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トリガーを引く君、倒れ行く僕。そしてソーダ色したこの世界

※Magnet様の「続きが気になる一話コンテスト 長編の一話目だけを募集!」に応募した作品となります。

 目が覚めると、瑠璃色のソーダ水が注がれた、グラスの縁に立っていた。

 勢いよくグラスに注がれたソーダから、シュワシュワ弾ける炭酸の音がする。暑さに負けたか、溶けだしたソフトクリームが足元に流れ込んできた。つま先から身体ごとクリームに沈んでいく。このままだと僕は確実に、この青いクリームソーダの中で溺れ死んでしまうだろう。

――大好物の中で溺死できるなら、本望なのかもしれない。

 非常事態にも関わらず、身体がしびれたように動かない。頭の中も似たような感じで、のんきにそんなことをぼやいてしまう。寝起きだからだろうか。頭も視界もカスミがかかって、何もかもうすぼんやりとしている。

 ――まだ夢の中なのか? いや、それにしては……。

 次第に意識がハッキリとしてくる。周りの景色が水底から水面に上ったのかのように鮮明さを増し眼に映る。目が覚めてこの事態ということは、これはどうやら夢ではないらしい。冷静に気付くと同時に自分の置かれた異様な状況に、驚きと恐怖で、全身の血の気が引いて寒気に襲われた。

 今更ながら、僕は思案をめぐらす。

 クリームソーダは嫌いじゃない。むしろ『男のくせに』と友人達に呆れられるほど大好物だ。けどその中にダイブしていいかといえばやっぱり嫌だ。全身クリームまみれで死にたいかといったら、答えは絶対Noだ。

 そう思うが早いか僕は、ここから抜け出す手段として、手始めに重い片足を、もたっとしたクリームから引き抜いた。真っ白に汚れたスニーカーを見て、ため息をつく。どうすりゃいいんだこれ。まさか舐めてキレイにする訳にもいかないし……。

 ――ん? 

 うんざりと見遣った視線の先。スニーカーからこぼれ落ちるクリームに違和感を感じ瞬きする。気付くとそれは、さらさらとして、まるできめ細かい砂の様だ。なぜ? 顔を上げて改めてあたりを見回してみる。そういやソーダ水に溺れそうになっている割りには、甘い香りなどちっともしないじゃないか。

 試しに思いきり、胸いっぱい空気を吸い込こんで見る。

 と、鼻の奥に予想もしなかった、すえた香りが飛び込んできた。遠い記憶にある懐かしい夏の匂い。そうだ! 海水浴の香り。そう、潮の香りだ……!


 それに気づいた途端、うっすらとかかった白いモヤがはらわれる。刹那、めまいがするほど色鮮やかな光景が、身体中の全神経を呼びさますかの様に飛び込んできた。

 目の前に浮かぶ、景色ごと押しつぶされそうな高さと幅を持つ入道雲。それが浮かぶ瑠璃色の空。空の色を寸分違えず映しだす広大な海は、海岸線に近づく程、濃い青から、明るい水色へ、そして透明へと色を変え、足元に打ち寄せてくる。白い鳥が羽を広げたかのようなこの砂浜は、太陽の日差しを乱反射させ、自らが光を発しているかのように、まぶしく照り輝いている。
 耳をすますと空を舞う海鳥が鳴く声にまじり、足元から泡の弾ける音がする。視線を移す。なるほど。この音の正体は、寄せて返す渚の立てる音だったというわけだ。
 海辺独特の湿った強い風が、地平線から吹いて来る。がりがり君とあだ名される僕の、大きすぎる制服のワイシャツが、勢いよくはためいた。

「ここはどこなんだろう? なぜこんなところに? まだ夢の中なのか?」

 誰ともなしにつぶやき、ふと視線を足元に這わせたその先に、チョコチップのような、無数の黒い破片が白砂に散乱しているのを見つけた。思わずしゃがみこんで、その欠片を手に取ってみる。薄くて小さなカードの一部のようなもの。切断面が強烈な日差しを反して、白銅色に光っている。なんだこれ? 指先でつまみ角度を変えて観察しながら立ち上がり、日差しにそれをかざした。と。自然と向こうにやった視線の先。水平線の彼方、空と海の境目に、何か不自然な物体があるのが目に入ってきた。
 思わずそっちの方が気になってしまい、手にしたものをそのままにそちらを見つめた。空に向かい両手を突き上げるように立つ、白い支柱のようなもの。生物学の教科書で見た巨大な草食竜ディプロドクスの骨のような残骸。あれは……。

「田村ミク」

 背後から声がした。

 抑揚のない冷たい感じの声だけど、高くキレイに響くその雰囲気から、若い女の子のものであることがわかった。。間違いなくその声は、男だか女だか分からなくて好きになれない僕の名前を呼んでいる。

 ど、どうしよう?

 僕はあからさまに動揺した。そんな僕をどうか大目にみてやってほしい。
 自分で言うのはなんだけど、僕は多感な16歳の男子高校生だ。女の子に興味がないって言ったら嘘になる。あまり大きな声でいえないけれど、美少女が出てくるアニメもゲームもよく見るし、やる。けれどあだ名から想像に難くないと思うけど、華やかな高校生活とは無縁なキャラだ。そもそも僕は男子校に通っている……。
 そんなんだからこの状況にかなりのうろたえている。もし振り返って、そこにむさ苦しい野郎が立っていたら……期待させやがって! と、ばかりに殴りかかるかもしれない。いや。腕っ節がみじんもない僕だ。膝から崩れ落ちしばらく立ち上がるれなくなるに違いない。

 とにかく。

 僕はゆっくりと。しょうもない期待と不安を胸に後ろを振り返った。同時に声が投げかけられる。


「あなたがここにいる理由。それは、私があなたを呼んだから」


 僕は振り返理、そして目と口をバカみたいに開けて固まってしまった。
 拍子抜けするほど期待通りのシチュエーションがそこに準備されていた。僕の背後には同い年程の「美少女」が黒髪のショートボムを潮風になびかせて立っていたのだ。

白く長いほっそりとした手足、整った顎。大きな口に、薄いピンク色の唇。大きなアーモンドアイに、びっくりするほど長いまつ毛。こんなかわいい子を僕はリアルで見たことなどない。まるでアニメから飛び出したヒロインのような容姿。それなのに、身に付けてる服はたいそう変わっている。グレーのポケットがたくさんついている作業着のような上着に、ミニ丈のキュロットスカート。ダークグレーの古びたブーツを履いている。そして。首には目の覚めるほど赤いスカーフを巻いている。よくソーダ水に浮かぶ赤いサクランボそっくりなそんな色……そんな出で立ちの彼女は、じっとこちらを見ていた。自然と視線が合う。

 その瞬間だった。僕の足元に黒い何かが投げつけられた。驚いて僕は一歩飛び退り、自分でも情けないほどうろたえた目で彼女を非難がましく見つめた。彼女はそんな僕をあざ笑うでもなく、もちろん謝るでもなく。ただ見つめ続けている。僕は彼女の挙動を見張りつつ、足元に投げられたそれをつかみあげて、ちらりと見遣った。片手で持てる程度の大きさで、「く」の形をしたそれ。短い部分は焦げ茶色。長い部分は漆黒。真っ白な日差しを受けて鈍く光るずしりと重い金属の塊。回転式の拳銃……? な! ど、どうしてこんな物騒なものを!?


「世界の果てでこれを撃ち、私を消して欲しい」

 唐突に彼女はそう続ける。何を言い出すんだ!? すでに十二分に狼狽している僕にさらに追い打ちをかけるかのように彼女ははちゃめちゃなお願いを口にした。一体何の目的で!? 彼女の真意を確かめるべく、まっすぐに、睨むようにその瞳を見つめ返した。その視線に動揺もせず彼女は続ける。

「そうでなければ、私があなたを撃ち殺してしまうから」

 ぼ、僕が彼女に殺される? こいつさっきから一体なにをやりたいんだ!? わからないことだらけな上、一方的に生死に関わるような重い話を投げかけられ、僕はかなり苛立ちを覚えていた。だけれど人は混乱がひどいと頭の中が整理できなくて、うまく言葉が発せられなくなるらしい。さっきから、唸り続けるばかりで、彼女に言い返すことさえできない。そんな僕を後目に、彼女は言いたいことだけ言い終わると、目の前に広がるソーダ色の海に、静かに視線を漂わせた。その姿はまるでそこに彼女のいう確定された破滅的な未来があるかのようだ……。

 いや……待て。違う。僕は頭を振り、瞬きをする。海の向こう。白い支柱が並ぶ空と海の狭間に何かが姿を現していた。彼女はそれを見つめている。黒い陽炎のようなもの。透き通りあちら側の景色が歪んで見える。不安な気持ちで胸が押しつぶされそうになる。奇妙で気味の悪い見たこともない物体。あれはなんなんだ!? その疑問に答えるように、彼女が急に僕を振り返る。

「追って来た……とにかくこっち!」

 投げつけられた銃を持ったまま立ち尽くす僕の左手首を、乱暴につかみ上げ、彼女は浜辺の裏手にある低木の茂みに向かい駆け出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 説明、説明してくれよ!」

 やっと言葉を発せられたのに、彼女がそれに答えてくれるはずもない。僕は女とは思えないすごい力で引きずられるようにして彼女の低木の中に引っ張り込まれた。枝と草が開いた口に無造作に飛び込んで来て、オエ! 思わず口と目を閉じた。ふと目の前が開けた感じがする。それに促されて目を開ける。

 そこにあったのは。

 どこかへ浜辺を抜けそのまま海面へと続く長い長い線路。そしてその線路の上を走るらしい不思議な形状の古びたトラックが1台。
 
 そしてその屋根には、したり顔して舌舐めずりしている一匹の大きな大きな黒い猫。

 ぼ……僕は一体この先どうなってしまうというのだろうか。頭を抱えそうになった僕の肩を誰かがポンと叩いた。

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