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【4/25】名古屋まつり郷土英傑行列コースを毎日歩く 「燃える男」星野仙一

4月25日のウォーキングコース
若宮大通(20:35)~大津通北上~栄交差点~伏見~納屋橋~笹島交差点~名古屋駅ミッドランドスクウェア前(21:14)

 今日もまた仕事で帰りが遅くなりました。と言っても昨日おとといほどではないので、街はまだ人が多かったです。

 「燃える男」といえば、巨人の長嶋茂雄ですが、中日ファンなら「星野仙一」を思い浮かべるでしょう。 
 以前、1974年の中日×巨人戦で中日にマジックが出た試合について書いたことがありました。その時に僕は「この時が星野仙一の全盛期だったと思ってます」って書いてますが、実際に星野仙一氏の投球映像は今ではほどんど見たことがなかったんですね。それがYoutubeでテレビの中継画像(の録画)という形で観ることができました。

 もう晩年の投球なのが残念です。でも、星野仙一氏は監督就任以降があまりにも有名で、現役時代を知る人はおそらく60歳以上(!)でしょう(笑)

 中日のエースナンバー『20』を背負い、前述のようにマジック点灯の試合に投げ切り、優勝決定の瞬間にもマウンドにいたほどの大功労者なんですが、いざピッチングとなると僕もあまり記憶がありません(笑)
 同年代の江夏のような速球、堀内のようなカーブ、平松のようなシュート、木樽のようなスライダーみたいに得意球があるわけでもない、あえて言えば「気迫」だけでバッターに立ち向かった投手と言えるでしょうか。今考えても不思議です。

 1974年優勝当時の映像がありましたが、この時活躍した星野仙一氏、高木守道氏に大島康徳氏も亡くなられてます。あれからもう50年か・・

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