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【第十三回】チャップリンが生きた道~モダン・タイムス編①~

「街の灯(1931)」の次に製作された映画「モダン・タイムス(1936)」は初めてチャップリンの声が披露されたパート・トーキー映画である。

「モダン・タイムス(1936)」ポスター

ただし、セリフはごく一部で、本編のほとんどは音楽と効果音である。すでにトーキー映画が主流だったため時代遅れと言われたが、後に「黄金狂時代」「街の灯」に匹敵するほどの傑作映画と呼ばれている。


さて、本作の最大のテーマは「資本主義社会」「機械文明」への鋭い社会風刺である。


チャップリンは1931年から18ヶ月に及ぶ世界旅行をきっかけに大恐慌の悲惨な状況、自動化による社会的影響の不安を感じた。

チャップリンは俳優、映画監督、コメディアンでありながら世界情勢へ強い関心を持つようになり、1931年のインタビューでは「失業は重要な問題だ。機械は人類に利益をもたらすべきだ。それが悲劇を引き起こしたり、仕事を失ったりするべきではない。」と語っている。

世界旅行による社会問題への不安と、ガンジーの理念である「失業者を出すような機械の罪悪を否定しているのであり、機械そのものを否定しているのではない」という言葉からモダン・タイムスの着想を得たと言われている。



本作「モダン・タイムス」は、羊の群れから労働者の群れに代わるシーンから始まる。白い羊の群れのなかでひときわ目立つ黒い羊が紛れ込んでいる。

この黒い羊とは、社会に馴染めないチャップリン自身を表している。

次にチャップリンが働く製鉄工場へと場面が変わる。

製鉄工場ではベルトコンベアーから流れてくる部品のナットを、ひたすらスパナで締めるという単純作業を行っている。常にモニターで監視されているため煙草休憩もバレてしまう。なかなかのブラック工場である。

そして、食事時間短縮のため給食マシーンの実験台となりめちゃくちゃにされ、さらには過酷な単純作業により精神に異常をきたし病院送りとなってしまう。

病気から回復して退院したチャップリンは、通りかかった車から落ちた赤旗を拾う。持ち主に返そうとするが、赤旗を掲げたまま共産主義のデモに誤って参加してしまい逮捕される。

刑務所内では密輸されたコカインを塩だと勘違いして摂取してハイな状態となり、意図せずに独房から逃れた。ハイな状態から目覚めたチャップリンが独房に戻ろうとしたとき、脱獄しようとしていた囚人に遭遇する。囚人たちを次々と倒したチャップリンは英雄となり釈放となる。

ここまでが冒頭30分前後のエピソードで、「これでもか!!!」という勢いでさまざまな社会問題を詰め込んできている。


本作は機械文明というテーマを取り扱っていることから、セットも大掛かりである。チャップリンが精神的におかしくなってしまい、機械の歯車に飲み込まれるシーンを初めて観たときは感銘を受けた。

機械の歯車に飲み込まれるチャップリン

現実でこんなことが起きると危険だが、子どもから大人まで大声を出して笑ってしまうくらいコミカルに描かれている。もちろんCGなどない時代なので、すべてがリアルに作られている。

チャップリンが歯車に巻き込まれるシーンは十数秒とわずかな時間だが、「無機質な機械に振り回される人間」を見事に具現化している。


これまでのチャップリン映画にはない大掛かりなセットだけでも挑戦的と言えるが、チャップリン本人の声を初披露した作品ということも忘れてはならない。

チャップリンはキャバレーで、即興のインチキ外国語の歌「ティティーナ」を披露した。

このシーンは作品の終盤あたりで披露されており、まるでチャップリンからのサプライズのような演出である。


前作「街の灯」の時点で「サイレント映画は時代遅れ」と言われていたが、引き続き本作でもサイレント形式を継続している。これはチャップリン自身がトーキー映画に対する抵抗感が強く、「芸術性を損なう」という考えがあったためだ。

また、チャップリンはサイレント映画で数々の傑作を生み出した張本人だ。トーキー映画に移行して「うまく成功するのか」「これまでのチャップリン像を壊してしまうのでは」などの葛藤や恐怖心はあっただろう。

私はサイレント映画を作り続ける決心をした…もともと私はパントマイム役者だった。そのかぎりでは誰にもできないものを持っていたつもりだし、心にもない謙遜など抜きにして言えば、名人というくらいの自信はあった。
チャールズ・チャップリン、 トーキーに対する自身の姿勢[169]

引用:チャールズ・チャップリン|Wikipedia

本来であればモダン・タイムスはトーキー映画として製作される予定だったため、アーカイブでは途中までセリフも用意されていたことが確認されている。

しかし、製作途中で不満を感じたためセリフ入りの撮影は中止となり、サイレント映画に変更された。

完全なトーキー映画ではなくなったが新しい試みを行った。

その試みとはインチキ外国語で歌うシーンと、お腹が鳴り気まずくなるシーンである。

トーキー映画に抵抗があったものの、音に対する興味あったことは間違いない。お腹が鳴るシーンの効果音は、水の入ったバケツに泡を吹き込んで音を作っている。


モダン・タイムス公開当時は「時代遅れ」と言われたが、チャップリンなりのトーキー映画への歩み寄りだった。


Pantomime is so fascinating. It was an expression of poetry to me. Comic poetry.
パントマイムはとても魅力的です。それは私にとって詩の表現だった。喜劇詩。

チャールズ・チャップリン


ー続く


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