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月とスッポン鍋 

 昨年の暮れの話になるのですが、ある方に「京都に熊食べに行こ」と誘っていただき、「ク、ク、クマ!?」と驚いてしまったのですが、よくよく聞くと、冬ならではの贅沢料理「熊鍋」のことで、もっとよーく聞いてみると、お連れ下さろうとしているのは、以前から「一度行ってみたい」と思っていた比叡山の奥の院「比良山荘」さんのことでした。
 そちらは、夏の鮎料理や、秋の松茸料理も名高く、その美味しい噂をたびたび耳にしていたのに、残念ながら熊鍋のことは知らなかった私。
「熊を食すそのためにわざわざ新幹線に乗って京都へ行くなんて、なんと一年の締めくくりに相応しい贅沢だろう!」と思い、張り切って京都へ向かいました。

 待ち合わせをした京都のホテルのロビーには、大きなクリスマスツリーがデーンと飾られ、私たちも否応なしにウキウキした心持ちになり、さながら大人の遠足気分で車に揺られること約一時間。一本道をガタガタ、ゴトゴト、山の奥へ奥へと進み、小雨の降る中、お目当ての地へと到着しました。
 真っ暗な闇の中、湧水が水路をとうとうと流れる音だけが響くその世界観にどれほど心を奪われたことか、上手く文字で表すことができなくて歯がゆいほどです。
 静寂のなか通された客間からは、陽があれば素晴らしいお庭が眺められたといいます。

 ひと品ひと品、地の山から食材をいただき、大切に料理をしたことがよく分かります。いただく側も自然と山に感謝したくなるのですから不思議ですね。
 そしてお目当ての熊鍋は、大皿に広げられたその肉の美しさを見ただけで心底感動してしまいました。


 琵琶湖のスッポンのお出汁で菊菜やセリの根などと一緒に軽く火を通した熊の肉は、えも言われぬまろやかな甘味と旨味で、獣臭さなど微塵も感じさせません。


 思わず、「なんでこんなに美味しいんだろ…」と言ってしまった私に三代目当主の伊藤剛治さんは、「月の輪熊は美味しいものなんです」と嬉しそうに仰いました。

 胸に白毛の三ケ月柄がある月の輪熊は、オスであれば50キロから120キロほどの重さになるのだそうですが、主にドングリなどの木の実や果実を食べているので、その肉には獣臭がなく、素晴らしいことにどの部位を食べても同じようにすべて美味しいのだと言います。
 そして、体の大きい月の輪熊ほど美味しいことは間違いないのだと。

 体の大きな熊は、食糧を沢山食べて栄養がたっぷりと蓄えられた証拠で、沢山食べることが出来たということは、群れの中でその熊が強かったということでもあるのです。
 熊の肉の旨さは、その個体の大きさ即ち、強さに準じているというわけです。

 しかし、強い熊は肉になっても旨いと言われ、弱くて何とか生きながらえて来た熊は、肉になっても旨くないと言われる。
 いやぁ、何とも言えません。
 月とスッポン鍋に自然界の無情を教わったような気がした晩でした。

2023年4月発行 MFC会報より


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