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学歴が高い人たちほど学歴にこだわるのかな。

私は先月まである大学の研究室の事務員として勤務していました。
1年間と少しの間お世話になったのですが、そこで感じたことは私にとっては違和感でした。
私にとっては、です(笑)

理系の研究室で、教授と助教授、准教授や客員教授がいらっしゃいました。
学生は別の大学を卒業し、大学院に合格し、その研究室に在籍していました。博士課程の学生もいました。
当たり前かもしれませんが、研究の補助をする職員さんも理系の大学院を卒業した方でした。

皆さん話の端々に出るワードには「〇〇大卒のあの人」とか「以前いた〇〇大学の研究室のあの人」とか全てが大学に紐付けられていました。
先生方だから当たり前ですけど。

そういえば医療事務で勤務していた時も、医師の先生はよく開業した先生のことを話す時、「〇〇大の医学部卒業している先生」と、最終学歴と合わせて話していました。

そして研究室で一緒に働いていた職員さんの話では、研究室にも派閥のようなものがあり、
「あの教授の研究室で学んだやつか」と敵対心を持つ人もいるとかいないとか。
ご先祖様が偉い人、みたいな。

過去の栄光のように、以前在籍していた大学について自慢げに話すこともよくありました(笑)
先生方にとっては「結果がすべて」の世界だから仕方ないのかもしれません。

承認欲求の塊の人が多く、功績を認めてもらいたいオーラを出しまくっていました。
大変な世界だなぁってつくづく思いました。

が、

私は学歴うんぬんは人生においては「過程」に過ぎないと思っています。
大学、とか研究室という環境を利用するに過ぎません。

そこで何を得たのか、
得たものでどうしてきたのか、
前進しているのか、
成長しているのか、
自分の思い(研究)を後に引き継いでいるのか。。。

学歴ってなんなのかな。
最終学歴ってなんの役に立つのかな。
学歴の高い世界ほど学歴を気にしているのはなんでかな。

その「最終学歴」に見合った人生を送っているのかな。
確かに皆さん、頭は良いと思います。
頑張って勉強したものが結果として大学に合格して学歴として残るわけだから。
学歴は努力の賜物だとは思います。
だけど、それで全てをジャッジするようなことはどうなんだろうな。
「結果」しか見ないって。どうなんだろう。

残念ながら私が勤務した研究室には、人間そのものを受け入れるキャパのない人ばかりでした。
何もかもが「結果」の世界ですから仕方ないのですが、私の価値観には全く合いませんでした。

派閥、とかってそれも「流派」や「系統」と似ているから存在して当たり前ですが、なんていうのかなぁ、それが正解、それが全てって考えに及ぶのが残念な感じです。
色んな枝葉があって素敵な世界になると私は思います。

その環境で自分は何をしてきたのか、得たものは何かを大切にしていきたいなと私は思っています^_^それが結果と言われてしまえばそれまでですが。
人の背景を感じて、接していきたい。
年齢を重ねても日々成長していきたい。





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