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vol.4 専属販売員

次の展示会

おっ⁈

お客様の来店をそわそわしながら待っていた私は、静かに歩み寄って来たお客様を見て心が踊った。胸元でゆらゆらと揺れているものがいつもと違う…
その日のお客様は、琥珀のペンダントを着けて来店されたのだった。

「今日は、素敵な琥珀のペンダントをお着けですね!とても良くお似合いです」

私が言うと、

「昔の物を引っ張り出して着けてみたんです」

と、お客様。

「まぁ、それにしても立派な琥珀。デザインもとてもお洒落です。◯◯様はセンスが良いので、素敵なジュエリーをたくさんお持ちなんでしょうね。宝石は、古い、新しいを関係なく楽しめるので良いんですよねー」

そう言いつつ、納品予定だったルビーの指輪を手元に持って来た。
フクロウのペンダントを着けていないことには敢えて触れなかった。

「大変お待たせ致しました。おサイズ直しが出来上がっております。お着けさせていただきますね」

私はお客様の左手を手に取り、薬指に指輪をはめた。それから、はめた手を胸元に持っていき鏡に写した。

「とっても良くお似合いです!色白の肌にルビーが映えますね!素敵…素敵です!」

気がつくと、日頃の接客のように身振り手振りで感動を表現していた。
お客様は、胸元に手を充てたまま静止している。どう反応したらいいのか戸惑っているのだろう…
それを見て我に返った私は、再び指輪を着けた手に触れ、

「お着け心地…如何ですか?」

と、尋ねた。
するとお客様は、

「はい…収まりも良いみたいです。そんなに似合ってますか?」

と、確かめるような言葉を返した。
その返答がやけに嬉しく、調子に乗った私は、

「はい!めちゃめちゃ似合ってます!!
あ…あまりにお似合いなられていらっしゃるので、若者言葉を使ってしまいました〜」

と、慌てた振りをして戯けてみせた。

「まぁ!  ふふふ…」

お客様は晴れやかな日差しのように、いつもよりも朗らかに笑ってくれた。

その日、納品する指輪とセットになるルビーのペンダントを提案しようと準備していた。
フクロウのペンダントにもルビーが入っていたが、これから購入した指輪を着けると考えれば、お揃いのペンダントを着けた方がより楽しめるだろう…そう思ったのだ。
御守りとしているペンダントを肌身から離す提案をすることは、お客様の自分を守ろうとする考えを否定するようでマイナスに思われる可能性もある。逆に、外す意思表示をされた時は、気持ちに変化が表れたのだと考えられる。
どちらにせよ、心の繊細な部分に触れるようなこの挑戦は、一か八かの賭けでもあった。

宝石がお客様の力になればいいのに…

指輪を着けることを受け入れてくれたその時から、私は本気でそう思っていた。

すると…
御守りは既に胸元には無かった。

お客様は自力で一歩を踏み出していたのだ。


その姿を目の当たりにし、喜ばないわけはない。弾む気持ちのままペンダントを手に取ると、

「◯◯様、今日はこのリングと全く同じデザインのペンダントをお持ちしたんです。ちょっと覗いて見てください」

私はそう言って、例の如く拡大鏡をペンダントトップの上に被せ、お客様の目元に近づけた。

「ね!同じデザインなんですよ。凄いでしょう?」

と、同じデザインであることを強調しながら、今度はお客様の左指に着いている指輪の上に拡大鏡を移動し、お客様の指を目元に持っていった。
すると、

「あらま、本当ね!」

と、お客様は態とらしく驚いて見せた。
それから、作品の素晴らしさを語りつつ、ペンダントをお客様の首に掛けた。
想像通り、スタイルでジュエリーを着けたお客様の姿は、目を見張るほど美しかった。
チェーンは、お客様に相応しい丈夫なデザインで長さは60cmを準備していた。
しかも、今度のチェーンは長さが伸び縮みする優れものだ。
自慢気に話すような説明を、お客様は鏡の前に佇み静かに聞いてくれている。
ひと通り話終え、感想を尋ねようと思っていた矢先だった。
突然、

「似合ってる?」

と、お客様に尋ねられた。

ん?

私は意表を突かれ驚いたが、

「もちろんです。私が◯◯様に似合われないものお薦めすると思います?」

と、逆に尋ね返した。
するとお客様。

「ふふふ…あなたも上手ねぇ。お揃いのペンダントじゃ断りようがないじゃない」

そう言って、またもやくすくすと笑った。
結局、お揃いのペンダントも一緒に購入してくれたお客様。
帰りには琥珀のペンダントを外して、購入したルビーのペンダントと指輪を着けて行かれた。

それ以来、お客様はフクロウのペンダントをお留守番させ、これまで持っていたペンダントなどを着けては来店し、披露してくれた。
私の方はと言うと、似合いそうな指輪を見繕っては提案した。そのうち、オーダーで作ることを選択されたお客様。
自分の為だけに作ってもらえることに喜びを感じているようだった。

お客様は、私達が出店する展示会には全て参加してくれた。
時が経つに連れて一社での展示会が多くなってくると、お茶のサービスや座っての商談が出来るようになった。
その頃から、私はお客様が来店されると入口まで迎えに行き、手を添えて会場内に案内するようになっていた。
お客様は私が一声を放つと手を挙げて笑顔で微笑み、その場で迎えに来るのを待つようになった。

そこで迎えた年末のビッグプロジェクト…初めての場所に辿り着けるかが心配で、会場内から度々入り口を確認していると、ゆっくりと歩いて来るお客様の姿が見えた。
私は飛んで迎えに行き、VIPブースへと案内した。大勢が行き交う会場内より声が通ることと、落ち着いて話しが出来た方がお客様が安心できると思ったからだ。
お客様を誘導した後、お薦め商品を取りに展示会場に行くと、

「会場内のことは◯◯様が帰るまで僕が見てるから気にしなくて良いよ。◯◯様は、自分じゃなきゃ無理でしょ?」

突然、副社長から引き止められてそう言われた。
私は、〝そんなことないんじゃない?〟と首を傾げ、〝どうせ集中しろって言いたいんでしょ?〟などと思いながら、品物を手にしてVIPルームに戻った。
結局、言われた通りゆっくりとお客様と時を過ごすことが出来た。
その結果、お客様は会場内で一番高い買い物をしてくれたのだった。

それから時が過ぎても変わらず、小さな拡大鏡を手に持ちつつ、お客様とのやり取りは続いていた。
そのうち、お客様は拡大鏡で見せても上の空で覗いているような状態になった。
それよりも、私が身振り手振りで表現しているのを聞いている時間の方が長くなったようだった。
広がる会話と笑い声…
まるで、〝見えていない〟と言う境界線が二人の間には存在していないかのようになっていた。


ある時

その頃入社した男性スタッフが接客している最中のことだった。
手元を見た私は、目を見開いて立ち止まった。そのスタッフは、私とお客様のツールである〝ハートスコープ〟を持ち出し、他のお客様へ商品を見せていたのだ。
お客様とスタッフは楽しそうに会話を重ね、買い上げが決まった。
予想だにしなかった彼の行動を見て、

「何故、あれで見せたの?」

と、私は疑問を口にした。

「お客様が見えないって言うんで、◯◯様にしているように真似してみたら、良く見えるって喜ばれて…」

と、スタッフ。
それからと言うもの、他のスタッフも拡大鏡を使って接客するような場面に度々出会すようになった。
驚いたことに、決定率が上がると言う結果までもたらされた。
商品を細かいところまで見てもらい説明すると言う作業は、何も目の不自由なお客様に限ってのことではなかったのだ。
お客様と出会わなければ、見えている(伝わっている)前提で商品説明を延々と繰り返す、自己満足の接客をやり続けていたかもしれない…
そう思った。

そんな中、私は年末のビッグプロジェクトで副社長に言われた言葉が気になって、頭から離れなかった。
本来、企業で商売をしている以上、そのお客様が一人の販売スタッフからしか物を買わないと言う状態は避けたいことだ。
ましてや、私はそうならないようにスタッフを教育する立場にあった。

このままでは駄目だ…

そう思った私は、その日来店されたお客様に、違うスタッフを接客に付けようとお出迎えに行かせた。

「◯◯様、いらっしゃいませ」

いつもの私と同じように、明るく声をかけたスタッフ。
が、お客様は聞こえなかったかのように微動すらしない。スタッフは私の方を向き、困った顔を見せた。
私はスタッフに片手で謝るポーズをし、売り場に戻るよう手招きをした。
そして何事も無かったかのように、もう一度声を掛けなおしてみた。
すると、お客様は声のした方に向き直り、手を挙げて反応してくれた。

なるほど…


私はその時、見えないお客様にとって、声が認識出来ないと言うことは、自分にかけられた声かどうかを判断しかねると言うことなのだと理解した。

私以外は駄目ってこと?

頭の中でお客様との出会いの場面から順を追ってみた。
どう考えても、他の誰かを接客に付けて買い上げまで至るには、かなりの時間を要することが容易に想像出来た。

徐々に増え続ける顧客数… 

その頃から現場責任者である私には、一人のお客様だけに長く費やす時間がなくなりつつあった。

私は新たな課題に直面していたことに、ここでやっと気がついたのだった…


〜続く〜















百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!