勇者ズム!SS9  著:羽場楽人

   『勇者たち、遊び、迷い、また手を繋ぐ』

 勇者ズムの面々が日本に来て、少し経った頃。
 よく晴れた休日、姫川セリナと天ノ川リサは原宿まで遊びに来ていた。
目的は観光とショッピング。

「うわーすごい人の数だね」とセリナは目を丸くする。

「アナストウェルのどの市場よりも人が多そう」

 リサも同意した。

 ふたりは休日の原宿のはじめて見たにぎわいに早くも圧倒される。

 JR原宿駅を出て、降り立った竹下通り。
 頭上にかかる巨大で奇抜なアーケードの先には、狭い道を埋め尽くす大勢の人々。左右には服屋にお土産屋、飲食店などぎっしりと続く。

「目移りして迷っちゃうよ」
「わぁー変なTシャツ!」

 リサは、店先にぶら下がるTシャツを指さしてゲラゲラ笑う。外国人観光客向けにつくられた謎の日本語が胸元にデカデカとプリントされている。

 魔王を倒して異世界アナストウェルから日本にやってきた彼女たちは日本語こそ不自由なく読み書きできるが、日本文化に接する感覚はむしろ外国人に近い。

 絶妙にツボったリサはまだ笑っている。

「フヒヒ、すみませーん。これくだ──」
「って買うの⁉ リサ本気??」
「だって面白いし」
「これで外を歩くのは恥ずかしいってば」と思わずセリナは止めに入る。
「着ている人いっぱいいるのに。ほら」

 たまたま反対側から歩いてくる背の高いガタイのいい外国人の男性二人組。彼らのTシャツには「超乾燥」や「侍」と書かれていた。

「あれは女の子的には違うと思うよ……」
「お揃いで着れば可愛いってば」
「えぇ~~」

 セリナは、いきなり無駄遣いしようとするリサをなんとか引き剥がして、さらに竹下通りを進んでいく。よそ見をすると他人と肩がぶつかってしまうほどの混雑に右往左往。

「あーーセリナ、助けてぇ」

 身長の低いリサは簡単に人の流れに飲まれて、本人の意図とは別の方向に運ばれそうになってしまう。

「手を繋いでいた方が良さそうね」とセリナはリサの手をしっかり握る。
「これで安心♪」

 ふたりは若い女性向けのファッションビルに入ってみる。

 カラフルな店内では洋服以外にも化粧品や小物など十代の女の子でも気軽に買えそうな値段(プチプラ)でたくさんの種類が並べられている。

「どれも可愛いなぁ。悩んじゃう」
「日本では自分たちのおこづかいでやりくりしないといけないから面倒」
「悩むのも買い物の楽しみよ」
「だけどボク、時々右から左まで全部ほしいってなる」
「……実は私も」

 セリナは恥ずかしそうに同意する。

 勇者ことエイランド王国の第三皇女のセリナ、元宮廷魔術師のリサは王国の後ろ盾により、これまでお金に困ることとは無縁の生活をしてきた。

 自分でお財布をもつのも日本に来てはじめての経験である。

 今では人並みの金銭感覚も身につき、欲しいものを考えなしに買うとあっという間にお金がなくなるというのを理解していた。

「んー気になるけど、今日は我慢する!」
「了解~~」

 再び外を歩いていると、今度はランジェリーショップが目についた。

「こ、こんなものまで売っているのね」

 店頭に飾られた真っ赤な下着をつけたマネキンを見ながら、セリナは顔を赤くする。

「セリナのおっぱいならピッタリ着られそうだよ?」
「こ、こんなのセクシーすぎるから!」
「似合うと思うのに」

 リサの目元はニタニタと笑っていた。

「私には必要ないってば!」
「試しに着けてみるべき」

 興奮気味のリサはしつこいエロ親父のごとく諦めない。

「無理!」
「YOU、つけちゃいなよ。読者サービスにもなるし」
「そんなメタな発言してもダメです!」

 セリナは強引にリサの手を引いて、ランジェリーショップから離れた。

 またしばらくウィンドウショッピングを続けて歩いているうちに黒山の人だかりに出くわす。

「ねぇねぇ、リサ。あれってテレビのロケじゃない!」
「おーテレビで見たことのあるアイドル!」

 可愛い女の子好きなリサのテンションが一気にあがった。ぴょんぴょんとその場で跳んで、人と人の間から必死に見ようとする。

「うーん、よく見えない!」
「リサは小っちゃいから、こういう時大変だよね」
「魔術を使って、浮いたらダメかな?」
「それは絶対ダメ!」

 セリナは思わずリサの両肩をぐっと押さえこんだ。


 竹下通りを抜けたふたりは左折して、ラフォーレ原宿のある交差点まで移動する。

「ああいう感じで外から配信するのも楽しそうね」
「ロケするなら、ぼくはアキバ行きたい! アニメ! 漫画! ゲーム! オタク天国!」

 日本国民を少しでも元気にするためにVTuber活動をはじめた勇者ズムの面々にとって、今日のお出かけはいい刺激になっていた。

「それにしても原宿ってどこ行っても人、人、人だね」

 信号待ちをしながら、セリナはため息交じりの感想に漏らす。

「モンスターじゃなくて、人で良かった。こんな大群で押し寄せられたらパーティー全滅だよ。回復魔術だけで魔力切れしちゃう」
「ねぇリサ。人ごみにも疲れたし、何か食べない?」
「クレープ、アイス、美味しそうな甘いものがいっぱい!」
「ラーメン!」
「アルバイトもしているのに、またラーメン食べるの?」
「ラーメンはいつだって別腹だよ!」
「あんまり食べすぎると、おデブになっちゃうぞ」

 リサの一言に、ウッと言葉をつまらせるセリナ。

 魔王を倒した勇者様といっても、彼女も十七歳の乙女だ。花も恥じらう年頃としては「太る」という二文字には敏感に反応してしまう。

「ほ、ほら。今日はいっぱい歩くし楽しく食べればカロリーゼロ!」
「お笑い芸人みたいなこと言っているけど、あれネタだよ」
「嘘ッ⁉」

 セリナは本気でショックを受けていた。

 行き交う女の子たちを見れば、カップに入った飲み物を持っている。太いストローで、スポスポと液体と一緒に黒い玉を楽しそうに吸い上げていた。

「セリナ、あれ飲もう」
「あぁ、タピオカドリンクのことね。うん、いいよ。飲み物だしラーメンよりはカロリーも低いよね」

 タピオカドリンク一杯あたりのカロリーが、ラーメンと大差ないことを乙女たちは知るよしもない。

 横断歩道の信号が青になる。

 ふたりは近くのタピオカ屋に向かうと、そこには長蛇の列ができていた。

「けっこう並んでいるよ。どうする?」
「ボクは今どうしてもタピオカが飲みたい!」
「せっかくだもんね! 並ぼう!」
「うん!」

 気合を入れて最後尾に加わる。
 ふたりでお喋りしているうちに列は進み、意外とはやく自分たちの番がきた。

 セリナは一番ベーシックなミルクティー、リサは抹茶味を選ぶ。

「(スポスポスポ)」「(スポスポスポ)」

 弾力のあるタピオカの粒が一気に口の中に飛びこんでくる。

 もちもち食感を楽しみながら、ふたりは高級ブランドが軒を連ねる表参道を歩いていく。

 いかにも高級な店構えは十代の少女たちには当然のように敷居が高く、ガラス越しに豪奢な店内を覗きこむだけだ。

「高そうだね」
「セリナがお城にいた時は、もっと高いドレスを着ていたよ」
「自分で買おうと思ったら話は別。それに今着ている洋服の楽さを知ったら、あの重いドレスには戻りたくないかな」

 早々に自分たちの買えるものがないと気づいて、適当に路地を曲がる。

 狭くてわかりにくい場所にも個性的なアパレルショップがひしめき合い、とても賑わっている。気の向くままに散策しているうちに、ふたりは裏原宿という名のダンジョンに完全に迷いこんでしまった。

 もはや買い物どころではない。

 原宿・表参道初心者が陥りがちな罠──目的地もなく歩くと、いつの間にか道を見失い、駅まで戻れなくなってしまう。

「ここどこ!」
「日本にはダンジョンが多すぎるよぉ」
「迂闊だったわ。新宿駅とか大きな駅以外にも、こんな危険な場所が平然と地続きになっているなんて。初心者には難易度が高すぎる。くっ、このままじゃ生還も危ういかも」

 セリナはひさしく忘れていた勇者の精悍な顔つきに戻って──マジで焦り出す。

 迷っているうちに歩き疲れたリサは思わずその場でしゃがみこんでしまう。

 スマホの地図アプリを立ち上げて、なんとか駅に戻る道を探す。だが地図を読むのが苦手な人の特有の地図をくるくる回すため、いつまで経っても自分たちの居場所を把握できずにいた。

 そうして歩き回るうちに日は暮れはじめ、路地裏の外灯が頼りなく灯る。
 激戦をくぐり抜けてきた勇者パーティーのふたりは、最大の危機を迎えていた。

「野宿は嫌ぁ」
「その前に補導されるってば」
「足も疲れたぁ」
「そういえば同い年くらいの女の子はみんなスニーカー履いていたね。歩きやすそうだし、服よりもおでかけ用にスニーカー買ったほうがいいかも」
「賛成ぇ」

 セリナはすっかりヘロヘロなリサを立たせる。手を引いて歩きながら、なんとか日が沈む前になんとか見覚えのある通りまで出た。

 ちょうどスニーカーショップを近くで発見。

「「寄ろう」」

 白を基調とした店内。壁面にはたくさんのスニーカーがディスプレイされていた。個性的な色や形のものからシンプルなものまで種類豊富に揃っている。

 気に入ったデザインをいろいろ見比べ、試し履きをした上でお気に入りの一足を決めた。

「私は、このシンプルなやつにする」

 セリナが選んだのはadidasのStan Smith(スタンスミス)。色は定番の白。すっきりとした清潔感ある形はどんなファッションにも馴染む人気のモデルだ。街中でも男女問わず多く見かけた。

「ボクはこれ!」

 リサが選んだのはFILAのDISRUPTOR2(ディスラプターツー)。最近流行の厚底タイプのスニーカーで、足元のボリューム感が可愛らしく、着用するだけで印象ががらりと変わる。色は同じく白にした。

「すごく靴底が厚いね」
「身長アップ! これで跳ばなくて済む」

 嬉しそうに喜ぶリサ。

「え、そういう理由なの?」

 昼間出くわしたテレビのロケ現場、背の低いリサでは前に立つ人が邪魔でぴょんぴょん跳ばなければよく見えなかった。

「それもあるけど──」

 リサの目線は五センチほど高くなり、いつもより少しだけセリナに近い。

 その不意打ちめいた慣れない距離感にセリナはちょっとだけドキっとした。

「フフフ」
「リサ! なんで笑うのよ」
「ボクの頼りになる勇者さまはやっぱり恥ずかしがり屋だなって」

 リサの瞳には動揺するセリナが映る。

「──ッ。はい、おしまい。今日は買って帰ろう!」
「セリナ」
「なに?」
「また遊びに来ようね」
「もちろん」

 セリナとリサは、駅までの帰り道をまた手を繋いで歩いていった。

                              了

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