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名もなき家事問題と少年野球etc.

小学生中学年のこどもたちが地域の少年野球団に入ってもうすぐ2年になる。

この2年でメンバーが少しずつ増え、フライが取れるようになり、声も出るようになった。ご近所の強豪チームからも「完膚なきまでに叩きのめされる」ことは少なくなり、何かしらの爪痕を残せるようになった。

体育会系のノリが苦手なのだが、グラウンドに野球を見に行くことを「楽しい」と思える日もある。私も親としての『仕事』にだいぶん慣れてきてたように思う。しかし、この『仕事』がなかなかヘビーなのである。

送迎、週末ごとの弁当&補食の用意、遠征試合の車出し、汚れたユニフォームの洗濯、合宿準備、年に2回ほど地域の行事へボランティアとして参加。真夏は熱中症対策でクーリング(当番ではないが心配で行く)、くわえてコーチとして野球に参加する夫が週末はほぼ自宅にいない問題など。

最近入団した子のお母さんが
「親の覚悟が決められなくて、スクール(習い事としての野球)で2年くらいお茶を濁していたんですけど、息子の熱意に負けて腹をくくりました」
と言っていたことにとても共感した。わかる、わかります。

少年野球の大変さについて話しだすとつい長くなる。
きっと幼稚園時代の諸問題のように、過ぎれば懐かしく思い出すのだろうなとも思う。今回の記事のテーマとは離れてしまうのでまた今度。

今回、私が文字に残したいのは
小学校中学年の子供たちに、親の大変さを伝えること&子供でもできる手伝いについてだ。

前述のとおり、少年野球団での親の『仕事』の負担は大きい。
そのなかで、大人しかできないことは仕方ないにしても、
ユニフォームの下洗いや、道具の手入れなどは自分たちでもできるはずだ。
最近、年子の兄弟は練習や試合で帰ってくるとそれを一丁前に面倒くさがったり、反抗したりするようになった。

今日はこんなできごとがあった。

学年によって集合時間が30分ずれているので、「今日は2人一緒に早い方の学年に合わせて送るよ」というと遅い集合の方が
「えー、なんで。2回に分けて送ればいいじゃん」
とごねたのだ。

ふだんはスルーできるのだが、今日はそれができずキレ気味に言ってしまった。

「一緒に行くの!っていうかさぁ…そんなふうに反抗して親の負担を増やすなら6年生と一緒に卒団していいんだよ?自分たちがやりたくて野球をやっているんだよね?どれだけお父さんやお母さんの手伝いのうえに成り立っているかわかっているの?!弁当作りも、車出しもさあ…」

途中から「あぁダメだな」と思うし、子供も私がマシンガントークモードに入ると「はぁ」と小さくため息をついて、意識を遠くに飛ばしてしまうのをわかっているのにあふれる言葉を抑えられなくなってしまう。

ひと通り感情をぶちまけて、場の空気が微妙になってから
私はいつも自分の両親がどうだったかを思い出してみるのだが、
記憶の中の親は
「あなたがやりたいことをやっているのに、自分たちがこれだけ大変な思いをしている!」
と言ったことは一度もないので、自分の幼さを少し反省する。

でも、私が小学生の頃に夢中になっていたのは「少年探偵団」や赤川次郎氏の本を読んだり、漫画を描いたり、エッセイ風のお話を書いて妹たちに読ませたり、仲の良い友達と公園に行ったり、と家や近所の公園で完結できることばかりで、親の手を借りるといえば漫画や本やノートを買ってもらうことくらいだった。チームスポーツにガッツリ参加しているような家庭ではなかったのだ。

それから、私は親がうっすらと敷いてくれたレールの上を割と迷いもなく歩く子供だったので、自分の子供たちの主張の強さや、やりたいことがはっきりしている点には驚愕とそんな子供時代を送る羨ましさと、親としての誇らしさが混ざったへんな気持ちになる。そこに自分の物理的な大変さが加わって、ますます複雑な気持ちになる。

同じチームのママさんに勧められてウォッシュボーイというミニ自動洗濯機を購入した。これで、息子たちのユニフォームの泥を石鹼でゴシゴシすることも要らなくなりかなりの負担減だ。

大きめのバケツに水を張り、強力な洗剤を入れて15分タイマーをかけて回す。終わったらバケツから泥水だけ捨て、ユニフォームは自動洗濯機に突っ込んで洗えばたいていの泥汚れは落ちている。

「いいね」と夫や子供たちに言われたが、
「いいねじゃなくて、なんで自分たちでやろうとしないのか」
という気持ちがふつふつと湧きあがってきた。

結構かさばるので普段は洗面台の下に閉まってある。
それを毎週末取り出し、水を張り洗剤を入れ回し、泥水を捨て、バケツを洗い、乾かし、またしまう。面倒くさい。

「自分たちのことだから、次から自分たちでやってもらう」

と宣言すると「えー」という声が上がった。

実は始めのころは学校の上履きも、野球のユニフォームも自分たちで下洗いさせていた。

ずっとそうし続けていれば良かったのだけど私の根気…下洗いしても結局自分がもう一度やらないといけない、とか洗面所の床をびしょびしょにされる、とか、毎回面倒くさがる息子たちを促すとか、そういう小さな小さな根気が続かなくて
「試合のある日はがんばったからお母さんがやるよ」
と言ってしまい、なし崩し的に普段の練習の日も結局自分でやるようになってしまったのだ。

それで、だんだんお母さんがやるのが当たり前になって
自分が疲れてくるとキレ気味に
「親の大変な思いのうえにあんたたちの活動は成り立っている!!!」
と言ってしまった、という流れ。

脈絡のない話になってしまったが
自分が楽するためには結局どこかで踏ん張って「習慣をつける」というしつけをしなければならないのだな、と実感。
そうしたら子供たちに罪悪感を植え付けるような言い方をせずに済むのにな。

朝起きるとリビングダイニングのシャッターを2か所開けるのだが、毎朝私がやっていた。このシャッターが、結構重い。今の家に引っ越してから1年と9ヶ月、ほぼ毎日私が開け閉めをしている。ほかの家族は言われないとやらない。本当にくだらないことだけれど「なんで」と思う。

「なんでお母さんが全部やらないといけないの」
つぶやいてもみんな聴こえないのか、ただの愚痴言ってると聞き流されたのかスルーなので悲しくなり「聞いてる!?」と半泣きで訴えたら、
夫が「いや聞こえなかった」と慌てて言い、
私の提案というか半ばシャッター開閉作業の放棄という感じで、当番制にする流れになった。

書いていて本当にくだらなくて恥ずかしい話だ。

私も半泣きで訴える前に、ちょっと話があると穏やかに切り出せばいいのになぜこうなってしまうのか。やはり自分の母親を振り返ると、特に門やシャッターの開閉など家事のひとつとして黙々とやっていた。まぁ私の実家のシャッターはボタンを押す自動だったのだけれど。

でも…思い出したことがある。私が高校生くらいになってから、
母がキッチンに重い買い物の荷物をドンッと置き、
「ママだけがいつも大変!」
とため息と一緒に吐き捨てるように言ったことが一度だけあった。
コタツで背中を丸めていた私はびっくりして顔を上げた。

それまで気づかなかったのだ。
小学生のことから「手伝う」というと嬉しそうにする割に、ダメだしをされたり「なんでそういうふうにやるの」と言われたりして母の意向に沿った家事はできない、喜ばれないと思っていた。これをこうして、とざっくりでもいいから指示して少しでも喜んでくれたらやったのになと。
いきなり不機嫌になられても困る、ならもっと教えてくれたらよかったのに、と。そういう感情を思い出す。

とはいえ、私は母以上に感情的に叱っている。
自分の理屈を訴えながらあーせい、こーせいと子供たちにやらせることをなかなか変えられないだろうなと思う。
そして子供たちはぶーぶー文句を言いながらやる。

そうか。ならば、せめて褒めよう。嬉しそうにしよう。

それが本当は自分たちのやるべきことであっても、家族みんなの家事を分担したんだから当たり前じゃん、であっても
「お母さんが楽になって喜んでいる」
っていうのは私が思う以上の効果を発揮するのかもしれない。






















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