないかと思ったからだ。

男性は私の吐いた言葉そのものを純粋に受け取り、自分の存在価値を認められ気を良くしたのか、

「あの人と付き合うの本当大変なんだよ。
私は何かあった時に決められたところに知らせる役目だから、出掛けた時に付いて歩くだけなんだけどね。仕事にしてみたら楽なもんだよ」

と、眉間に皺を寄せて如何にも大変そうな表情を作った後、その役割を明確に教えてくれた。

そうだったんだ…

顧客様から話を聞いた時は胸が痛んだが、そのうち〝面白いことを考え付くもんだ〟と、お客様の考え方自体に共感を持つようになっていた私は、当人から真実を聞いても動じることはなかった。


それから更に数ヶ月後…
毎回のように来店してくれていたお客様がぴたりと来なくなった。

「ねえ?◯◯さん亡くなったの知ってる?」

それは突然のことだった。
知らせてくれたのは、健康食品仲間の別の顧客様だ。

「知りません!いつですか!?」

心臓が跳ね上がり、出した声の調整が取れず大声を出してしまった。

「3日前よ。昨日、お葬式に行って来たのよ…」

えっ……

「不整脈の病気が関係してるんですか?」

私が尋ねると、

「詳しいことは分からないけど、倒れて病院に運ばれた後、直ぐだったらしいよ。家で倒れたから息子さんが救急車呼んだって言ってたけど…」

えっ⁉︎

今度は、息子さんがいたことに驚いた私。

「◯◯様って、息子さんがいらっしゃったんですか?」

そう尋ねると、

「私も知らなかったのよ。立派に喪主を務めてたわよー。40代くらいかなぁ。
まだ、若い方だった」

お客様が亡くなられたと言うショッキングな出来事と、息子さんが居たと言う事実で私の頭の中はかなり混乱していた。
その最中にも関わらずふと、
〝棺の中にジュエリーは入れてもらえたのだろうか?〟そんなことが頭をよぎった。

その方がお帰りになった後、偶然にも、お客様と男性の関係性を話してくれた顧客様が来店された。

「◯◯様がお亡くなりになられたのご存知ですか?」

少しの会話をした後、通常であればお客様のプライベートに立ち入るつもりのない私だか、その日は勝手に口が動いていた。

「えっ⁉︎知らない。いつ?」

顧客様は、目を見開いて尋ねた。

「3日前だそうです。昨日がお葬式だったそうで…」

私が言うと、

「そうなんだ。明日にでもお線香上げに行ってくるわ。教えてくれてありがとう!」

そう言うと、顧客様は踵を返し颯爽と帰って行かれた。
仕事で売り場に立っているはずの私。
商売を他所に、一体何をやっているのだろう…

次の日
顧客様は本当にお客様へお線香を上げに行かれ、その帰りに売り場に寄ってくれた。

「◯◯さんのところ行って来たわよ。あの息子さんが喪主を務めたって聞いて驚いたわよ。あの子、ずっと引きこもりで外に全く出ないから、◯◯さんそればかりを気にしていたのよ。いつも…もう10年くらい引きこもってるって言ってた。だから、自分に何かあっても家族に頼れないだろうから、他人に頼るしかないって。親が思うより、子はしっかりしてるってことなのかねー?そして更に驚いたのが、遺骨の横にジュエリーが置いてあったのよ!◯◯さん、浮かばれるわねー。なんだか感動しちゃったわ…」

それを聞いた私。
お客様が亡くなった悲しみよりも、心を包み込む温かいものの大きさを感じ、自分の気持ちに戸惑いを隠せなかった。
その日、お客様の話を聴かせてくれた後、顧客様は急に商品を見始めたかと思ったら、気に入ったものを見つけ購入してくれた。
旅立たれたお客様が天国から応援をしてくれたのだろうか…

こうして最後まで、強烈なインパクトを残して旅立たれたお客様。

私が仕事や人生のその先までを考えるようになった様々な場面。
そのお客様の姿や表情は、今でも私の中で輝き続けている…


残された息子さんがお母様が他界されたことで何かに気付き、自分の人生の日々を大切に歩まれていることを切に願う。


〜vol.5 終わり〜










百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!