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あの頃はこわいものなんてなかったのかも知れない

少し昔話になってしまうが、私にとって最も印象的な旅の話をしたいと思う。

舞台は四国。
当時の私は京都に住む二十歳になりたての大学生だった。史跡や神社仏閣を巡るのが好きだった私は、前々から一度四国に旅行に行きたいと思っていた。時は折しも大河ドラマ「龍馬伝」「坂の上の雲」が放送されていた頃である。愛媛や高知は私の中で最も熱いスポットのひとつだった。

夏休みに、サークルの合宿で小豆島に行くことが決まっていた。
小豆島は瀬戸内海・播磨灘にある島である。
私はふと、チャンスだ!と思った。そうだ、四国、行こう。

行きたい場所をリストアップし、宿泊の予定を立てて調整し、交通機関を調べた。
合宿の幹事に「帰りは自分だけ現地解散をさせてほしい」と頼んでおき、皆がわいわいと関西に帰っていく中、私は一人方向を違え、四国へ向かうフェリーに乗り込んだのである。

最初に向かったのは香川県さぬき市。
母の文通友達の家という、今思えばなんとも微妙な関係の人の家に泊めてもらうことになっていた。(なお、その方には私と年齢の近い娘さんがいて、私と彼女もまた文通友達だった)
我が母ですら直接会ったのことない初対面の人の家に、私は一泊させてもらったのである。よくそんなこと頼んだな…。
しかしとても暖かく迎えてもらった。家で出してもらったうどんがとても美味しかったのをよく覚えている。

一泊の後、次に向かったのは愛媛県松山市である。
そこにはまた、別の友人が待っていた。今度は中学時代にインターネットで(懐かしき個人サイトの時代に)出会った同い年の友人だが、彼女も関西に進学していたので既に何度も会っている気心の知れた仲だった。その友人の実家が伊予市だったので、松山観光後、泊めてほしいと頼んでいたのだ。

一人で少しミュージアムや城址を見て回った後、友人と合流。
友人は成人式の前撮り直後の派手な頭のまま、一緒に史跡巡りをした。
道後温泉にも行った。風呂場が、芋を洗うようという表現がぴったりなほど混み合っていたのは少々疲れたが、歴史ある場所を体験出来て楽しかったのを覚えている。
翌日は友人のご両親が観光に連れて行ってくれた。しまなみ海道を大いに楽しみ、地元静岡とは趣の違う海鮮丼に驚きつつも舌鼓をうち、楽しい一日を過ごさせてもらったのだった。

そして最後は一人でバスに乗り高知へ向かった。
駅にほど近いホテルに荷物を預け、初日は桂浜など有名どころを散策。

夜は、下調べもせずふらりと近くの小さな居酒屋に入った。
今思えば二十歳になったばかりの大学生がかなり大胆な行動である。観光客が行きそうな構えの店では決してなかった。
そわそわしつつカウンターに座ったところ、やはり若い女性の一人客は珍しかったのか、隣に座っていた中年女性がすぐに話しかけてきた。
彼女もまた一人飲みで、話を聞くとこの店の常連らしい。ボトルキープもしていて、店主とも仲の良さそうな気のいいおばちゃんだった。
結果として、彼女の隣に座ったのは非常に楽しい体験となった。
おすすめのつまみや酒を教えてもらい、時に少しおすそ分けまでもらいながら楽しく飲んだ。旅行だと話すと「やっぱり龍馬伝の影響?」なんて話から、大河ドラマや土佐の歴史の話になった。大河ドラマの土佐弁は地元民からするとちょっと気になるよ〜、などという話を聞くのも何だか新鮮で、私もよく笑っていたと思う。
帰り際、女性が「そうだ、これあげる」と差し出したのは、駅前の大河ドラマ館の招待券だった。ありがたく頂いて、その日はホテルで爆睡した。

翌日は朝からやや遠出をしてマニアックな場所を巡った。
バスに乗ったが、時間帯のせいなのか場所のせいなのか、最初から最後まで私一人しか乗客がいなかったような場所だ。不安になりながらもついた神社はあまりにおんぼろで、せめてもの気持ちで賽銭箱に少し多めにお金を入れて帰るなどしたのを覚えている。
その後もいくつか目的にしていた史跡を巡り、ふらりと見かけた神社や寺を覗き、ホテルにもう一泊。
最終日は、居酒屋でおばちゃんにもらったチケットで大河ドラマ館を覗いてから帰りの電車に乗った。

実に充実した数日間であった。
人との出会いも、見たものも、食べたものも、何もかもが面白かった。
大学生の夏休みだからこそ出来た旅行である。それは精神的にも体力的にも言えることで、今だったら同じ場所に行っても同じ体験はできないだろう。

気軽に旅行がしづらい身となった今でも、この記憶はいつも私に「旅とは楽しいものだ」と思い出させてくれる。
いつかまた、こんな気持ちになる旅をしたいものである。


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