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苦離数増す / 自作ショート・ショート

「しかしあれだな。24日のシフトっていっつもこうだよな」

 人事部の佐藤は部下の児玉に向かって苦笑しながら話しかけた。

「やっぱり女子にとって、24日の夜に予定がないってのは体裁が悪いのかね?」

「そうなんじゃないんですか、やっぱり。女の子にとって記念日って大事なものですよ、課長」

児玉は、世間ではアラフィフと呼ばれる年代。子供はもう高校生になる。長女から、クリスマスの週末、友達の家でパーティーやるから泊まっていいかと尋ねられ、家族で過ごすクリスマスがもう子供にとってはあまり楽しくないのだということに気がつき愕然としたのは、つい先日の事だった。

「彼氏とか、いそうな感じじゃない子が、断固、拒否するんだもんな。参るよ」

「だからなおさらそうなんじゃないんですか。私も若いころはそうでしたから。わざとイブの次の日に前の日と同じ服で出社して、お泊まりを自慢げにアピールしてた子もいましたよ」

「そこまでするんだ。やっぱりそんなもんかなあ。女って大変だなあ」

佐藤は頭をかいて、イルミネーションがきらめきはじめた外の道路を見下ろした。ふと、向かいのビルの下が騒然としているのに気がついた。目を凝らして見ると、血まみれの体が変な折れ曲がり方をして横たわっており、周りに人がどんどん集まっている。

「児玉さん大変だ。あれ、自殺じゃない」

 児玉も駆け寄って窓の外を見下ろし、そして息を飲んだ。そしてすぐに目を伏せた。

「すまんすまん。つい驚いて声をかけてしまって。嫌なもの見せたね」

 佐藤はすぐに配慮が足りなかった事に気がついて児玉に詫びた。

「いえ、大丈夫です」

 すぐに救急車やパトカーの音が響き始め、それを聞きながら二人はしばらく沈黙した。パソコンのブーンという音が室内に響いている。

「この時期って、一番自殺が多い時期らしいんです」

 児玉がふと、話し始めた。

「そうなんだ。それは知らなかった。またどうして?」

「みんながクリスマスだ、正月だって騒いでいる時に、一人でいなきゃいけない人が淋しさに耐えきれなくなって衝動的に自殺するらしいんです。特に水商売や風俗で働いている女の子に多いらしくて」

 児玉の話に、人事の仕事に携わる人間として自然の興味を抱いて、佐藤は頷いた。

「そうなんだ。自分なんか学生の頃は、モテない野郎ばかり集まって麻雀やってたもんだけどな」

「男の人と違って、特に家族と疎遠だったりする女の子は、彼氏いないとやっぱり淋しいと思いますよ。みんなが楽しそうにしている姿が強調されるクリスマスや、家族が強調されるお正月なんかは特に」

「そうだよなあ」

 佐藤は人事部の人間として、社内での配慮をすべきかもしれないと考え、児玉は思春期を迎えた娘の将来を少し案じて、また、沈黙する。

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