見出し画像

書けん日記:8 記憶という名の虚像

或日の午後。いつもの打ち合わせの席で――
不肖「ああ~いいっすねえ、やっぱり星野之宣先生のコミックは」
T氏「おっそうだな。というか、星野マンガ好きのyouが。まさかレインマン読んでないとかないわ。仕事させずに読ませたかいがあったわ。甲斐があるといいなあ」
不肖「このですね。SF成分と伝記成分が、養命酒よりも濃厚にからみあってこうスーッと……五臓六腑を統べる脳に染み渡る面白さ。諸星大二郎先生と合わせて、星野先生に紫綬褒章をはやく。やくめでしょ内閣府」
T氏「宗像教授の新刊も出るからな。今から楽しみじゃグフフ」
不肖「宗像教授も長いっすねえ。最初に読んだのは……私が二十くらいでしたか。懐かしい」
不肖「あのころは。教授も、ダイダラボッチに火◯瓶投げたりやんちゃでしたねえ」
T氏「アッ そうだ。それな。それ――たまに話してた、それ」
T氏「教授が、怪異にむかって火◯瓶投げるシーン。よくネタにして話していたんだが、な――先日な、宗像教授を全部、読み直してみたんだが……無いんだ」
不肖「エッ 無い、とは――」
T氏「教授が、火炎瓶を投げるシーンは……少なくとも、単行本には無い」
不肖「なっ あれっ? じゃあ。あれえ? 私たち、あのシーンを肴によく話していたのは……」
T氏「うむ。俺も、たしかに見覚えのようなものがあってな。単行本を見返してみたが――無い。もしかしたらと、星野先生の他の作品、2001夜物語とか。短編集も見てみたが……無いんだ」
不肖「ウッ じゃあ。私たちの中にある、火◯瓶投げてた宗像教授は――」
T氏「なにかの思い違いが……たぶん、いや。絶対お前の思い違い。それを話しているうちに、実在しないシーンが俺たちの右脳を通じてリンク、両者とも火◯瓶と教授のシーンが実在しているという虚像を信じ込んでいたのかもしれんな」
不肖「そんな……。そんなの。永井豪先生の『けっこう仮面』の敵のように『ごめんなさい星野伸之先生』って、血反吐はいて絶命するしかないじゃないですか私たち」
T氏「お前だけで吐いてくれると助かるんじゃが。というか、謝るのは星野先生だけでなくて。テキストが遅れてご迷惑をかけまくったお客様と関係各所にな」
不肖「全く予想もしなかった方向からのど正論は、致命傷となりうる――」
不肖「あっそうだ(唐突)。 ――実在しない記憶 といえば。あれですよあれ」
T氏「あったなあ。『あのシーン』。 って、このやろう。あれもお前が原因じゃあ」

――などと。
SFそして伝記界の巨匠、星野之宣先生のコミックをネタに、打ち合わせの時間を無為にしてしまいながら過ごしていた私は、ふと。

――実態が存在しない記憶 脳に焼き付いた虚像

……と、言うものに。書けん苦渋の中、思いを巡らして。逃避ともいう。
「そうそう、あれあれ」「だったよねえ、あれ」 と記憶し、信じ込んでいたものが。
現実という名の光と照らし合わされてみると、その記憶は外道照身霊波光線を受け――ただの思い違い、記憶という名の虚像だったことが、たまによくある。
冒頭の、星野伸之先生の名作コミックのシーンも、そのひとつ。

書けんままに、濁った野池に沈む枯れ葉や汚泥のような有り様の私の脳と記憶の中に、手を入れてかん回してみると――似たような虚像たちが、ぼこぼこと、あぶくとなって浮かび上がる。
そのひとつ。
アカシックレコードに専用タグ付き固定で保存されるべき名作映画。
『マッドマックス』シリーズ。
その中でも有名な『マッドマックス2』。
子供の頃に見て、これも脳に大火傷を受け。劇場まで見に行った親類からパンフレットをもらって、それを閉じが裂けてばらばらになるまで見まくった、思い出の映画『マッドマックス2』。
いま、世界中にきらめく様々のメディア。エンターテインメントのビジュアルなどに多大な影響を与えたマッド・マックスシーリズ、その2を。
先日、久々に鑑賞してみた私は……。――……?? あれえ? と。

「違う……。覚えていた、記憶の中のシーンと、映画の中のシーンが違う」

もちろん、正しいのは映画のシーンである。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世がガチホモなのとおなじくらい鉄板で、正しいのは映画のシーンである。間違っているのは、私の記憶。
たとえば――

冒頭で、マックスが空から来た男ジャイロキャプテンを返り討ちにしたシーン。
ここを見て、私は。
「あれえ? ここでマックス、キャプテンを殺そうとしてショットガンを撃ったら。弾が腐っていて不発でキャプテン命拾い、そのおかげで――」
と。脳内での記憶、何度も見たはずの名シーンの記憶が。
現実と違って、ただの虚像だと見せつけられて愕然としたりする。そのまま見続けると、仲間というか腐れ縁になったマックスとキャプテンが、罠にかかった暴走族の死体からショットガンの弾を入手したシーンのあとで、不発のくだりがあり。
「あれえ? じゃあ……キャプテンを殺そうとしたあのシーンは――」
そこでよくよく考え、また冒頭から見直してみると。そもそも、キャプテンと出会った段階では、マックスのショットガンは弾が()。
では……私の頭の中、記憶の中で存在感を放っていたあのシーンは……。
いったい、なんだ……? 
書けんおっさんは、時間を浪費しつつその虚像の正体を探って――しばし。そして。
……ああ! と。
作品は全く違うが、こちらも不朽の名作『北斗の拳』コミック。
その初期のシーンで、みんな大好きジャギ様がショットガンで雑魚モヒカンを殺そうとして……のシーンが見つかって。ああ~~これじゃああ~~と。
どうやら、私の中で『マッドマックス2』と『北斗の拳』のシーンがごっちゃになり、それがいつの間にか融合して。私の脳の中で、私をしばらく騙すのには充分な解像度をもって、存在しないシーンが作り出されていた……のだ。
私の中で、勝手に虚像が膨れ上がって。現実の思い出に背乗りしていたのである。

これ、危ねえなあ……。と思いつつ、『マッドマックス2』を鑑賞した私は、独り戦慄する。これがまだ、エンターテインメントと妄想、虚像だったからいいようなものを――
これがもし、現実世界の事象を、妄想や虚像で上書きしてしまい……それを自分の現実と信じてしまったら、かなり危険なことになる。と思う。
そして、そういう事象による悲劇や惨劇が、リアルの事件や歴史などに散見される。
 こりゃこわい。
宗像教授やマッドマックスで前科のある私は、特に気をつけないといけない。

否、前科はそれだけではない。なかった。
ときには、お仕事で――テキストでやらかしてしまったことも……多々。

もう5年ほど前になるだろうか。あるゲーム作品の続編を手掛けさせて頂いて、いつもながら苦戦し、そしてゲームに特有の分岐、マルチエンディングなどのシーン構成を進め。その中身を書いていたときのことである。

不肖「すみません、エンディングのいっこ。これの内容なんですが……以前に書いたテキストとですね、内容がシンクロしていると言うか。ダブらないようにどっちか直そうかと」
T氏「えらいぞ。いつもは、やらかしてから発覚するのに作業前に気づくとは。で、どんなシーンなんだ?」
不肖「主人公の彼がですねえ、持ち前の幸運が裏返ったと言うか暴走というか。世界の因果すら捻じ曲げるような運命ちから を持ってしまい、最後は――」
T氏「ああ。あのバッドエンドの。あれはもう出来ていたじゃないか」
T氏「すべてを失い、追い詰められた主人公が。ギャングに勝ち目のないギャンブルを押し付けられて……だが。彼の強運はそれすら跳ね返し、ギャングの要求はエスカレート」
不肖「はい。主人公の豪運は、周りの人間すべてを死という不運に。最後は……という」
T氏「ちょっとやりすぎかとも思ったが。まあもう出来ているんでヨシ」
不肖「それなんですが。……彼がですねえ。ラストシーンで。崩壊してゆくビルの高層から、破れた窓から。漆黒の虚空、奈落へと身を投げて――でも。墜落ではなく、夜の闇の中に溶けるように……翼もないのに飛んで、夜の暗闇の中に消えてゆく……。もう彼は人間ですら無くなった、物理現象すら捻じ曲げる怪物になった……という、例のボツシーン。あれなんですが」
T氏「……ああ、そういえば。あったなあ」
不肖「あれがですねえ……あのシーンのテキスト、フォルダにないんですよ。バックアップにも見つからなくて」
T氏「なんだってお前はそうGrep検索に根性がねえんだ。仕方ねえ、探すからちょっとまってろ」
不肖「ハイッ」
――5分後 パファーン時間経過の効果音
T氏「……。どこを探しても無い。そんなシーン、セリフもト書きも無い」
不肖「ですよね。……作業はみんな共有化しているはずなのに」
T氏「……だが。そのテキストを、シーンを見た覚えがあるような」
不肖「私もなんですよ。こうやって、打ち合わせで何度かお話も――」
T氏「……。んっ? んっ、ん? ……アーッ、わかった。このやろう」
T氏「おまえが。こうやって。書けんとべそかいて、書けんいいわけでグダグダ話していたら。まだテキスト化されてないシーンの話をべらべら、こうやって話していたら!」
不肖「あったかもしれませんねえ」
T氏「あったんだよ。そうやって、おまえが書けてもないシーンのネタ、こうやって何度も話すもんだから。こっちも聞いちまったから」
T氏「しかも。酒の席とかで話すもんだから。アルコールで緩んだ脳に。脳が。記憶が。盗まれたんだよ、書いてもいねえシーンによう。その結果――」
T氏「『そういうシーン』が、あるもんだと思いこんでたんだよ、二人とも!」
不肖「えっ。そ、そんな……じゃあ、あのシーンはすべて……虚像 書いてない……? そんな」
T氏「書かんで駄弁ってばかりるからこうなる。書いたつもりでは金にならんぞ」
不肖「ではあのシーンは、テキストは――」
不肖「……では私の家族は、妻も娘も、全部幻想、幻覚……刑事さん、そのウソ夢、どうやったら消すせますか」
T氏「書かん作家ぽ ん こ つ に政府の援助はねえ。さっさと仕事しろ」
不肖「すみませんすみません……国民の義務を果たします……」


もしよろしければサポートなどお願いいたします……!頂いたサポートは書けんときの起爆薬、牛丼やおにぎりにさせて頂き、奮起してお仕事を頑張る励みとさせて頂きます……!!