LAIKA(グラフィックノベル)

1957年、東西冷戦の真っ只中、米ソの宇宙開発競争で最初に軍配をあげたのはロシアだった。人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功すると、フルシチョフ首相はすぐに次の目標を掲げる。翌月の革命40周年記念日までに、スプートニク2号を打ち上げること。そして動物を乗せることだ。白羽の矢が立てられたのは、犬のライカ。本書はライカの一生を描いたグラフィック・ノベルである。

作画:Nick Abadzis(ニック・アバジス)
出版社:Square Fish(Macmillan Children’s Publishing Groupのインプリント)
出版年:2014年(初版は2007年 First Second Books)
ページ数:224ページ
ジャンル:宇宙、歴史、グラフィックノベル(ノンフィクション+フィクション)


おもな文学賞

・アイズナー賞最優秀ティーン向け出版物部門受賞(2008)
・アイズナー賞最優秀実話作品部門ノミネート(2008)
・ハーベイ賞最優秀グラフィックアルバム(オリジナル)賞ノミネート(2008)
・全米漫画家協会部門賞ノミネート(2008)
・YALSA(全米図書館協会ヤングアダルトサービス部会)ティーンのためのグラフィック・ノベル・トップ10選出(2008)
・カーカス・ブックス・ベスト・ブックス・オブ・ザ・イヤー選出(2007)
・パブリッシャーズ・ウィークリー・ベスト・ブックス・オブ・ザ・イヤー選出(2007)
・NYPL(ニューヨーク公共図書館)ティーンのための本選出(2007)
・CYBILS賞(児童書・YAのブロガーによる文学賞)最優秀ヤングアダルト・グラフィック・ノベル部門ファイナリスト(2007)
その他、フランスやイタリアの文学賞も受賞

作者について

イギリス人のグラフィック・ノベル作家、編集コンサルタント。ニューヨークのブルックリン在住。「ドクター・フー」シリーズのグラフィック・ノベル版の作家のひとり。単独のグラフィック・ノベル数冊に加え、新聞や雑誌にも寄稿している。

おもな登場人物

★印は架空の人物。その他は実在。

● ライカ(クドリャフカ): モスクワで捕獲されたメスの野良犬。初の宇宙飛行犬として抜擢される。
● セルゲイ・コロリョフ:ソビエト連邦のロケット開発指導者で、第一設計局(OKB-1)の主任設計者。冤罪でシベリアの強制収容所に入れられていた過去がある。
● ウラジミール・ヤズドフスキー博士:生物医学問題研究所(IMBP)の医師。宇宙医学部の責任者。
● オレグ・ガゼンコ博士:ヤズドフスキー博士のもとで、犬の訓練に携わる。
★ エレーナ・ドゥブロフスキー:犬の訓練士兼世話係。
★ タチアナ:ライカの母犬の飼い主。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 1957年10月4日、宇宙ロケット開発を担う第一設計局(OKB-1)の主任設計者セルゲイ・コロリョフは、世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げを成功させた。冷戦の真っ只中、アメリカを制したと、ソビエト連邦じゅうが大いに沸く。翌日、コロリョフと面会したフルシチョフ首相は、1か月後までに2号機を打ち上げるよう命じた。期限は11月7日、40回目の革命記念日だ。ロケットの打ち上げはプロパガンダとして大いに効果があるため、アメリカに圧倒的な力を見せつけようとしたのだ。優位性を不動のものとするため、もうひとつ課題も与える。動物を乗せることだ。

 さかのぼること3年、モスクアに住むタチアナの家で、飼い犬が7匹の子犬を産んだ。そのなかの1匹が特に目を引いた。尻尾がくるんと丸まっていて、タチアナは「巻き毛」を意味する「クドリャフカ」と呼ぶ。しかし家で飼うことはできないので、親戚の少年ミハイルに譲る。ミハイルは問題児で、情操教育にいいと思ったのだ。ところが犬の世話をしたくないミハイルは、クドリャフカを川に捨てた。流れ着いた先で、クドリャフカは野良犬と一緒に市場をうろつく。市場ではときどき野良犬捕獲者がきていた。クドリャフカもつかまるが、保護施設が埋まっていたので、軍に売られた。軍は実験用に野良犬を買い取っていたのだ。
 こうして1956年の夏、クドリャフカは生物医学問題研究所の実験犬となった。同じ日に採用された犬の訓練士エレーナは、すぐにクドリャフカを気に入り、タチアナと同じく巻き尾に着目して「クドリャフカ」と名づけた。
 ヤズドフスキー博士率いる宇宙医学部は、ロケットに乗せる宇宙犬(スペース・ドッグ)を訓練し、研究していた。いつか人間を宇宙に送るために、必要なデータを収集することが目的だ。訓練の責任者はガゼンコ博士で、エレーナは助手として犬たちの世話や訓練にあたった。排泄の都合や訓練のしやすさのため、すべてメス犬だ。打ち上げの時の重力に耐えられるよう、遠心分離機のような装置に乗せたり、狭いロケットに入れられてもパニックにならないよう、狭いケージに慣らしたりする。すべて国家機密のため、エレーナには知らされていない情報も多かったが、エレーナは誇りと責任をもって職務にあたった。ガゼンコ博士は、あまり犬に情をかけすぎないようにと忠告した。また、研究所の犬は、OKB-1の試験飛行のためにときどき貸し出されていた。コロリョフが2匹の犬を研究所に返しにきた際には、エレーナはコロリョフのカリスマ性を感じた。

 クドリャフカは忍耐強く訓練に臨んだ。エレーナに忠実で、過酷な訓練のあとエレーナのもとに帰ってくると、いつも大喜びした。10月には放物線飛行を体験し、6Gやアクロバティックな飛行も乗り切った。貴重な生理学データが収集されたが、データを解析の結果、クドリャフカは混乱や恐怖を感じる前に喜びを感じていたようで、科学者たちは首をひねった。
 1957年、5月の飛行実験で2匹の犬が命を落とした。エレーナは冷静に対処するが、感情と任務の板挟みに苦しみ、ガゼンコ博士ともぶつかる。8月の飛行実験では2匹とも無事に帰還し、しばらくは他の研究優先のため宇宙犬の打ち上げはない予定となった。訓練は続くが、安全を感じられるつかの間のひとときだった。
 そして10月4日、スプートニク1号の打ち上げが成功する。翌日、スプートニク2号の製作が命じられると、7日には研究所で緊急会議が開かれた。スプートニク2号のために3匹の犬を選抜し、打ち上げに合わせて訓練するのだ。主席研究員だけの最高機密のプロジェクトだったが、エレーナはチームに加えてもらえるよう、ガゼンコ博士を通してヤズドフスキー博士に頼み込んだ。ヤズドフスキー博士もエレーナの献身や犬の行動についての洞察を高く評価していたので、参加を認める。翌々日、コロリョフが候補犬を見にきた。医師が選んだのは、ムーハ、アルビナ、そしてクドリャフカだ。3匹を別のケージに移そうとすると、いつもはおとなしいクドリャフカが吠えた。コロリョフは威勢のいいクドリャフカを気に入り、「吠える者」を意味する「ライカ」と名づけ、第1候補犬とした。
 コロリョフはライカとふたりきりになる時間をつくり、ライカに謝罪した。狭いケージにとじこめられるつらさは、シベリアの強制収容所での経験から知っている。収容所から出てきたとき、コロリョフを導いたのは犬の鳴き声だった。以来、犬の鳴き声は決して無視しないと決めていた。だから、大事なときに声を上げたライカを選んだのだ。もうひとつ謝ることがあった。スプートニク2号の打ち上げを成功させることは、自分の名声のためでもあり、そのためにはライカの命を犠牲にしなくてはならなかったのだ。コロリョフは「おまえは世界一有名な犬になるよ」と声をかけ、研究所を後にした。

 後日、ヤズドフスキー博士とガゼンコ博士は、ゼリー状の宇宙食を食べたがらなかったムーハを残し、ライカとアルビナをOKB-1に連れて行った。製作中のスプートニク2号を見たガゼンコ博士が、どうやって帰還するのかとコロリョフに尋ねると、おそろしい答えが返ってきた。帰還装置はないというのだ。革命記念日までの打ち上げに間に合わせるため、スケジュール的に無理だったのだ。ガゼンコ博士はいままでコロリョフが犬の安全面を考慮してきたのを知っているだけに、声を荒げる。もちろん致し方ないのもわかっていた。その日の晩、研究所に帰ったヤズドフスキー博士は、エレーナに帰還装置のことを伝えると、ライカを自宅に連れ帰る。ライカが経験することのない、子どもたちとのつかの間の遊び時間をつくってやるためだ。
 10月29日、いよいよライカとアルビナはカザフスタンにあるバイコヌール宇宙基地に運ばれた。ヤズドフスキー博士とエレーナはじめ、ごく少人数が同行した。ガゼンコ博士は訓練までが職務のため、同行者から外された。張り詰めた空気のなか、最後の準備が進む。エレーナはずっとライカに付き添えるわけではなく、ライカは不安でよくエレーナを求めて鳴いた。11月2日の深夜、エレーナはライカに最後の水をあげた。ハッチが閉じられた。

 11月3日午前5:30、スプートニク2号は打ち上げられた。ライカの心拍数は3倍に跳ね上がり、呼吸の速度も4倍になる。軌道投入は成功し、ライカは地球を周回した。コロリョフが歴史的瞬間を祝うなか、エレーナたちはライカの計器を見守った。心拍数も呼吸も徐々に落ち着いていくが、様子がおかしい。ロケットがうまく分離されなかったため、機体内の温度が上昇しているのだ。4周目あたりで、ライカの生存を示す兆候は途絶えた。ライカの死亡は数日間伏せられることとなった。研究所にもどったエレーナは退職した。

 地球を回る衛星をひとめ見ようと、世界中の人が空を見上げた。一方で、ライカの死に対し、抗議の声も世界中から殺到した。しかしフルシチョフ首相は打ち上げの成功を喜び、次の衛星を期待しているとコロリョフを激励した。

 1958年4月13日、ライカを乗せたスプートニク2号は大気圏に突入し、燃え尽きた。

 世界ではじめて宇宙に行った犬、ライカの一生を描いたグラフィック・ノベルだ。ライカが研究所に来てから大気圏突入を果たすまでは史実をベースとしており、ライカの前半生はフィクションである。執筆にあたり、作者のニック・アバジスは科学面、歴史面ともに入念に調査し、ロシアでの現地調査や、専門家へのインタビューもおこなった。月の絵も、当日の月齢を調べて描いたという。史実の再現性が高く評価されている作品であり、巻末には参考資料の一覧もある。
 ライカとともに物語全体に登場するのは、初期の宇宙開発を牽引したセルゲイ・コロリョフだ。物語はコロリョフがシベリアの強制収容所から出てきた場面から始まる。アバジスが描こうとしたのは、ライカの悲劇だけではなく、当時の世界最高峰の科学者たちへの敬意でもあるからだ。彼らの名前は死後あるいはソ連崩壊まで公表されなかった。エレーナは架空の人物だが、ライカを世話していた女性は実在し(生物学者アディリア・コトフスカヤ氏)、エレーナはコトフスカヤ氏とヤズドフスキー博士とガゼンコ博士とフィクションを織り交ぜたキャラクターとなっている。
 科学の発展において、ライカとソ連の科学者たちが残した功績は計り知れない。無重力状態において、生き物がどうなるかすら未知だった時代に、ほんの数時間だけでも生きのび、人間も宇宙にいられる可能性があると示したことは、大いに意義があった。しかし、スプートニク2号の前も後も、打ち上げ・飛行実験で無事に帰還した犬は多く、スプートニク2号も十分な時間をかけて開発されていれば、ライカも無事だったはずだと思わずにはいられない。ライカはただ冷戦という時代の犠牲者となってしまった。しかし、動物や人間が国家や社会の犠牲になる時代は終わったのか、というとそうではない。ライカの悲劇を過去のものにしていいのか、と作者は現代のわたしたちに問いかけている。文字で書くと重々しいが、グラフィック・ノベルという形をとることで、幅広い世代の読者がイメージ豊かに向き合うことができる。もちろん、目をそむけたくなる場面もあるが、フィクションのキャラクターたちがライカを愛し、忘れないでいることで救われる。
 2020年にはライカをモチーフとする映画「Space Dogs」が公開され、ロカルノ国際映画祭で2部門受賞するなど大いに反響を呼び、2021年の6月に「犬は歌わない」の邦題で日本でも公開された。また、彫刻家はしもとみおは、2019年にライカの等身大の木彫像を完成させた。まさにいま注目を浴びているものの、ライカについて知るための本は、英語では数多くあるが日本語ではほとんどない。SFやファンタジーのキャラクターとして取り上げられていたり、ライカに捧げる作品が書かれたりすることはあるが、史実を学ぼうとすると宇宙開発に関する本で多少触れられている程度である。ぜひこのタイミングで、本書を通じてライカの物語を伝えたい。特に、宇宙飛行士や宇宙旅行が夢ではない時代の子どもたちに紹介すべき作品だと思う。
 なお、あまりに最後が悲しいからと、巻末には別バージョンのエンディングが数パターン用意されている。パラシュートを仕込んで打ち上げの途中で降下させるものや、スペースオペラ風のものもある。自分ならどんなエンディングを用意するか、あるいは現在の世界が抱えている課題をどんな未来につなげたいか、考えるきっかけにもなるだろう。


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