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【小説】人の振り見て我が振り直せ  第5話「その怪しい行動、バレてますよ?」

 由希子が入社して半年が過ぎたにも関わらず、未だ欠員状態が続いていた。年度末の3月で石野(第4話)が退職して3ヶ月、さらに一人ひとりの仕事量が増えていた。

 由希子は欠員状態でなければ、おそらくする事もなかった仕事もせざるを得なくなっていた。

 それは、契約社員の先輩である太田が担当している仕事で、この施設の郊外にある小規模な施設の点検を正社員と二人で巡回していた。おそらく太田は、仕事ができるのもあるだろうが、石野と同じくフットワークも軽いため使い勝手もよく、将来正社員になることを見据えた担当配置なのではないかと由希子は思っていた。

 その太田にいわゆる〝外回り〟の点検を教えていた正社員の芳本哲也と、太田の代わりに由希子はその仕事をする事がたびたびあったのだ。

 もちろん、太田のように出来るわけもないのだが、それくらい人員が不足しているということは否めない。

 芳本は由希子と同い年で、8年ほど前に契約社員から正社員に中途採用された。太田とは前職で同じ設備関係の会社で働いていたらしく、太田をこの会社に誘ったのも芳本の口添えがあったからのようだ。二人は気が合うようでプライベートも仲が良いのか、職場でもよく雑談をしていた。

 ある月曜日、また茉莉花が突然休んだので、(これだけ頻回なら、もう突然というよりは〝いつものズ○休み〟と表現したほうが正しい気がするが)太田は茉莉花の代わりの仕事を担当するしかなかった。

 太田「またあいつ休みやがって!休み明けに休むの、ホント得意だもんな。どうせ日曜日、夜遅くまでスマホいじってたんだろ?スマホ依存症だからな!しかも自分で言ってたし。」

 きっと太田は芳本にいつも茉莉花のことを話しているのだろう。さらりと嫌味を言い放った。

 そんな太田に芳本は、そんな嫌味ぐらいではまだまだと言わんばかりに軽く半笑いで言った。

 芳本「まだまだ甘いよ、太田くん。こないだなんて、月曜日来たかと思ったら、火曜日から金曜日まで休んだんだよ。」

 太田「あーそうだった。しかも四半期検査の4日間だった…。もう、終わってるわ、あいつ。」

 芳本「あんなに休まれたら、週間計画(一週間の業務の予定を月曜日にミーティングにて周知することになっている)もたてられないよ。計画しても突然休むから予定が全部狂っちゃうんだよ。飯田さんに出来る仕事あれしかない上に、こないだみたいに四半期検査に人が取られるときとか、面倒な仕事があるときを見計らって休むだろ?あの子。正直、いない方がマシだよ!」

 芳本は話しながら怒りが込み上げてきたのか、半笑いから眉間にシワを寄せ、強い口調で言った。

 終了ミーティング(業務終了の30分前に一日の業務報告と夜勤への引継ぎをする)の時間を待つ間、この二人の会話を聞きながら、由希子は思っていた。

(確かに芳本の言うことは間違ってない。勤務指定している以上、よほどのことがない限り、勤務するものとして担務を配置するのは当然のことだ。

 茉莉花に休まれたら、茉莉花の仕事を他の社員に割り振るしかない。残りの人員でカツカツで計画をたてているため余裕が全くなく、人員不足で危険を回避するためには仕事を先送りするしかない。でも、期限もあるから、どんどん遅れて計画が思うように進まず、イライラは募るばかりなのだろう。芳本の気持ちはよく分かる。

 だからこそ、この二人のやり取りは近くにいる所長に〝わざと聞こえるように言っている〟のではないだろうか。
 
 そして二人はもともとプライベートでも仲が良いほど気があっている。だとすれば、遠回しの二人の所長に対する圧なのではないか。)

 由希子がそう思うのにはもう一つ理由があった。

 それは、この日の〝外回り〟の時の芳本との会話を思い出したからである。

 芳本は社用車の助手席に由希子を乗せて〝外回り〟の仕事に向かう途中、由希子に聞いてきた。
 
 芳本「藤さん、うちの会社、常に欠員状態で負担が大きいけど大丈夫かい?」

 由希子「えっ?どうしてですか?」

 芳本「結局、人が足りないからって、藤さん、何でもやらされてるからさ。でも、採用になって日が浅いのに、わからないなりにも出来ちゃうから、つい頼んじゃうんだよね。申し訳ない。」

 由希子「いえ、私は与えられた仕事を一生懸命やってるだけですから。そんなにお仕事出来るわけではないけれど、自分の出来る最大限は努力しますので、気にしないで下さい。」

 芳本「そう言ってもらえるとありがたいよ…。」

 芳本は運転しながら会話を続けた。

 芳本「話変わるんだけどさ、俺、先週の金曜日の帰りに、飯田さん(茉莉花)が所長の車に乗って帰るの見たんだよね…。それが今回だけじゃなく何回もあってさ。本人たちは見られてるの全く気づいてないと思うけど。太田も結構な回数見てるらしいし、藤さんは見たことある?」

 芳本はあきらかに予測がついてる様子だった。

 由希子「実は私も何回か見たことあるんです。飯田さんが薄暗い社員通用口のところで、こそこそスマホの画面見て誰かを待ってるところ。私、飯田さん苦手だから(理由は第3話)少し時間を遅らせて帰るんですけど、飯田さんはバス通勤だから、着替えてすぐバス停に向かうと、丁度よくバスに間に合うはずなのに、社員通用口の奥の方で隠れてたんです。でもスマホ見てるから、スマホの光で飯田さんが居るってすぐわかるんですよ。」

 由希子はその勢いのまま続けた。

 由希子「私もそれに気づいたので行きづらくなって、飯田さんの様子を階段の陰から見てたんです。そしたら、所長の車が通用口に停まって、助手席に飯田さんが乗ったんですよ。あれは正直、乗り慣れてる感じだったから、初めてではないとすぐに分かりましたよ。」

 芳本「やっぱりね。藤さんは気づいてるんじゃないかと思ってたんだ。前に太田が〝藤さんは感がいいと思う〟って言ってたし。」

 由希子「私も色んな職場を経験してますけど、私じゃなくても〝感がいいひと〟はすぐにわかると思いますよ。他人の行動って意外と見てますから。〝あの二人はデキてるのでは?〟ってね。バレてないと思ってるのは本人たちだけで。もちろん100%決めつけはしないですけど。ラブホ○ルに入るところ見たわけではないですから。」

 芳本「でもやっぱり怪しいと思うよね。太田が言ってたんだけど、飯田さんが休みだした頃と、頻繁に所長が送っていく姿を見るようになった時期が一緒じゃないかって。」

 由希子「そういえば、採用になって半年くらいは真面目に来てたって、確か、太田さん言ってましたね。」

 芳本「そう。だから、その頃から〝デキてる〟んじゃないかと思ってるんだよ俺たち。」

 由希子「たぶん、そうかもしれませんね。じゃなきゃ、所長があんなに休む飯田さんに何も言えないの、おかしいですもんね。ずっと不思議に思ってたんですよ。」

 芳本「でしょ?弱みを握られてるんじゃないかと思うよね。いわゆる枕○業みたいなもんで。所長も家庭があるし。確か飯田さんと同じくらいの娘さんもいるはずだよ。」

 由希子「………。」

 芳本「それに…俺見ちゃったんだよ。」

 由希子「何をですか?」

 芳本「あの二人がさ、顔くっつけてるところ…。」

 由希子「えぇ〜!?」

 由希子は狭い車の中で大声をあげた。
 由希子も疑っていたが、芳本のその言葉でさらに確信を強めた。ただ、全面的に芳本の言葉を信じたわけではない。芳本が所長と茉莉花をよく思ってないために、作り話をしているとも限らない。
 でも、芳本の普段の仕事ぶりや行動、太田との会話を聞いていると嘘をつくような人物にも見えなかった。

 夢中で会話しているうちに、施設に到着したので、その話は一旦やめて仕事をこなしていった。

 帰り道も終始、お互いの情報を共有するかのように、茉莉花と所長の怪しい行動の話で盛り上がり、あっというまに時間が過ぎた。

 終了ミーティングが終わり、タイムカードの打刻を終わらせた後、茉莉花のいない更衣室で着替えながら、由希子は思っていた。

(所長と茉莉花が〝デキてる〟〝デキてない〟なんて、正直どうでもいい。過去の職場でもうんざりするほど見てきている。奥さんが職場に乗り込んできたところを見たことだってある。○倫だろうと、なんだろうと、本人たちの意思である以上、他人がとやかく言う筋合いのものでもない。ただ1つ言えることは、

 仕事に持ち込むなってこと!

 むしろ、仕事とプライベートをきっちり分けて、周りに気づかせないほど巧妙にやってのけてこそ、価値があるのではないのか?と思うくらいだ。倫理上は良くないことはわかっているが。

 そんなバレバレな行動、幼稚過ぎて笑い話にもならない。40歳も過ぎた家庭のある男が、娘と歳の近いの女にうつつを抜かして、奥さんと揉めようとなんでもいいけど、それで茉莉花に何も言えず、仕事上優遇するのはおかしくないですか?

 あの汚いロッカーの持ち主(第3話)である茉莉花本人よりも、茉莉花のような女の本質を見抜けず、性欲に任せて〝そういう関係〟になってしまう所長の残念さに、ただただ落胆する。

 と言うことは、所長もそれほどの人物ではないのだろう。〝類は友を呼ぶ〟といいますからね…。)

 でも、由希子には少し引っかかることがあった。

(果たして、あの入社したときの茉莉花に対する〝あたたかい目で…〟という言葉(第1話)は、そういう関係の女に対して甘く見てほしい、という自分勝手な発言だったのだろうか。

 それとも、もうあの時すでに茉莉花のエスカレートする行動に手を焼き、茉莉花を守る段階はとうに過ぎて、自分でもどうにも出来ないところまできてしまっていたのか。)

 由希子は、半開きのロッカーに貼ってある、茉莉花の名前を見ながら、しばらくそんなことを考えていた。

 

 
 

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