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夫婦で歩くプロヴァンス歴史散歩#50/おわりにローヌ渓谷を見つめて#01

https://www.youtube.com/watch?v=EAMwED9GHcs

「中央ヨーロッパを横断するヘルシニア造山帯は、フランス中央部にまで至ってる。古生代石炭紀にはシダ植物の大森林があった場所だ。大陸移動のために皺となって出来たのがヘルシニア山脈だ。ライン川より西にはシルヴァ・カルボナリア、アルデンヌの森、そしてヴォージュの森というのがあった。これらが今は、黒い森/アルデンヌ/バイエルンの森/ヴォージュ山脈/アイフェル/ジュラ山脈/シュヴァーベンのジュラ/フランケン地方のジュラ/ポーランドのジュラ/プファルツの森として残っている。きわめて広大な温帯広葉樹林生態系の大森林だ。それがヨーロッパ大陸の際立った特徴だ」
僕らが座ったTGVの席で、僕は我々の前にあるテーブルに大きなナフキンを敷いて、駅で買ってきたバケットのサンドを左右二つ縦に置いた。
ナフキンがヨーロッパ大陸で、バケットが二つの山塊のつもりだ。

「これらの山塊について"フランス"という括りで見ると、中央山地Massif Centralとアルプス山系がある。アルプスは広範囲に広がる造山運動だ。この東のカフカス山脈までの一連の大山脈は地中海の亀裂が起こした歪みだ。これが右のバケットだ。」
僕は、左のバケット・サンドを指した。
「これが中央山塊だ。ピレネーから東へ連々と続いている。この二つの山塊に挟まれた断層谷を盾に北へ走っているのがローヌ川だ。この中央の隙間だな・・いま僕らが訪ねて歩いたところだ」
「左右を二つの山脈に囲まれた地域ということ?」
「ん。中央山塊の特徴は、ドール山塊(1,886m)やカンタル山塊(1,855m)のような平均標高 500~1,900m級の高原と山脈が連続していることだ。もともとは旧い火山地帯だ。だからその活動を示す急峻な渓谷をいずれも持っている。そして中央部には、リヨネ山、マドレーヌ山、フォレ山、ジュラ山などの標高の低い山脈が並んでいる」
「フランスの南は山深い地域なのね」
「ん。その山深い所だから敵を寄せ付けなかった。だからヒトは天敵から逃れることが出来て、安心して棲めた。北アフリカから拡散したホモサピエンスたちがヨーロッパ大陸へ拡散できたのは、この大きな山系が横たわっていたからなんだ。ヒトは長い間、他の肉食動物が暮らせないところを選んで広がっていったんだよ。ヨーロッパ大陸は、広大な温帯広葉樹林生態系大森林に覆われている。だからヒト類は北アフリカを出たあと、生存の場所としてこの地を選んだ・・というわけ」
「なるほどねぇ。でも地図が有ったわけでもないでしょ?」
「ん。何世代もランダムに拡散化をしながら、適者生存で生き残った人々が同じくランダムに拡散しながら、また適者生存で生き残る。それを何千世代も続けたに違いない」
「気の遠くなる話ね」
「ん。逆に見れば、それが可能なほど乳幼児の生存率が飛躍的に高くなっていて、二人の男女から生まれた子が多数成人まで生き残れていた・・という生活条件が確立していたという証拠になる」
「あ・そうか・・子供の数が少なかったら不可能ですものね」
「産めよ増えよ・・は成立していた、ということだ。それが飛躍的に伸びたのは新石器時代の最後だ。1万年前後からだ。ヒトは灌漑技術を確立させて、大量な食糧が作れるようになった。そして組織の構成の仕方も大きく変化した。生き残れる人が飛躍的に増えたことで、ヒト類は大きく構造変革したんだよ。・・それを文明/文化という。この頃からヒトは他の動物に追われる者ではなく、追うものに替わったんだ。そしてその文明/文化を担った人々が、再度ヨーロッパ大陸へ西進した」

「それが青銅器や鉄器を持った人々なわけね」
「ん。西進は、以降何度も色々な人々によって行われたんだよ。ヒトは、増えるシステムが成立すれば・・増えてしまった人が生活できる場所が必要だからね、だから色々な地域で、それぞれの文明/文化を得た人々が拡散を続けたんだ。ケルト人であり、フェニキア人であり、ギリシャ人であり。ラテン人たちだ。この拡散/拡大は、今に至るまで続いている人類のサガだ。この拡散/拡大は先住者にとって"侵略"になる。拡散する人々には"開拓"になる。その意味ではヨーロッパは人類史の縮小版の一つだと云ってもいいだろう。
拡散と拡大。侵略と開拓・・これが連々と繰り返されてきた」
「・・ねえ。このバケット。もう食べてもいい?コーヒーが冷たくなってきてる」嫁さんが言った。
「あ。はい。どうぞ」
「ふうん、その大きな舞台がローヌ川だったわけねぇ」
嫁さんはTGVの車窓を見た。遥か遠い所に中央山塊の尾根が見えた。


無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました