名前変えるのやめてほしい。

4月1日に、元号が変わりますね。
平成ともついにお別れか。
ま、私昭和生まれなんですけど。

今でもずっと嫌なこと。
Twitterでも書いたけど、私は自分の大学の名前が「クソダサい」と思っている。
なんかねー。だせぇのよ。
今まで漢字で地名も入っていたのに、なぜか横文字になって世界の代表?にしちゃってるところとか。

事の始まりは私が高校生のとき。

2年の後半くらいから、まぁ大学も視野に入れとくかーくらいで勉強と部活に励んでた。

家にお金ないの知ってたし、行けるなんて思ってなかったし、親も自分も望んではなかったと思う。

それでも大学に行こうと思ったのは、やってみたいなと思うことがあったから。
教員免許も取れるし、期待している勉強も出来ると思った。

高校は就職する人の比率が高い。
専門・大学へ行く人はひと握り。

クラスもそれぞれに分けられるけど、みんな就職するつもりなのに、なぜか進学クラスの人数が全体でも多かった。

部活もやりながらだけど、勉強はとにかく頑張った。
私にはとりえがなかったから、全部頑張らないといけなかった。
センスもないから、友達のメイクやファッションの話にはついていけなかった。
共通の話題はジャニーズくらい。

高校では、ちょっと勉強を頑張れば学年のTOP10に入れた。
ほかの進学校に比べれば、勉強の質も低いし(だからといって先生が悪いわけでは無い。私たちのレベルに合わせた結果、低いだけ)、周りもあまり頑張らなかったから。

お小遣いとかももらっていなかったから、休みの日はお年玉で買ったゲームを繰り返し遊ぶ。
たまに親が買ってくれた漫画を繰り返し読む。

2週間前からテスト勉強をして、部活内では絶対にTOP。クラスでも学年でも絶対に10番以内に入った。
それだけが自分の中で、優越感に浸れる幸せ時間だった。

まぁ1番にはなれなかったのだけど。

大学に行こうと決めて、推薦のために小論文の勉強を始めた。
お金が無いから、奨学金もほしい。
ほのための面接の練習も始めた。

オープンキャンパスにも参加した。
1人だったけど。

ありがたいことに、9月には合格通知をもらった。
「特別奨学生」のおまけと共に。

高校の担任に聞いたところ、ただの奨学生ではないらしい。
私は年間授業料の60万円さえ少しでも減ればいいなと思っていた。

奨学生Bランク➡授業料30万免除(半額)

奨学生Aランク➡授業料60万免除(全額)

特別奨学生➡授業料 + 入学金免除(全額)

学年主任に改めて話を聞きに行くと、どうやら私はその「特別奨学生」になったというのだ。

信じられなかった。

すぐに泣きながら母親と父親へ連絡をした。

友達から見て、滑稽だったろう。
他には落ちた人もいただろうし、奨学生になれなかった人もいただろう。

そんなの知るか。
私は、人生で1番嬉しかった瞬間だったのだ。

9月に私の受験は終わってしまったが、その後にまさかの出来事が。

学校名変えやがった。

本当にふざけんなと。
なんでそんなクソダサい名前にしたのかと。
新聞にも載っていた。

あの時の感動を返せ。

12月に大学から手紙が来た。
「大学名が変更になりました」と。
まじでかと。
ダサすぎん?と。

2月に大学から何故か電話連絡があった。

「みかんさんに、新入生代表の挨拶をお願いしたいと思いまして。」

それ、電話する人、間違ってません?

4月に入学式へ参加した。
両親が見守る中、新入生代表として挨拶をさせてもらったのだ。

最後にだっせぇ学校名と、学部学科を言う。


心の中では本当に嫌だったことを伝えておこう。

どーせ学長が決めたんだろうな。
今は学校として繁栄しているのだろうか。

名前、ダサいから変えた方が良いですよ。

卒業式は前回の記事で書いたが、震災の影響で執り行われなかった。

入学式も、卒業式も、改めて思い返すとすごいこと起こってたんだなぁ。

大学ではバイトに遊びに励んでいたから、今では大変な目にあっています。笑

やりたいことも今はない。
自分でどうしたら良いのかわからない。
お金はないから働かなきゃ。
でもやりたいことやってないから、心は満たされない。
機械でいいじゃん。
生きてる意味。

仕事って、生き甲斐になるじゃん。
最初の2年が最高だった。

30歳超えて、まだ若いつもりでいるんか。

馬鹿だなぁ。あたし。
寝よ。

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