勇者ズム!SS7  著:土橋真二郎

   『アナストウェルの戦士、東京で頑張る』

「面白いカフェだね」
「ふふーん、でしょう!」

 隣に座るリサは得意げだ。

 この中野のカフェで姫川セリナは人を待っていた。
 待ち人は同郷の仲間だ。セリナと同じく東京に出てきて暮らし始めた彼女は、こちらの世界の生活に慣れただろうか……。

「もしかしてさー、鎧姿で来ちゃったりして」

 天ノ川リサがいたずらっぽく笑う。

「まさか」

 と言いつつセリナは少し心配した。待ち合わせの彼女は戦士だ。

「まあ、だとしてもさ、中野はサブカルの街だから大丈夫だよ」
「中野にそこまでの包容力を求めていいのかな」

 とにかく日本で暮らす先輩としていろいろと教えてあげねばならない。文化の違いもあり困っている可能性もある。

 そう、セリナたちはアナストウェルという異世界から来たのだから。

「ヘイ! おまたせっ」

 声をかけられるまで気づかなかった。

「シビル」

 セリナは目を見張る。鎧姿ではなく東京のOLのような格好だった。

「その格好って……」
「スーツよ」
「スーツ!」

 リサが大げさに驚いている。

「もしかして、シビルって働いてるの?」

 セリナは恐る恐る聞いてみる。

「もちろん! 働かなきゃ暮らせないじゃん? それも正社員だからね」
「正社員!」

 セリナとリサは顔を見合わせる。

「それにしても、不思議なカフェだね」

 シビルは注文を取りに来た女の子を見て驚いている。

「ここはねえ、メイドカフェっていうんだよ」

 リサが説明する。この店はオタク文化に精通している彼女のおすすめなのだ。

「かわいいでしょ。むふふ。おじさん興奮しちゃう」
「この世界はかわいいであふれてるねえ」

 リサとセリナはうなずき合う。

「でも、メイドってこんな格好だったっけ?」

 シビルは納得のいかない様子だ。

「細かいこと気にしちゃいけないんだよ。かわいいは正義なんだから」

 リサはにやにやとメイドを視線で追っている。

「メイドは肉体労働が多いからあの格好は非効率的なのでは? いざというときは戦わなきゃいけないし」
「シビルは頭が硬いのお。こっちのメイドは可愛いだけでいいの。シビルだってあんな格好をしてみたいと思わない?」
「私があの格好をすることはないと思う」

 シビルはきっぱりと断った。

「……でも、かわいい格好には興味があるかな」
「そうだよねえ。アナストウェルではなかなかできなかったもんね」

 セリナは同意する。あの世界で最重要ファクターは強さだ。

「女子力アップとか言って、どんどん鎧が厚くなっていったなあ……」

 なんだかシビルが遠い目をしている。

「防御力とかわいさって両立できないからね」

 お姫様だったセリナと違い、シビルは重装歩兵軍の戦士なのだ。

「でもさあ、重装歩兵の女の子たちって、ぐわっとした変な鎧着てたときなかったっけ?」

 リサの言葉にセリナも思いだす。

「あー、あったねえ。ビキニのような鎧とか一時期着てたよね」
「あのときの私たちはおかしかった。戦いに明け暮れ、その中に女の子を強引にねじ込もうとしていたのかも」

 さらにシビルが遠い目をしている。

 三人で「ビキニアーマーってなんだったんだろう」と首をかしげていると、メイドさんが注文の品を持ってくる。リサの注文したアイスティーに「おいしくなーれ」と、メイドがガムシロップを入れている。

「むふふふふ。あー癒される」

 リサがだらしなく笑っている。

「メイド服は回復魔法属性があるからねえ」
「魔力が付加される服ということ?」
「いいかげんなこと教えちゃ駄目でしょ」

 セリナがたしなめると、リサはえへへと頭をかく。

「でも、みんなを癒すメイドさんはかわいいでしょ。シビルも似合いそう」
「私はあんな格好は絶対にしないから」

 シビルはかたくなに首を振った。

「それよりさ、シビルはこの世界に慣れた?」

 セリナは頼んだアイスコーヒーを飲みながら本題に入った。

 今日はシビルのためにこの世界のことを教えてあげようと集まったのだ。

「まあね」
「働いてるだけでもすごいよ。セリナなんてラーメン屋のバイトも続かなかったし」
「それはいいでしょ」

 リサはオタク系の店でバイトしているので、ちょっと上から目線だ。

「まあ、ちょっと仕事は大変だけど」

 やっぱりまだこの世界に慣れていないようだ。

「でもアナストウェルの重装歩兵軍に比べたら楽なものでしょ」

 シビルの所属していた重装歩兵軍の訓練はとても厳しい。実戦の前に、厳しい訓練で振り落とされていくのだ。

「私の仕事は事務だから、歩兵軍よりは楽かもね」
「事務って内務のことだよね。最前線じゃないだけ安全じゃない」
「そうだね。この世界では仕事に失敗してしても死なないことがすごい。そのかわり会社のお局さんに嫌味を言われるけど……」

 なんだかシビルが疲れているように見える。彼女のような人間も疲れるのか……。

 セリナはアナストウェルのシビルを回想する。

 シビルは戦いの才能を評価され、幼いころからエリート教育を受け、十二歳から重装歩兵軍に入った。そして十四歳となるころには最も勇敢な者とされる『鬼神』の称号を与えられたほどの戦士なのだ。ただし重装歩兵軍は、魔王軍の卑劣な策略にはまり壊滅状態に陥ったという苦い結末もある。

「シビルはカリスマがあったよね」
「うんうん。だから次の軍隊というか、会社でも大丈夫だって」

 セリナとリサはうなずきあう。

「カリスマがありすぎて、重装歩兵軍の中でもシビル派閥ができちゃうほどだったよね」
「派閥はよくないよ。内部で足を引っ張りあって大変なことになっちゃう」

 リサはエイランド王国の宮廷魔術師なので、そういった闇を見てきたのだろう。

「でも、こっちの世界ではそんな心配もないから安心だよね」

 セリナが話を向けたが、シビルの表情はすぐれない。

「うん、そうだね……」
「あのさ、会社はどんな感じなの?」

 セリナはあえて明るい声を出して聞く。

「女の子が多いかなあ。お昼は一緒にかわいいお弁当を食べたりしてね」
「うわー、平和だなあ」

 かわいいが大好きなリサがにこにことしている。

「外食に行ったり、コンビニで買って外で食べたりする人もいるの」
「いいねえ。その日の気分によって変えられるじゃない」

 セリナはうなずく。この世界はランチもバリエーションがあっておいしい。

「気分によって変えられる?」

 シビルの低い声に、セリナはごくりと唾を飲み込んだ。

「弁当派と外食派とコンビニ派に分かれているということよ。まず新人は最初にご飯に誘われるの。そしてどの派閥に属するから決めなきゃいけない」
「派閥って?」
「それは会社の中で足を引っ張りあう女の子の派閥」
「え、え? じゃあ誘いに乗らなきゃいいんじゃない?」
「そんなことをしたら孤立する。仕事の報告も無視されたり……」

 テーブルが静まり返り、カランと氷のとける音がした。

「でも、でも」

 セリナは必死でシビルを慰めようと努力する。

「この世界はさあ、魔王を倒せみたいなプレッシャーとは無縁でしょ?」

 魔王討伐。それはやらねばならないことだったが期待が大きすぎた。国民の期待がセリナたち勇者にのしかかっていた。

 ……だけど、この世界では魔王はいない。

「しょせんそのプレッシャーだけだったのよね」

 シビルは魔王討伐をしょせんと言い切った。

「そしてこの世界には、女の子へのプレッシャーがいっぱいある」

 いつの間にかセリナとリサはお互いに寄り添っていた。なんだか寒気を感じる……。

「仕事では満員電車に残業、それもサービス残業。そして女の子はさらに圧力がある。それは子供を産んでさらに働けという社会からのプレッシャー。会社ではいつも笑顔でお茶くみをやって社内の雰囲気をよくしてノルマをこなし、生理休暇を取るなんてもってのほか……」

 シビルは早口でまくし立てる。

「でもでも、がんばれば評価されるんだよね?」
「うん、ここはそんな優しい世界だよ」

 セリナとリサは必死で抵抗する。

 この国は女の子にとても優しい国じゃないか。

「でも、この社会はね……」

 シビルの表情はとてもうつろだ。

「女っていうだけでみんなひとくくり。女っていうだけで一緒の賃金。そして前に出ることを望まれていない」

 出る杭は打たれるこの社会……。

「アナストウェルでは敵を倒すと褒められた。でも、この社会の女子は横並び。抜け駆けすると冷たい目で見られる社会」
「正社員が駄目なの? だったら派遣になれば?」

 セリナは必死で解決策を模索する。

「派遣なんてもっと悲惨よ。アナストウェルでいう傭兵みたいなもの。つらい仕事はすべて派遣に押しつけられる」

 セリナは思う。自分たちはなんて無防備だったのか。こんなにも恐ろしい世界に来ていたことを自覚していなかった。

「ここは怖い国なんだ」
「正社員ってやつは怖いよお」

 セリナとリサはいつの間にか手を握り合って震えていた。

 どうしよう、私たちはなんて恐ろしい世界に来てしまったのか……。

「でもね……」

 シビルがさらに口を開く。これ以上まだあるというのか?

「私はアナストウェルじゃなくてこの世界で戦うの。鎧を脱ぎ捨て灰色の東京という街で私は生きていく」

 ……この人。苦労する自分に酔うタイプだ。

「なんかさあ、ちょっとうざいね」
「そういうこと言っちゃ駄目だよ」

 リサがセリナに首を振る。

「このコンクリートジャングルが私の居場所……」

 遠い目をするシビルは、とても東京になじんでいるように見えた。

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