欧州と日本の建築物に対する価値観の違い

秋〜冬にかけて少したてこんでしまい、ストップしてしまっていましたが、まだ、まとめていくのですが、その前に・・・

今回の資料まとめの件で勉強になったことがあります。それは、日本の土地建物と、欧州やアメリカ等の土地建物に対する考え方とが、真逆だということ。

向こうでは、建物が古くなるほど、価値が出る、という考え方で、アンティークにちかいような感覚で、価値が出るそうです。(特別な建物というだけのことではなく)その考え方からいえば、クレッセントや、そのほか歴史ある、あるいは主人の物語が色濃く残り、かつ建築としても素晴らしいものに関しては、例えばイギリス等では、利益を度返ししても守るべき、という考え方が、不動産業界でも定着しているようで、あえて更地にせず残す,ということが通っているようです。

また、アメリカではホームパーティーをする際に、より良い内装を含めてのお披露目をすることで、いずれこの家を後にする時に購入の可能性のある人へのアピールとして、少しでも見栄えの良い建物を見せるため、ということもあるそうです。

日本では、美しい風景がなかなか残りづらいのは、建物の価値はあくまで消耗品で、年月が過ぎるほど価値がなくなり、やがて0円になってしまうという事情があることが大きいと思います。丹精込めて立てたおうちも、どんなにコストをかけても最終的には価値がなくなってしまうので、最低限住める程度の装いになる。そうすると、精神的な豊かさを日常生活のなかに盛り込みづらく、子供や孫の代では、建物自体の付加価値度も低く、そもそも価値が0になってしまっているので、古くてもうすみたくない、守る価値もない、という具合になってしまうのです。そうすると、たとえ土地がのこっても、立て直しをしたりと、以前からのものを継続して使えなく、その分コストがかかってしまい、土地建物を次にわたすときに、基本更地から再スタート、ということが常識になっています。そうすると、建物に付加価値がある無いに関わらず、例外なく、古い建物は取り壊しが常識になっています。

日本と欧州やアメリカでのそうした価値観の違いを、noteをまとめている中である方から伺うことができて、とても勉強になると同時に、それだとちょっと、文化として幸せ度を高めにくくなってしまっているんだな、と感じました。

幸せには色々な形があるけれど、建物は人格そのもの、という考え方から見たときに、先代、先先代が丹精込めて作った空間のなかに身をおくこと、それを、新しい時代に新しい形で繋いでいくこと、家族という、個人の人格形成にとって大きな存在を生活空間から日々感じとることで、精神的支えにもなり、一人の人間としての成熟にもつながります。それは、たとえ誰か見知らぬ人が立てた建物であっても、その建物がもつこれまでの物語を肌で感じることで、ただ単に建物というだけではない、温もりや、時代の歴史そのものを感じながら過ごす事ができる。そういう場が、ほんとうに少なくなっています。

日本が物質的に豊かになってきている一方、世界幸福度ランキングでは、年々幸福度が下がっていて、2020年には62位にまでさがってしまっていること、幸福度上位の国では、1位フィンランド、2位デンマーク、3位スイス、4位アイスランド、5位ノルウェー、6位オランダ、7位スエーデン、8位ニュージーランド、9位オーストリア、10位ルクセンブルグと、その殆どが欧州の各国で占められている、というのには、とても考えさせられるものがあります。

でも、これまでの常識って、そんなに簡単にかわらない。

それも理解しつつ、こちらで、微力ながら、クレッセントハウスの資料をまとめはじめたのは、まずは小さな奇跡から信じることで、何かが変わるかもしれない,と思ったからでした。とても小さい何かでもいいんです。

それが、単にある時代からのメッセージ性としてのものにとどまるか、そこから何かを変えるようなことにまで発展しうるのか、全くわからないけれども、とにかく、現代の中で、クレッセントハウスがもつ様々な物語が、今の時代に、新しく何かに生まれ変わっていくことができるなら、という想いがありました。

そうした中、少しづつ、noteをきっかけとした出会いがあったり、これまでならあまり話をする事がなかったような方とお話をできたりと、まず小さな奇跡が生まれ始めているような気がします。

祖父のレリーフからは、個人の夢や思い入れを越えたところで、多くの人たちの想いや理想が、クレッセントハウスの設立を実現したのだ、と思っていたことが、とても強く伝わってきます。

今の時代にも、そんなメッセージがどこかで伝えていけるよう、何かを形作っていけるよう願いつつ、小さな使命感として、手元にある資料を引き続きまとめていきたいと思います。

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