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ゆめ、ゆめまる。

雑居ビルの中は、ひんやりとしていた。外は明るいというのに、ここは暗く、まるで洞窟のように湿っていて、万年日暮のようだ。

ビルの2階にのぼる階段の下に小さな本屋があり、今日はそこで店主と打ち合わせの予定だった。13時の約束だったが、15分たっても店主は現れない。店の引き戸は開けられたまま、電気はついたまま、店内BGMもつけられたまま、店には誰もいない。

「佐藤さん、時間、間違えてんのかな...」

一己(かずき)は、店の中に入り、ズボンのポケットからスマホを取り出す。Facebookのメッセンジャーアプリを起動して、店主を呼び出してみた。すると、店のカウンターあたりから同じタイミングで呼び出し音が反応している。

「おいおい、電話も置いてってもうてるやん...」

あともう少し待ってみようと気を取り直して、カウンターに並べられた本をひやかそうと手に取った瞬間、

ぼすっ ぼすっ ぼすっ

と、店の外から、大きな長靴を履いていると思しき足音が近づいてきた。振り向くと、店の入り口には一己とほぼ同じ背丈の着ぐるみが立っていた。そして、それは何度となくこの街で見たことのある姿形をしたものだった。

(え.... 誰.....?? あ、いや知ってるけど、なんて名前やったっけ...)

その名前を思い出そうとして挨拶をしそびれている一己に向かって、着ぐるみは言った。

「店主が...閉じ込められた...」

「て、店主て、なに、佐藤さんのこと?すみません、僕、今日打ち合わせに来た者なんですけど、どちら様ですか? 冗談言うてんの?」

きっと、何かの茶番に巻き込まれているのだと考えた一己は、今日詰め込んできた予定のことを思い出し、少々イラつき始めていた。

「失礼、儂(わし)は朝倉ゆめまると申す。この店の門番じゃ」

「...あ、そうや、ゆめまるや!福井市のゆるキャラとかやんな?今日、なんですか?プロモーションの撮影とかですか?」

そう言いながら、一己は、心の中で、こうつぶやいた。

(きっと、あの佐藤さんのことやから、うっかりダブルブッキングしたんやな...。しゃーない、今日は諦めて打ち合わせ別日にさしてもらお)

「ほんだら、僕、次の用事もありますんで。ちょっと、失礼しますわ。お邪魔しました!」

と、一己は勢いをつけて店を出ようとするが、入口に立つゆめまるは動こうとしない。着ぐるみで扉はぴったりと塞がれている。

「ちょっ、なんやねん...どいてくれます?」

「後生じゃから、店主を、一緒に助けてくれ...」

目の前にいるゆめまるは、とにかくファンシーな顔をしていた。目はパックマンみたいだし、口はにっこり開いていて、武士の格好をしているくせに丸っこくて。
...正直言って、かわいいのだ。
だから、野太い声と武士調の話し方が全然似つかわしくない。

「助けてって言われても...」

そのかわいさに気圧されて、一己の語調は幾分優しくなる。気が緩んだところを見逃さなかったゆめまるは、一己の手を引き、半ば強引に階段をあがっていった。

「ちょっ、ちょっ、ちょ!!おーい!!」

2階、3階、4階...着いたのは、屋上へと続く扉の前だった。着ぐるみのゆめまるのペースが意外に速く、一己の息は上がっている。

「この扉を見てくれ」

ゆめまるに促されて、扉に目をやると、何か手紙のようなものが貼られている。


H O S H I D O
◎ ★ ▲ ◎ ▲ ▲ ★


◎ 2 + ★ = 「?」 


「?」を扉にかけよ。

「おいおい、これ謎解きやんけ。よっしゃ、やったろ」

ミステリーをこよなく愛する一己は、手紙の内容が謎解きと分かるや否や、暗号を解き始めた。ゆめまるは、そっとその後ろ姿を見守っている。

ほどなく、一己はニヤリとして

「あーーー、はいはいはい、わかったぞ、あれをかければええねんな」

と、カバンから◯◯◯◯◯◯を取り出し、中身をぶちまけた。すると、カチャリとドアノブが回り、屋上の光が差し込んでくる。目の前にいたのは、椅子に座って、ぼんやりと空を眺める店主だった。

「あれ?!佐久間くん、なんでここにいるのわかったん?!」

呆然とする一己に、慌てふためく店主。説明しようと一己が振り向くと、ゆめまるはどこにもいなかった。

「いや、あの、ゆめまるが、佐藤さん助け出してくれ言うんで、ついてきたんですよ...」

「へ?ゆめまる?なに、どういうこと?プロモーションの撮影かなんかやってんの?」

すれ違う会話。そして、店主は時間に気づき、開き直ったかのように弁明した。

「いやー、なんか空が高かったから、屋上でちょっと眺めたいなぁと思って。すみません、もう営業時間始まってましたよね。打ち合わせ、忘れてました。下へ行きましょうか」

「あ、あー、いや、ええんですけど...」

狐につままれたような顔のまま、一己はゆめまるのことを思い出していた。そして、また階段をおりようとした瞬間、店主が急にしゃがみながら叫んだ。

「あっ!なんでこんなとこにあるん!!探してたんですよ、鍵!!」

その手の中には鍵が横たわり、朝倉ゆめまるのマスコットがぶらぶらと宙に浮いていた。