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私を私にしてくれた場所〜はじめて借りたあの部屋〜

私の初めての一人暮らしは、28歳のときだった。

東京で生まれ育ち、東京で学生時代を過ごし、偶然だけど会社もかなり近距離だったので、実家を出る必要性がなかった。

その頃は、30歳までには結婚してるだろうなぁ、と根拠もなく漠然と思っていた。家を出るのは結婚する時でいいや、くらいに考えていた。

就職して数年経ち、周りが結婚ラッシュを迎えても、私は結婚どころか彼氏すらいない状態だった。
べつに恋愛至上主義でもないし、遊んでくれる友達もいるし、ひとり時間も好きなタイプなので、それはそれで楽しく生きていた。

けれど、年々強まる「まだ結婚しないの?」というプレッシャーが苦痛だった。

「貴女の人生計画はどうなってるの?」
という母のひと言で、私の中の何かがぷちんと弾けた。

もともと家事ひとつとっても「こうすべき」というマイルールの多い母だった。そして母は私を28歳の時に産んだから、結婚のケの字もない娘が心配だったのだろうと思う。

けれど、「女の幸せは30までに結婚すること」という価値観を押し付けられているようで、すっかり実家にいることが息苦しくなってしまった。
生活費こそ入れてはいたが、結局家事の大部分は親に支えてもらっていたから、負い目もあった。

結婚こそが幸せではない、自分ひとりでだって生きていける、ということを証明したくて、私は実家を飛び出したようなものだった。

周囲にはよく「え、一人暮らし?実家近いのに?もったいなーい」と言われた。でも私にとっては、損得勘定より、投資してでも自由と自立した生活を得ることの方がよっぽど重要だった。

初めて借りたあの部屋は1Kだった。
よくある「キッチンが廊下にある」間取りではなく、居室の奥に隣接しているところがお気に入りだった。

料理が好きな私にとって、キッチンは大切な場所だった。だからキッチンがきちんと「部屋」の一角として扱われている感じがして、この間取りはとても好きだった。

いつでも好きな番組を見ながら料理をして、美味しくできたら自画自賛しながら食べる時間が好きだった。

大きめのスーパーが近くにあることも部屋選びのポイントだった。広い売り場をうろうろして、旬の食材やお買い得商品を見つけては、何を作ろうかとあれこれ考える時間が好きだった。

友人を家に呼んで、美味しいものを持ち寄ったり、みんなでわいわい調理実習みたいなこともよくやった。「次はあれを食べたいな」という案は尽きなくて、いつのまにか我が家がみんなの集合場所みたいになった。

あの部屋との思い出は、いつだって食べることと繋がっていた気がする。

考えてみれば、もともと料理が好きな割には、実家暮らしの頃はほとんど料理をしていなかった。台所は母の城だったし、帰りも母の方が早かったから、夕飯は先に作って待ってくれていた。

自分で食材を買って、料理して食べる。
それは、親から独立したんだという実感を深く感じられる時間だった。

私にとってキッチンは、手に入れたかった自由と自立の象徴だったのかもしれない。

毎日の献立を考えることの大変さ、食料品や光熱費の値段の相場も初めて知った。親の有り難み、感謝の気持ちも自然に持てるようになった。

離れて暮らしているくらいの距離感が、私たち親娘にはちょうど良かったんだと思う。

まだ結婚しないのか攻撃もチクチク受けてはいたが、「自分で築いた自分の場所」があるということが自信をくれた。  

一人暮らしを始めてから2年半くらい経った頃、たくさんの「美味しい思い出」が詰まったあの部屋で、婚約指輪を貰った。

なりたかった自分になれたことで、素直に前向きに行動できるようになった結果だと思う。

はじめて借りたあの部屋。
それは、今の私をつくってくれた場所。

一生忘れることはないと思う。

本当に、ありがとう。



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