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ワインと地中海#51/スースの葡萄模様なモザイク#01

30年前・・
そのとき、パリにいた。ハードネゴだったから一緒にいたのは通訳のフランス人と僕、そしてコーディネーターだった。仕事が思いのほか順調に片付いて時間に余裕ができた。いつもなら次の仕事に向けて、さっさとシンガポールへ戻る。でもその時にコーディネータが、最後の晩の会食の席で「マイクさんは西洋史に造詣が深いと伺っているのですが」と言われたのだ。

「いや気紛れに色々観て歩いてるだけだよ」と僕が返事すると、彼が笑った。「もしよろしければ、今回のお礼ということで、どちらか行かれてみたい場所がございましたら、弊行で手配いたしますが・・いかがですか?」
僕は即答した「スース博物館」彼は戸惑った表情をした「スース?どちらですか?」
「チュニジアだよ。チュニスの近くの町スースにある博物館だ。カルタゴの町」僕がスラスラというと、彼が微笑んだ。

実は、そのときKatherine Dunbabin女史の「The Triumph of Dionysus on Mosaics in North Africa」を読んでいたんだ。ホテルへ帰ると夜な夜なローマ時代のモザイクに耽溺していたから、条件反射的にその名前が出たんだと思う。

コーディネータは一瞬考えたのち「なるほど・・明日のフライトでよろしいですか?」とこともなげに言った。
「ありがたい。現地二晩あるとうれしい。・・それとできれば帰りはそのままチャンギへ帰りたい」
「了解しました。チケットとホテルと現地でのガイドを早速用意します。・・すいません、ちよっと中座してよろしいですか?」と言った。
ふん、できるコーディネータは、自分が「できる」ことを事も無げに証明して見せる。

・・翌朝、ホテルのカウンターにメモとチケットと相応の額が書かれた小切手が届いていた。
チケットは、夕方18時からのエアフランス・CDG発のTUNチュニス・カルタゴ国際空港だった。ホテルはチュニスのフォーシーズンズだった。メモには「現地空港には弊行スタッフがお迎えにあがります」とあった。

で。翌日の朝、僕はチュニスにいた。ガイドについてくれたのは現地駐在員ではなかった。さすがにそんなもんはいないらしい。「ローマで働いています」と言っていた。「昨日の朝、唐突に上司によびだされましてね、君は大学は古代史だったな、これからチュニジアに出張へいってくれ、と言われました」と笑った。
「ははは♪僕も下っ端の時は経験があるよ。シュツットガルトにいたとき、上司にこれからJFKへ日本人のクライアントが着くからから迎えに行けと言われたことある。それで当時まだ飛んでたコンコルドでJFKまで行ったよ。おかげで一週間仕事がぶっ飛んで、あとで大混乱した」
「ははは♪そうですね。私もあとで大混乱しそうです。・・でも、スースは行ってみたかったら、ありがたいです」彼が・・Jとしておこう・・ハンドルを取りながら笑った。

スースはチュニスから南へ約140kmほど地中海沿いに南へ走った町だ。「サヘルの真珠The Pearl of the Sahel」とも呼ばれる美しい町だそうだ。昼少し前に到着した。
「先に食事をしませんか?」と言われて、海岸沿いあるホテルのレストラン"Le12ème"というところへ入った。食事しながらJが言った。
「カルタゴは初めてですか?」
「ん、なかなか機会がなくてね。地中海の南海岸は今回が初めてなんだ」
「そうですか・・なかなか興味深いところです。私は学生時代にバックパッカーで一揃い歩きましたが、興味尽きない場所です。今回、スースに行きたいという日本人のお客さんがいると聞いてびっくりしました」
「どうして?」
「いえ、カルタゴは偉大だな!と。極東の地までその名は轟いていると」
「ははは♪そうかもしれない。地中海南海岸はフェニキア人の道だからな。レバントの海岸から地中海沿いに北海岸へ南海岸へと広がっていた文明は、極東の地まで伝わっているよ」
「そうですか。もしよろしければ、今回のことでお気に召していただけたら、次回はぜひ他の場所もご案内いたしますよ。・・チュニジアでどちらか、ほかに行かれたいところがございますか?」
「スターウォーズのロケ場所!」僕が唐突に言うと、Jは一瞬止まった。そして大笑いした。
「あ。オング・エル・ジュメルですか。いいですね、お連れします。マトマタにシディ・ドリスHotel Sidi Drissというホテルがあるんですが、ルークのおじさんの家として使われてます。スターウォーズ、お好きですか?」
「ん。ずっと公開日初日の第一回目を見てるよ」
「それはすごい。私は最初のMGM版はVHSでした」
そんな感じで、スース博物館へ到着するまではスターウォーズ話に終始した。



無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました