深呼吸はルソーで -2-
□私の想像
朝焼けを眺めながら髪を乾かす。コンテディショナーを変えてから髪の通りがいい。
シンプルな壁掛けカレンダーに目をやる。今日は12/10。白鳥晃は返却に来るだろうか?
髪をすきながら自分の指を見つめると、白鳥晃の細く長い指を想像した。彼の指には指輪が一つもはまっていなかった。独身なのか、それともこれから結婚を控えているかはまったく分からない。考えても考えても答えにはたどり着かない。ドライヤーの温風を弱から強にあげると耳元でゴゴゴーッと大きな音を立てた。堂々巡りの想いをかき消すように。
昼時、白鳥晃は姿を現さなかった。
その代わりに朝イチだったのか時間外で、ポストに一冊返却があった。それは初めてのことだった。いつもだったら彼は返しに来るついでに新しい本を借りに来るからだ。
夕方6時半、閉館まで30分を切るころ、一階で脚立に登り文庫小説の整理を行っていると、ふと左に人影を感じて振り向く。思わず息を飲んだ。
「白鳥さん……」
上ずった声がいつのまにか出ていたことに、ハッと気がついた時には白鳥晃との視線はかち合っていた。
「こんばんわ」
彼ははにかんで俯いた。
「何かお探しですか?」
「ああいや……何か、面白い小説ないかなと思って」
「そうなんですね」
「花井さんは何か面白いの知ってますか?」
「へ?」
彼は私の名札を指差して尋ねた。白鳥晃が私を花井さんと言っている。心臓が飛び上がりそうだった。
「図書館の人に聞いたらお勧めのもの分かるかなって」
「ああー…….私自身のお勧めでもいいんですか?」
「はい!もちろん!」
「窓の魚、とか、いいと思うんですけど……もう読まれちゃいました?」
「あ、いえ、どんな本なんですか?」
私はその小説が貸し出されていないのを確認して、彼に差し出した。男2人、女2人の男女が旅をする中で互いの腹の中を探りあいながら、それぞれ4人の視点で物語が進む、ミステリー要素の入った小説だと説明すると、白鳥晃は満面の笑みで「それにします!」と答えた。
「好みに合いますかどうか……きっと、私よりも白鳥さんの方が読書量多そうですし」
「読むことは、僕の最大の趣味です。ありがとうございます」
彼の離れていく背中は、以前よりもゆったりとした印象で、この前とは打って変わっての柔らかい雰囲気だった。
私は彼を白鳥さんと呼び、彼は私を花井さんと呼ぶ。
初めてピースが合わさったかのようで、それは何かの始まりを予感しているようだった。
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