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技術オタクとHCIとの出会い #デザインリサーチの教科書 への道(1)

デザインリサーチの教科書発売にあたり、その裏話、というわけではないものの、私がデザインリサーチに出会ったエピソードなどを書いてみようかなと思います。

本を出すにあたり、noteでも、裏側のエピソードなどをご紹介できれば良いなと思っていますが、まずよく聞かれるのは、なんで「デザインリサーチなのか?」ということ。このような疑問を抱かれるのはわからなくもありません。そもそも私がデザインスクールに留学するまでの学歴を見てみると下記のような感じ。

- 奈良工業高等専門学校 情報工学科
- 奈良工業高等専門学校専攻科 電子情報工学専攻
- 奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科

ここのに並ぶ学校の名前だけをみると、いわゆるコンピューターサイエンスを9年間も学んできており、バリバリのエンジニアリング領域を歩んできたことがわかります。そんなエンジニアバックグラウンドの人がなぜデザインリサーチ?と疑問に持たれるのは自然なことだと思います。でも、私の中では意外と私の中では文脈に合っているんですよね。それはいったいどういうことなのか。

Webサービス作りにハマる高専時代

工業高等専門学校(通称「高専」)はエンジニアを育成するための5年生の学校です。高校と短大が合体したような構造になっているので高専1年生というのは高校1年生と同じ年齢です。つまり、高専に入学してくる学生というのは、中学の時点で「俺は将来エンジニアになる」という決意を決めた人たちなわけです。将来、なんとなくエンジニアになるのもありかなーぐらいの気持であれば普通高校に進学して大学の工学部に行くルートもありますからね。

少なくとも僕が学生時代、中学生の段階で「技術で食っていく」と決断をした人ってのはかなりの確率でオタクなわけです。そうなるとほとんどの学生はなんだかんだ自分のWebサイト(なお、当時はホームページと呼ぶのが一般的だった)を持っているわけです。

自分のWebサイトがあるということは、そのWebサイトをホスティングするためのサーバーが必要です。前述したとおり高専生というのはかなりの確率でオタクですから、オタクの家には自宅サーバーがあっても珍しくないわけです。自宅サーバーがあれば自然な流れとして、そのサーバーにApacheや、MySQL、PHPをインストールし、簡単なプログラムを作っては公開するところまで行き着きます。

私自身も、周りに流されるように、中古のPCを買ってきて、雑誌についてきたVine Linuxをインストールして、一通りサーバーをセットアップしたあとは思いつくままにWebサービスを作り、公開し始めます。

2000年代初頭、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスと言う言葉が今ほど一般的ではなかった時代だったし、私自身そのような言葉に出会うのはもっとずっと後のことなのですが、プロダクトを使うユーザーが何を考えているか? プロダクトはユーザーにとって使いやすいか? ユーザーはそもそも何をしたいのか? そんなことを考えるのが当時から好きでした。

それは私の専門分野がエンジニアリングの中でも比較的新しい分野であるコンピューターサイエンスであり、Webサービスに関する技術が台頭していた時期と重なっていたというのもあるのでしょう。なぜなら、いわゆるWebサービスが、次の3点に示すような特徴を持っており、他のプロダクトと比べてユーザーとの距離が明らかに近いというのもあるのでしょう。

1.  作ったらすぐに全世界に公開することができ、量産と言うフェーズが必要ないということ
2.  ユーザーの操作をリアルタイムで把握することができること
3. 必要に応じて容易に改善する事ができること


1. 作ったWebサービスを即座に全世界に公開でき、ユーザーに公開する事ができる

ひとつめは、開発と顧客の近さです。例えば工業製品。カメラやプリンタなどだと、製品がお客様の手元に届くまでには下記のようなステップを踏みます。

 企画→開発→量産→販売→顧客

上記はめちゃくちゃ簡単にしたものであり、企画から開発までのあいだにもいくつものステップがありますし、量産から販売の間にも、様々なステップがあります。工場で量産したものを、世界中の販売店にどのようにして行き渡らせるかということも考えなければなりませんし、顧客への販売チャンネルも現在はオンライン・オフラインともに様々なものが存在しています。

とことが、Webサービスの場合はどうか。めちゃくちゃ簡単に書いてしまうと、下記のような感じになります。

 企画→開発→顧客

まず量産と言うフェーズが存在しません。もちろん、プロトタイプと本番用でコードに求められる品質は異なることが多いとは思いますが、プロトタイプであってもWebサーバーにアップロードすれば、それを顧客に直接使ってもらうことが可能なわけです。これはいわゆるハードウェアを伴う製品では不可能なことでした。


2. ユーザーの操作をリアルタイムで把握できる

ふたつめは、ユーザーの操作をリアルタイムで把握できることでしょう。

ユーザーがWebサイトにアクセスすると、サーバーにはアクセスログが残されれます。サーバーに残されるアクセスログは非常にシンプルなもので「いつ、どこに、どのIPアドレスからアクセスがあった」ぐらいのものではあるのですが、このログがリアルタイムで取得できるというのは、他のプロダクトでは考えられないほどに画期的なことでした。

テレビや電子レンジやエアコン、あるいはWIndows上で動作する何らかのアプリケーションでも良いのですが、プロダクトをインターネットに接続し、明示的にログを収集しようとしない限り、ユーザーがどうやって使っているか知る術はありません。メーカーによっては機器の中に操作ログを記録するメモリがあり、修理等で持ち込まれる際に操作ログを回収したりするなども聞きますが、修理で持ち込まれるのは多くの場合発売から時間が経ってからでしょう。

そういった意味で、Webサービスはユーザーの行動をほぼリアルタイムで把握することができます。作ったサービスが、どんな人達に、どのように、どれぐらい使われているかがわかる。アクセスログから得られる情報は限定的とはいえ、それまでのプロダクト作りの常識からはとてもじゃないが考えられないようなことでした。


3. 必要に応じて容易に改善する事ができる

そして3つめ。Webサービスは、サーバーに存在するHTMLファイルや、画像などを、サーバーにアクセスしてきた人に対して提供しています。

これは、サーバーにあるファイルを書き換えてしまえば、それ以降アクセスしてきたユーザーには異なる内容を提供できることを意味します。これもやはりハードウェアが絡む製品。あるいはこれまでのプロダクト作りとは完全に異なる流れです。

ハードウェア製品では述べるまでもないですけどWebではないアプリケーション、つまりパソコンにインストールして使用するソフトウェアは基本的に、出荷後は内容に修正を加えることができませんから、事前に細部まで作り込んで置く必要がありますし、特定の機能が想像以上に使われている、あるいは使われていないなどユーザーの行動が想定と違ったからといって、修正することは簡単ではありません。だけど、Webサービスはユーザーの行動をみてサービスを作り変えることが可能なのです。


このような特徴からWebサービスづくりの面白さにどっぷりハマった私は、今思えばおもちゃのようなものばかりですが、とにかく様々なサービスを作り続ける学生時代を送っていました。

もちろん、実際にはWebサービスばかり作っていたのではありません。暗号理論にハマって当時AES暗号(というかRijndael)について研究したり、東大阪で「まいど1号」と呼ばれる人工衛星を作ったりもしました。しかしながら、この頃にWebサービスを色々作って公開していたのは私のキャリアにとって多くの影響を与えていたのだろうなと思うのです。


Human-Computer Interactionとの出会い

高専卒業後は奈良先端科学技術大学院大学に進学します。高専は非常に高い就職率を誇っており、高専卒業時に就職活動をしたとしても進路に困ることは何ひとつとしてなかったわけですが、この頃考えていた将来の夢として、メーカーで研究開発に従事したいと思ったのです。そうすると、やはり大学院を出ていたほうが良いだろうと思って選んだのが奈良先端科学技術大学院大学です。

入学してからしばらくは、研究室を色々見学するタイミングがあります。その中でこれだと思ったらのがHuman-Compuet Interaction(HCI)、つまり人とコンピューターの間の相互作用についての研究をしていたソフトウェア工学研究室。

HCIとひとことで言っても、様々な分野があります。新しいUIを作ってみたよってのもHCIですし、UIの良し悪しを評価するのもHCIです。HCI分野におけるトップカンファレンスとしてCHIがあるのですが、CHIのプログラムを眺めてみるとそのカリキュラムは非常に広く、なるほどこれもHCIの枠組みなのか、と思わされるほど。

私たちの研究室は、新しいユーザーインターフェースを作るというよりは、ユーザーインターフェースをどうやって評価するかという研究が得意でした。私が興味を持ったのもまさにこの部分です。高専時代にWebサービスを作ることにハマっていた私としては、作ったWebサービスをどうやって評価して、どうやって改善していけば良いかに大変な興味がありましたから、研究室の見学をして、研究内容を聞いた瞬間に「ここしかない」と思ったわけです。

希望通りに研究室配属された私は、「誰のためのデザイン」などに代表されるようなD.Aノーマンの著書や、当時数は多くなかったもののユーザビリティやユーザーインターフェースに関する書籍や論文などを読み込み研究分野にどっぷりと浸かっていきます。私にとって非常に幸運だったのは、日本IBMのユーザーエクスペリエンスデザインセンターでインターンさせて頂く機会を得られたことでしょう。日本IBMのユーザーエクスペリエンスデザインセンターは、現在は武蔵野美術大学にいらっしゃる山崎和彦先生がいらっしゃたところで、日本国内でユーザーエクスペリエンスについて学ぶには、その当時一番良い環境だったのではないかと思っています。

おわりに

このようにして、ユーザビリティやユーザーエクスペリエンスの世界に入っていった私は、人間中心設計の考え方、つまり人々を理解して、プロダクトを改善していくことこそが、良いプロダクトを作るうえで絶対に必要な要素なのだと理解するわけです。

しかしながらこの時点で私が捉えていたリサーチはあくまでも、いま私たちの目の前にあるプロダクトをどのように評価して、どのように改善していくかという、デザインリサーチではあるものの、比較的狭い領域を対象にリサーチと捉えていました。

デザインリサーチの全貌に触れ、その重要性に打ちのめされるのは就職し、デザインスクールに留学してからの話になりますが、それはまた別の記事としてご紹介できればと思います。


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