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仕事のギャップ

従業員約14万人の企業から30人のスタートアップに転職して2年。仕事をするうえで一番ギャップがあったのは「仕事の断り方」だ。

入社したての時、上司から言われた言葉は今でもよく思い出す。

「疑問があったり、わからないことはいつでも言ってこい。でも決まってしまったら、納得がいかなくても黙ってやるしかない」

転職前は、話したことも無い役員からの指示が、何階層にも続く幹部社員へと順々に降りてきて、末端の社員に届いていた。大きな案件になればなるほど私たち平社員に拒否権は無い。一度、明らかに無理なスケジュールで仕事を進めなくてはいけなくなった時、先輩と一緒に「どう考えても無理だ」と上司へ申し出たことがあった。

上司だって無理なことはなんとなくわかる。けれど"わからない人"が決めていることに従わなくてはいけない。

「無理だったら、どうして無理なのか説明する必要がある。これより優先する仕事はどのくらい重要なのか。合わせていつできるかスケジュールも必要だ」

結局その仕事については、論理的に「無理である」説明ができず、先輩と膨大な残業をしてなんとかやり遂げた。それが良いか悪いかはわからないけれど、特に相手の要望を断るときは「相手が納得できるよう、論理的に(できれば数字も使って)説明する必要がある」と当たり前のように思っている。それが仕事をするうえで常識だと、知らないうちに固定概念を持っていたことに転職をして初めて気づいた。

30人規模の会社に移ってからは、そもそも「話したことも無い役員」なんて人は存在しなくなった。みんな年も近く、相談もしやすければ意見も言いやすい。とてもフラットな環境で働けている。

けれどそのフラットさゆえに、「できないこと」や「嫌なこと」があると、すぐにハッキリと言える点でかなりギャップを感じた。前述のようにどこからともなく指示が下りてくることが無いので、指示をした人に直接モノ申せるのだ。

さらに、その人も普段身近で働いている人。物理的に時間がないとか、人が足りないとか言う時には、「時間がない」「人が足りない」と言うだけでなんとなく伝わるし、「あまりやりたくないな」と思うことには、「やる意味がわからない」と伝えることもできる(これは、やる意味を伝えられないことにもちょっと問題かもしれないけれど)。

みんなが近い存在で働いているから、"言わなくてもわかる"雰囲気があるから、わざわざ改めて説明する必要もなくなっているのだろう。けれど結局、"どのくらい"時間が無いのかとか、"あと何人"人がいればいいのかとかがわからなくて、次の打開策が打てず困ってしまう現象も起きている。

「No」の表現はとても強い。無理だ、嫌だ、と言われてしまうと、提案側も傷ついてしまう。どんなにたくさんコミュニケーションを取っていても、人と人はすべて理解し合えないのだから、相手に少しでも理解してもらえるよう、客観的事実を伝えつつ、最後はどんな手段ならできるかを提案したい。


……ここまで書いて、ふと思い出した。これはきっと、「アサーション」なるもの。グループワークや座学を通して、入社研修で習ったものだ。あの頃はよくわからなかったけれど、社会人の必要スキルを学ばせてもらってたんだなぁ。


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