見出し画像

寝れるカモミール 14

「え、知らない車ってなに?どこで?いつ?」
「2回あるよ」
「え?!」

「小学生の時1回、大人になってから1回」
「え、小学生???」

「うん、あれは元大女優の子どもって難儀〜〜〜って感じのやつだった」

驚愕です。

そんなことがあったなんて。
小さい頃はずっと一緒にいたつもりだったのに、全く知りませんでした。

「知らなかった」
「うん、初めて人に言った」
「え?!」
「なんか、今、言いたくなった」

リイさんにかなりの資産があることも、それ相応の人気があったこともなんとなくわかっていましたが、私たちが産まれる前の昔話みたいに思っていました。現に引退してからは世に出てなかったし、そもそも活躍の場も海外だったし。そんな昔話が自分たちに影響を及ぼすことがあるなんて。でも考えてみれば、影響がない方がおかしいのかもしれません。

「2回目は自業自得!まあなんてことなかったよ」
「え、なんてことないなんてある?」
「うん、あった。あ、1回目はみんなに内緒ね、みんなにとっては、2回目しかないから、2回目が1回目ってことで!」
「うん?あ、わかった」

わかった。わかったけど。詳細が気になります。1回目も2回目も。
でも、話したかったら話すだろうし、今は聞かない方が良さそう。聞いたら絶対教えてくれるし、かなり気になるけど、ここまでにした方が良さそうです。だってなんてことなかったって言っているし、現に今こうして私の前にいるライはとても元気です。
でもちょっと思い出してみて、記憶の中の小学生ライもいつも元気そうでした。だとすれば、今の元気そうなライは?本当じゃないのでは?でも、それも決めつけです。元気じゃないかもしれないから聞いた方がいいなんて。聞くことを正当化しようとしています。私よ、好奇心に負けないでください。話したくなったら話してくれるはずだから、自分から話すよう求めないで。ただ、ただ、内緒にすればいいんです。うん、私とライだけの秘密って悪くない。むしろとってもいい感じ。2人だけの秘密はたくさんあった気がするけど、どんどん記憶が薄れています。でも過去よりも今。そう、今が一番大事って知っているでしょ。

「もしもし」

「え?」

考え事をしているうちにライが誰かと電話しています

「え?かけたの?」
そう聞くと、ライがニヤつきながら首を縦に降っています。

マジかよ。
え?かけてどうするつもりなんでしょうか?
スピーカー!スピーカーにして、とジェスチャーで訴えてみるも、ライは「今これ壊れててスピーカーできないから、こっちきて」とコソコソ言って、電話の反対側に耳をつけるようジェスチャーを返してきました。

「・・・・・・っ・・・・・・・ょ」

聞こえません。
誰かが喋っているのはなんとなくわかりますが、全く聞き取れません。

「あ、友人からもらったものの中に名刺があって」

ライが電話の相手に言っています。

そうこうしているうちに、リイさんとシタさんが帰ってきました。

「電話中?」

ライは、首を縦に振ってから、席を立ちました。私もついて行こうと立ち上がるも、席にいるよう制止され、なぜだか従ってしまいました。

「なに?あの子電話?」
「うん、なんかそうみたいです」
「へー、あ!この花椒美味しいよ」

リイさんに花椒を渡されます。そういえば、まだ一口も食べていなかった豆腐祭り。花椒を振ってから麻婆豆腐を一口食べてみると、舌がビビッと痺れます。お腹が減っていたのでしょうか。甘いタレが絡んだ豆腐ハンバーグにも手を伸ばし、白米を頬張ります。ゴーヤチャンプルの苦味で口をリセットしてから、スンドゥブを一口。うん、ゴーヤの後のスンドゥブはちょっと違ったみたいです。舌が慣れるまでスンドゥブを食べ続けます。白米が進むピリ辛加減。

「いい食べっぷりで安心したわ」

リイさんが言います。
私は、口を動かしたまま笑顔で頷き、豆腐サラダにも手を伸ばします。ライが席を立ったのは、きっと電話の相手を知られたくないからでしょう。うまく、知られたくない理由が言語化できませんが、なんとなく、ライのことがわかりました。そして、私は嘘をつくのが下手なので、ライの電話相手についてなにも質問されないよう、口を咀嚼専用機にして、ひたすら豆腐祭りを続けます。

すると、ライからメールがきました。

「明日、会う約束とりつけたよん、日曜だから平気だよね?」

拍手。

全国の書店を回って辞書の「行動力」の欄に「ライの生き様」と付け足したい。ああ、怖すぎます。全然行きたくないけど、ライを一人で行かせるわけにはいかなし、ライに行かない選択肢はなさそうだし。明日が平日だったなら!

何事もなかったかのように席に戻ってきたライは、2人にバレないよう、こっそりと私に向かってファイティングポーズを作っています。

戦う気はないけれど。
まぜそば屋さんについて何かわかる可能性がないわけじゃないなら。

一縷の期待をこめて、弱々しく握り拳を返しました。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?