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見える迷彩

ミリタリーの世界を端的に表しているのは「色彩」なのだろう。濃いグリーンに塗られた装甲車、カーキ色のジャケット。いわゆるミリタリーカラーです。普通の車もオリーブグリーンに塗装すれば途端に軍用車に見えてきます。ポルシェをカーキ色に塗っても流石にミリタリーっぽくは見えないかも知れないけど、その逆で例えばジープを黄色に塗ったら、そのままサーフィンにでも行けそうなルックスになる。デザインの意味は色で決まるものかも知れない。

それこそ「迷彩」なんてのはミリタリーの必須アイコンで、相手から見えにくくなるように何色もの斑点を散りばめてシルエットがぼやける効果を狙ってます。使われる地域の地形や植生に合わせた色彩パターンを季節で使い分けたりして、迷彩服を着た兵士が藪に紛れてたりすると本当にどこにいるのか見分けがつかなかったりします。

配色とパターンはデザイン的に見ても面白いからファッションにも取り入れられて、迷彩柄のジャケットやパンツで街を歩いてる人も見かけます。迷彩を使って人混みの中に自分の姿を消すためではもちろんなく、街中のような周りに自然がない環境では迷彩柄が周囲から浮き上がってビビッドに見える効果があります。カムフラージュの理論を逆手にとった遊びとも言えます。

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迷彩をした戦車の面白い写真を見つけました。1944年の8月に撮られた写真です。その黄色く囲った部分。迷彩パターンの中に何かの形が塗り残されてるのが分かると思います。戦車が工場から出荷された時はダークイエロー単色の車体だったのでしょう。車体後部には予備の履帯を取り付けて、中央には牽引用のワイヤーロープを巻いてセットしてあったはずです。そして現場で迷彩塗装をするときに、予備履帯とロープは取り外さずにそのまま上からブラウンの輪郭とオリーブグリンの斑点を塗ってしまったと想像できます。

日常的な思考では、車体と装備品はそれぞれ固有の色、役割が違う物は違う色だと普通は考えます。例えばプラモデルで戦車を作る場合、カタログ写真のように車体は迷彩色に塗って履帯とワイヤーロープは素材感たっぷりにメタリックグレイで塗るのが正しいと考えてしまいます。そして履帯に浮いた赤錆の色、ワイヤーはオイルで黒く変色...とウェザリングに熱中するのはプラモデルの世界だけの話。それは迷彩の本来的な狙いとは真逆な思考です。

物の形を曖昧に、姿が消えるようにする、という目的からすると車体も装備品の履帯もワイヤーロープも同じ色で塗るのが正解。色のパターンで覆って素材感も消して遠目になんだかよくわからない形に見せるのが迷彩の効果としては重要で、装備品をわざわざ取り外さずに車体と同じ迷彩色で塗るのが「正しい」塗り方だったのでしょう。横着した訳ではないのだと思います。

そして結果、戦闘中に装備品が脱落してしまって履帯とワイヤーロープの形に塗り残された迷彩塗装の「影」がくっきりと、日焼けした背中の水着の跡みたいに夏が始まる前の記憶をそこに残しています。

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