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圧縮率の違い

週末に小さなプラモデルを作った。1/72スケールの装甲車は手のひらに収まってしまうくらいの大きさで、パーツも少なかったからあっという間に形になってしまった。たった一日で組み上がる爽快感。そして物寂しさ。

完成の楽しみを引き伸ばしたいと感じたのかは分からないけど、少し細部に手を入れ始める。装甲板の溶接痕を再現しようとランナーの切れ端をライターの火で焙って細く延ばして作ったプラスチックの糸を車体に貼り付ける。接着剤を塗って柔らかくなってきたところに細かいシワを刻んでいくと、遠目には鉄板を溶接したように見えるはず。

しかしいつもと何かが違う気がして手を止めた。

作り慣れた1/35スケールのキットでは実物から1mの距離で見える情報は模型の中に再現できます。しかし、1cmの太さの溶接痕も1/72スケールの模型では0.13mmと髪の毛ほどの太さで、模型に再現してもディテールは目に映らないのです。模型の中では2倍の太さにデフォルメするか、見えないものとして省略するかの判断が必要になります。

スケールが小さくなると再現できるものに制約が多くなってきますが、小さな1/72のキットは1/35スケールの模型に比べて情報が少ないのかと言うと、それは間違い。

情報を圧縮するルールに違いがあるだけです。

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模型の楽しさは現実では大きなものが小さくなって目の前に現れることです。圧縮率と余分なディテールの捨て方に模型としての面白さがあります。情報の量ではなく密度が大事で、スケールに合わせて時には目で追えない情報を間引く必要も出てきます。1/35スケールよりもディテールの少ない1/72のキットに、むしろ模型の魅力が詰まってたりします。


1/700の軍艦のプラモデルを作った時にも似たようなことを感じました。

巨大な軍艦も手のひらに納まるサイズに縮小されると、小さすぎてプラスチックで再現できないディテールは省略されます。窓のガラスは透けてないし鉄板のリベットも見当たらない。細かいエッチングパーツを使って軍艦の構造を精密に表現する方法もあるのだけど、果たしてそれで何が表現できるのだろう。実物に迫るリアルさなのか? (たぶんそれは違う)

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記録写真で船の甲板から艦橋を見上げたシーンを見たことがあるのですが、プラモデルの軍艦とは全く別の物に見えました。細い手摺りやタラップ、支柱の補強材、垂れ下がるワイヤー。精密機械のようなプラモデルの軍艦とは全く違って、恐ろしく雑然とした巨大な建造物でした。

どれだけ精密に作られた模型も拡大してみれば、実物とは全く違う物体になります。写真のファイルサイズを圧縮するJPGの画像と同様、模型のスケール圧縮は不可逆的です。


写真なら、モチーフと撮った写真は全く別な物だということは誰もが知っています。当然のことながら、写真の表現の密度と解像度も別の話です。

写真を撮る人の中には実物のディテールに迫る高い解像度や色再現の正確さに対する信仰も根強くあるのですが、精密描写が写真の質を決めているとは限りません。それこそ、本物そっくりに撮ることが大事なのでしょうか?

同じ話が模型にも言えると思います。



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