見出し画像

いのちのみなもと

「左右盲」··· 左右の区別が咄嗟につかないこと

この言葉を本の中に見つけて
そうなの!!そうなの!!!! とさけんでしまった


幼少期 視力検査では C を左右で答えられずに 指で差していたし
体育での「右向け~ 右!」の号令は
向け~ の間に 「右!えっと右!右?」 とパニックになって ワンテンポ遅れたり 逆を向いてしまい笑いをとったり

ボールを投げるほうの手が左 と覚えていて
頭の中でいちいちボールを投げる

「交差利き」とゆう言葉もはじめてしった
動作やものによって利き手がちがうこと
たとえば ペンは左 おはしは右 ハサミは右
スプーンは両方 ボールは左 とゆう感じ
わたしがそうだ

あと テレビが苦手だった
「笑うセールスマン」と「世にも奇妙な物語 」が恐怖でオープニングの音楽を聞くだけで冷や汗をかいた
母に お願いだからつけないで! と泣いて抗議をしたのに 音量を下げるから と却下された
耳をふさいでテレビからできるかぎり遠のく

計算も苦手で              八百屋さんにはぜったいになれないと絶望をした 九九もできない

             

だからなんだ なのですが
長年の不思議がとけてうれしい


左右盲 交差利き マインズアイ エンパス AC

この概念をしらなくて
自分はなんてヘンテコなんだろう と幼心に感じながら生きてきた
自分をけちょんけちょんに批判して責めて否定して 劣等感を生きていた

その劣等感によって 人生のあらゆる場面で
自信のない自分に見合っていると思えることばかりを選択してしまっていた

自分を痛めつけて ちっとも愛してあげなかった
今思うと あまりにもかわいそうじゃないの


でも必死に生きていた
それがとても愛おしく思う
おい!がんばったな! と讃えてあげたい

みんなみんなそうなんだ と思った
あのひとも このひとも
いろんなことがあって でも必死に生きている
生きているってすごいな と思った


わたしたちの生きている
この世界の完璧な循環と調和をおもう

奇跡だとおもう


宇宙のどこかのちっぽけな星の位置がちょっとでもずれたなら
人間の身体のサイズが今よりちょっとでも大きくなったなら
この世にミツバチがいなかったら
この世にあなたがいなかったら
なにかひとつでも今の世界とちがっていたら
すべてはバランスを失って
地球は維持していくことができないんだって

生きることは大変で
憐れんで哀しんで文句を言ってふと
自分の意思じゃない と気づく
だれに文句を言っているのだろう
そのバランスのなかで生かされている
命をもらった と氣づく
その命を自由に使える


まわりをみると
生きるために必要なものがすべて整えられている


神さまはひとに完全な自由を与えた
そして罰を与えるとゆうことを考えもしなかった



もともとひとつのおおきな命が
花にはいったり 猫にはいったり 人にはいったり 亀にはいったり
 わたしの命 じゃなくて            命がわたししている のかもしれない


命がお花している             命が猫している              命が亀している


その命のみなもとはどこにあるのだろう


なんだかすべてがうつくしくみえる


ありがたく生きてゆこうと思える



画像1



あと とても音痴
神さまに ひとつだけ願いを叶えてあげよう と言われたら
歌が上手になりたいです とお願いをする




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?